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ふわっとした短編集

現実なんてこんなもの?

作者: 蟹蔵部

 今日もいつもと変わらない一日が始まる。

 起きて、学校へ行き、帰宅し、寝る。

 山もなければ谷もない、平坦平凡平和な日常。


 イベントなんてものは、平凡な僕には似合わない。植物のような人生がいいって、どこかの漫画のキャラクターが言っていた気がする。僕は岩がいいな。


 母さんが作ってくれた朝食を食べ、お弁当を持って席を立つ。


「母さん、いつもありがと」

「あら、何よ急に、お小遣い増えないわよ」


 始めは驚き、最後は怪訝な反応をするのは当然だ。


「そんなんじゃないよ。たまにはちゃんと感謝しないとって思っただけ」


 そう、たまにはこんなことがあってもいいだろう。平凡なりに、平和な日常に感謝するんだ。

 なおも疑いの目を向ける母さんに、いってきますと家を出た。


 何かの主人公なら、幼馴染と登校するんだろうけど、残念ながらそんな存在はいない……。少し考えてみたけど、別に残念と言うほどでもないか。


「おはよう」


 歩いていると後ろから声をかけられた。

 振り返ると、僕の通う高校の制服を着た女性がいた。


「ああ、おはよう」

「ぁっ……」


 彼女とは、少し縁があった。ほんの些細なことだけど。

 顔を合わせれば挨拶くらいはする。その挨拶くらいがすんだので、僕は再び前を向いて歩きだした。

 ふたりで登校しないのかだって? しないしない。


「わりぃ、待たせたな」


 後ろで声がする。多分彼氏か何かだろう。割り込む気もさらさらないので、僕は先を歩く。

 何かイベントが起こるかもって期待させたかな? 悪いね。


 徒歩20分ほどで高校へ着いた。地元の高校を選んだのは、通学時間の短さ故だ。

 もっと偏差値が上の進学校にも余裕で受かると言われたけれど、短い通学時間には代え難い。


「おは〜」


 元気のいいあいさつに続いて、背中がペシっと叩かれた。


「いたた、骨が折れた」

「なによ、背骨の一本や二本」

「一本でも大怪我だよ」


 そんな馬鹿なやり取りで笑い合う彼女とは、小学校から高校まで一緒で気安い関係だ。

 彼女は県内どころか全国でも文字通りトップクラスの学力を持っている。いわゆる天才というやつで、勉強なんて何処でもできると豪語して、家に近いこの高校を選んだそうだ。


 高校入試の直前まで、如何に近くの高校がいいか熱弁してくれて、僕もうっかり近くの高校に決めてしまった。

 まあ、今ではここにして良かったと思っている。勉強については、彼女に教えてもらえるし、何より家に近いと自由時間が増える。

 自由時間でするのが趣味の読書なので、あまり意味はないかもしれないけど。


 可もなく不可もなく平凡に授業を受けて、放課後になった。部活動はやっていないけれど、趣味も兼ねて図書委員会に所属している。

 今日は僕が図書室の受付当番の日だ。


 試験が間近でもないのに図書室を利用するのは、ほとんど同じ人たちだ。

 特に挨拶したりはしないけど、「ああ、あの人ね」くらいの認識はある。

 今日も来ている常連たちを横目に、僕も自分の本を開いた。


 持ち込んだのは王道ファンタジー小説。平凡な村人が勇者となって戦い、苦難の末に魔王を倒す、そんなお話。

 自分が同じ立場になるのはまっぴらごめんだけど、刺激に満ちた生活は、傍から見る分には面白い。まさに非日常だ。


「これ、貸し出しお願いします」


 本から顔を上げると、常連のひとりだった。

 彼女はいつも、貸し出し上限である5冊をまとめて借りて、読み終わるとまた5冊借りていく。


「はい、いつも通り5冊ですね」

「ええ、お願いします」


 まさに文学少女といった容姿であるが、彼女の借りるジャンルは様々だ。

 目の前に積まれた本をくるっと裏返し、バーコードを読み取っていく。


『近世の農業 ~その始まり~』

『スミソニアン博物誌』

『ガリヴァー旅行記 第二篇』

『見たままを捉える 俳句の技法』

『帰宅すると猫が死んだふりをしている』


「はい、終わりました。返却期限は14日です、って耳にたこですよね」

「ふふっ、そうですね。でも毎回きっちりしている方が好感持てますよ」


 そう言って彼女は、本を持って受付の正面のテーブルへついた。

 やっぱり真面目にきっちりしている方が良いよね。僕も同感だ。


 その後は本を借りる人も返却する人もいなくて、ちょっと暇になった。

 返却された本は次の日のお昼に書架に戻すんだけど、たった5冊だけなら今やっちゃってもいいか。重ねられた本のタイトルは――。


『キリンに見る進化の足跡』

『ミスをチャンスに変える方法』

『ガリヴァー旅行記 第一篇』

『スワヒリ語の挨拶』

『キリシタン大名と迫害』


 うん、やっぱり統一感がないや。


 下校時間になったので、図書室を閉めて学校を出た。

 沈みかけた太陽で、影が薄く伸びている。

 ちょうど校門を出たところで、目の前に見知った車が停まった。


「おっ、現役DK(男子高校生)発見〜」

「わっ、姉ちゃん」

「ほらっ、折角だから送ってあげる」


 近所の現役JD(女子大生)だ。親同士の付き合いがあって、姉弟みたいに育ってきた。

 たまにこうして車に乗せてもらっている。


「さては姉ちゃん、晩ごはんが目的でしょ」

「あはは、おばさんのご飯美味しいからね」


 送ってもらって、そのまま一緒に夕飯というのがいつもの流れだ。姉ちゃんはちょっと面倒くさがりなところがあるからしょうがない。母さんはいつでもウエルカム体制だ。


 今日は珍しく姉ちゃんも一緒に料理をして肉じゃがを作っていた。

 ほくほくのじゃがいもとやわらかい人参、甘いたまねぎと牛肉。とてもおいしい。


「どお、見直した?」


 姉ちゃんが胸を張っている。


「本当においしいよ。毎日でも食べたいくらい」


 褒めたのに、何故か怒って帰っていった。


 お風呂に入って、今日の授業の復習をする。毎日こつこつとやれば、定期試験のときに焦る必要もない。


 さて、今日も平凡な一日だったな。

 おやすみなさい。

はたして平凡なのか?

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