通信の途絶
お待たせしました。
次回の投稿…?
やります!(いつか)
西暦1945年4月2日0:07 大日本帝国 陸軍省
階段の下に作った布切れと新聞で自作仮設寝具で睡眠を取る。妻子はおらず,東京の実家は少し前の空襲で焼けてしまった深谷にとって,細身一人分のスペースだけが憩いの場である。
「先輩!起きてください!」
4つ下の後輩が耳元で叫ぶ声が聞こえた。
(もう朝なのか…)
激務のせいか,最近はすぐに夜が明けてしまう。睡眠の質が上がったとでも言うべきか。孫氏も軍隊こそ休養が大事だって言ってるんだけどな…。
1つ上の階の職場へと重い右足を上げる。時刻は零時過ぎ。これは眠い。
同僚たちは非常に混乱していた。壁一面の黒板に書かれた汚字から状況を整理すると,支那派遣軍や関東軍など外地の部隊との連絡が取れていないらしい。
機材の不調か,もしくは敵の電波妨害か,それとも気象が原因か。
満蒙と支那,朝鮮との通信が同時に途絶していることから考えるに,東京で何か問題が発生したということは間違いないか。
「本土の部隊は大丈夫なのか…?」
「大丈夫じゃないです。人間や建設物への被害こそ軽微でしたが,磁気に大きな狂いが生じているとのことで,今後の防空戦に少なからず影響を与えるかもしれません。」
こうしている間にも,さらに黒板は白くなっていく。
ふと,「オキナワ」の文字が目に入り,一人言が漏れた。
「沖縄戦へ大きな影響が無ければいいんだがな…」
深谷の脳裏に元同僚の顔が浮かぶ。
「第32軍の食糧って確か台湾米でしたよね。」
「元々,台湾-沖縄本島間の制海権が無いんだ。食糧の補給状況は変化しないよ。」
これは無論,元が悪すぎてである。
西暦2035年4月2日2:30 日本国 首都東京 首相官邸
野党第一党・民自党総裁の徳井が乗った一台の黒塗り型落ちセダンが官邸にやってきた。彼は官邸関係者との軽い挨拶を済ませると,閣僚(首相・外相を除く)と民間人退避や難民対応についての協議が始まった。
「まず,現状について説明します。アジア条約機構軍からの攻撃は0時過ぎの九州に対するミサイル攻撃が最後で,それ以降はいずれの領域においても軍事行動を確認していません。また,24時頃のEMP(電磁パルス)攻撃の被害は本州のほぼ全域と四国東部を中心に発生しております。最も深刻なのは電話回線の不通と使えないパソコンや自動車の大量発生で,地方自治体から備品の貸与を求める声が多く上がっておりm…」
官房長官・杉浦の話を遮るように,外務省の職員が溜息を吐き切った後,会議室のドアをノックする。
「失礼します。長官,米駐日大使が至急会いたいと…」
杉浦は嫌そうな顔をした後,視線を外務副大臣に送る。その意図を理解した副大臣はゆっくりと席を立つ。
「話を戻します。このように未曽有の事態について,挙国一致政権を作り,対処したいと思うのですが…」
「君たちの出す本事変関連法案について我が党も原則反対しないと確約しよう。それでは不満かね。」
「今は有事です。あなた方の知見をどうかお借りしたい。」
「これまで君たちが批判してきた"外交音痴"な我々にか?もし,今回の事変が君らの失政によって起こったと考えるのならば,下野して内閣をこちらに渡すべきではないのか。」
そう言われた杉浦の顔がまた険しくなる。
西暦2035年4月2日6:30 日本国 首都東京 市ヶ谷駐屯地
岩井は情報本部や統合幕僚監部へ報告しに行った帰り,カフェインを求めて庁舎内の自販機に立ち寄った。
「先輩,お疲れ様です。開戦初日から大活躍されたそうで。」
大学生時代からの後輩・奥野が私に声を掛ける。
「そのせいで,部長から呼び出されたり,書くものが増えたりで大変だよ。」
苦笑いの後,大きく息を吐く。
「全然,先輩に追いつけそうにありませんね…。民自党がこれまで通り過半数を取っていれば,こんなことにはならなかったろうに。」
西暦2035年4月2日7:30 日本国 首都東京
都内は異様な雰囲気に包まれていた。
朝のニュースは流れず,防災無線からのアナウンスが繰り返され,
駅の階段を駆け上がる人々の足音は聞こえず,代わりにヘリコプターの飛行音が響き渡る。
民間用通信は遮断され,首都圏の経済活動は停止した。
西暦2035年4月2日12:30 日本国 首都東京 首相官邸
「日本海沿岸に地元警察では対処できないほどに漁船が来ているらしい。もう平時体制では限界だ。自衛官だって少なくない数が死んでいる。ここで出さなければ,“ゆとり政府”と揶揄され続けるだけだぞ。」
防衛大臣・豊川は声を荒げ,官房長官・杉浦は顔に苦悶の色を浮かべる。
「首相不在の中,私の一存だけで防衛出動命令は出せん。せめて,党3役からの承諾を得たい。」
これを受けて,同日中に防衛省は「統合対策本部」,警視庁は「最高警備本部」,東京都は「災害対策本部」をそれぞれに設置した。
表向きは全て別々の組織となっているが,実際には防衛大臣・警視総監・都知事の3役は市ヶ谷におり,緊密な連携体制が水面下で作られていた。
「謹め養いて労すること勿く…」
孫氏「兵法」より引用