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異界の開闢

本作の時刻は原則全て日本時間で表記しております。

また,例外のものに関しましたは「※」を記載しております。

317年4月1日11:15(※) マラバール公国 臨時首都スラヌ


そこはつい10年前まで世界で最も美しい街だった。超一流の学者や料理人が集まり,世界で最も進んだ国であった。しかし,今日においてはその面影は何処にもない。街は他の街から来た移民で溢れかえり,学校教育は軍事訓練に変わり,物資の配給は2カ月前から滞っている。

王立陸軍魔術部長,セリナバディウスはまるで倍速された映像のように,廊下を歩いていた。


「コンコンコン」


廊下の一番奥にある木製のドアを叩く音が誰もいない空洞に響き渡った。


「陛下,特級転移魔法陣層が遂に完成いたしました。これで“あの作戦”が開始できます。」


ここ数カ月,笑うことのなかった彼の顔には確かに歯が見えていた。


「そうか。ご苦労だった。始めてくれ。」


しかし,黄ばんだ服を着た国王は彼とは対照的に溜息交じりに言った。


「はい。直ちに。」


また,国王は一人となった。




西暦2035年4月1日5:15 大韓民国 首都ソウル


その都市は首都としての機能を果たしていなかった。大統領やその側近たちは既におらず,そこにいたのは退路を断たれ,ナイフ片手に逃げ惑う一般市民だけだった。銃を持った兵士はそのほとんどが砲撃で死滅していた。北朝鮮軍の戦車は砲撃によって生まれたクレーターをものともせずに進み続け,停戦から80余年経った今日,ソウルの街は再び北朝鮮の手に落ちることとなった。


「朝鮮民族を統一せよ!」


そう書かれた旗の下,北朝鮮軍の機甲師団は釜山へ向け,進軍を開始した。また,この砲撃で在韓米軍や韓国軍は指揮系統を喪失し,その後の戦闘で壊滅的な損害を受けることとなった。




西暦2035年4月1日8:35 中華民国 首都台北


40㎜対空機関砲の唸り声と爆発音が街一体に広がっていた。空爆とテロ攻撃で閣僚は全員死亡し,飛行場や港湾施設,インフラは破壊され,西海岸上空では数百のミサイルが飛び交っていた。


「空には奴らの飛行機がほぼ自由に飛び回っているのに防空警報すら鳴らんとはな…」


「陳師団長,作戦準備完了しました。」


「そうか。では,攻撃を開始せよ。」


砲撃を合図に台湾軍は一斉に攻撃を開始した。この攻撃に台湾軍の残存兵力の約70%が動員された。榴弾砲は人民解放軍のドローンに,対空砲は地対地ミサイルにほぼ全てが破壊されたが,森林をうまく利用し,人民解放軍を挟撃,約3万人の敵軍兵士を降伏させた。また,戦車隊はその約半数を失った一方で,人民解放軍の物資集積場となっていた港まで侵攻し,多くの物資を手に入れた。

本作戦によって,台湾軍はゲリラ戦継続能力を確保した一方で,多くの機甲化戦力を失い,組織的反抗能力を喪失した。




西暦2035年4月1日9:43 日本国 首相官邸


「これより,緊急閣僚会議を始めます。それでは,現状の報告を防衛省から。」


官房長官の杉浦が全員の顔を見ながら,マイクに声を拾わせる。


「はい。今朝,アジア条約機構軍が韓国や台湾などに対し,一斉に侵攻を開始しました。韓国軍や台湾軍は徹底抗戦する構えを見せていますが,降伏は時間の問題かと思われます。」


防衛大臣・豊川は端的に状況を伝える。


*アジア条約機構軍

 2029年に発足した中国を中心とする多国間軍事同盟。

 北朝鮮やイラン,パキスタン,スリランカなどが加盟している。


「そうなった場合,日本が最前線を担うことになるぞ。自衛隊はカバーしきれるのか?」


農水大臣・樫本が尋ねる。


「それは米軍の協力次第かと。既に大規模緊急演習という名目で常設部隊の配備を進めると共に予備自衛官の招集や機動隊の編入等を実施し,人員の増強に努めています。しかし,本格的な戦闘をするのであれば,防衛出動命令を発出していただかないと,どうしようもありません。」


防衛大臣の豊川の意見に納得する一方で,敗戦から約90年間,全面戦争を体験して来なかった多くの日本人の代表たる国会議員たちは,首相不在の中で未だに答えを出せずにいた。



西暦2035年4月1日22:48 日本国 市ヶ谷駐屯地


市ヶ谷駐屯地ある統合情報部 情報運用作戦調整室,その一番正面にあるモニターには,中国大陸から飛来する大量の矢印が描かれていた。


「統幕への連絡はまだ着かんのか?」


室長の岩井が焦り気味に問いかける。


「はい。直接電話線を使った方法も試していますが,全く繋がりません。」


部下の男は受話器片手にそう答えると,もう一度受話器を耳に当てた。

一方,その少し前から市ヶ谷駐屯地の外では銃撃戦が発生していた。商業車を改造した装甲車から撃ち出される12.7㎜の銃弾は3枚重ねの機動隊員の盾を容易に貫通し,上空からは屋上からの対空砲火空しく武装勢力の自爆ドローンは相次いで防衛省庁舎に突入した。

このように,最初こそ優勢だった武装勢力だったが,次第に弾薬が枯渇し始め,応援に駆け付けた部隊に包囲殲滅された。包囲が狭まるにつれて,両手を夜空に挙げ,降伏する者も現れたが,機動隊員らはそれを許さず,テロリストは一人残らず射殺もしくは撲殺された。

最終的に彼らとの銃撃戦は東京や大阪を中心に展開され,2時間程度で終了したもの,その被害は甚大で自衛官113名,警察官324名が殉職し,民間人の死傷者は500人を超え,戦車などを合わせて100台近く喪失した。

国内でテロ事案が発生していた頃,航空自衛隊のF-15Jからは29式対人工衛星誘導弾が,海上自衛隊の水上戦闘隊や自衛隊関連施設からは33式対弾道弾誘導弾が同時に発射された。

人民解放軍のサイバー攻撃や電波妨害によって,官民共に意思疎通はほとんど出来ず,この状態から脱したのは同日23時58分のことであった。



西暦2035年4月1日23:58 日本国 市ヶ谷駐屯地


彼らが安堵したのは,通信網が復活した一瞬だけだった。横田基地通信途絶の報と東京に迫りくる1発のミサイルがレーダー越しに映った。


「なんだこれは…」

「撃ち漏らしたのか!」


その場にいた,多くの隊員がその様子に放心状態となった。


「すぐにここ(市ヶ谷駐屯地)から33式(対弾道弾誘導弾)を発射させろ。大至急だ。」


室長・岩井の指示により,隊員たちは自我を取り戻し,再度仕事に就いた。彼らの顔には「日本国民を守り抜く」という覚悟があった。

隊員らが見守る中,発射された33式対弾道弾誘導弾は一直線に弾道ミサイルに向けて,進み続け,見事命中した次の瞬間,市ヶ谷は大きな揺れに襲われた。その場にいた者の多くは核爆発の衝撃だと考えたが,核実験を実際に見学したことのある岩井は体のどこからか,悪い予感が湧き上がってくるように思えた。



西暦2035年4月2日00:00 日本国 首相官邸


「一体何の揺れよ!?」


国交大臣・石原が机のふちを掴み,戸惑いながら,声を放った。


「総理。先程,情報本部から連絡があり,地揺れの直前に都内上空で核弾頭を積んだ可能性のある弾道ミサイルを撃墜したとのことです。また,この影響で国内の民間用を中心に電子機器が使いづらくなる可能性が高いとのことです。」


防衛大臣・豊川はメモを片手に状況を伝える。


「核汚染は大丈夫なのか?」


経産大臣・矢代が不安そうに問いかける。


「現在のところ,大気内の放射能濃度に上昇は見られません。」


資源エネルギー庁長官・生野の報告を受け,閣僚らの表情には少しばかりの余裕が生まれた。


「依然として首相との連絡は未だ着かん。各省庁で連携し,情報の収集に当たってくれ。」


そう指示を出すと官房長官・杉浦は席を立った。




西暦1945年4月1日9:14 大日本帝国 首里高地地下


「司令官,大変です!アメリカ軍が沖縄本島に上陸しました!」


4月1日の朝,アメリカ陸軍の第7・第96歩兵師団と海兵隊の第1・第6海兵師団は守備の薄い本島中西部への上陸を開始した。本作戦には,戦艦10隻,巡洋艦9隻,駆逐艦23隻,砲艇177隻が援護射撃を実施し,上陸地点には127mm以上の砲弾44825発,ロケット弾33,000発,迫撃砲弾22,500発が撃ち込まれた。


(遂に始まったか…)


沖縄の防衛を担当する第32軍司令官・牛島満は覚悟していたことであっても,改めて米軍という強大な敵を目の前にし,恐怖を感じずにはいられなかった。日本軍が水際での撃滅を放棄したため,米軍はその日のうちに6万人以上を揚陸し,北飛行場と中飛行場を確保した。

「国を建つるには千年の歳月も足らず,

 それを地に倒すには一瞬にして足らん。」


バイロン 「チルド・ハロルド」より引用

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[一言] はじめまして。 作品、楽しませてもらいました。 投稿続けていただけると嬉しいです。 楽しみにしてます。
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