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不幸は突然にやってくる

 彼にとって、その年度はのっけから不幸が満載のスペシャルイヤーだった。

 冗談半分に「遅れてきたか、それともフライング気味の厄年か」そうふちふちと言えたのもせいぜい最初の一週間ほどで、あとはとことん自分の生まれを呪うか前世を呪うか、はたまた今生で何かやらかしたか、そんなことばかりに思いを巡らせるのであった。

 大学を卒業して、そこそこの企業に就職。学生時代にできた彼女とも悪くない仲。配置された営業部では目立たぬ程度に営業成績をあげ、仕事にもすっかり慣れ、そろそろ彼女との結婚を考え……ようと思っていた、矢先のことだった。


幸野(こうの)トオル。総務部庶務課への異動を命ずる」


 相手が社長でなければ、ハァ? と返していただろう。営業部の人間がなぜ総務部へ? 仕事をするうえで、そりゃあ異動はつきものかもしれないが……トオルは、総務部、ことに庶務課にはいい印象を抱いていなかった。

 総務部なんて、ていのいい雑用じゃないか。以前、同期との会話で――もう、何がきっかけだったかも忘れてしまったが――そんなことを口走ったとき、運悪く、……もしかしたら、フライング厄年はそのときから始まっていたのかもしれない、背後に、その言葉を聞かせてはいけない人物がいた。

「悪かったわね、ていのいい雑用だっていなきゃ困るんだけど? わかる?」

「……え」

 総務部庶務課のヌシ。営業部にもその噂は伝わっていた。なかなかの美貌を持っているくせに、性格も口調もドギツイせいで、いい歳をして嫁の貰い手もなく、上司すら手に余るとため息をつく、のに、仕事は大変よくできるため扱いづらいことこの上ない、総務部庶務課主任――斉木(さいき)ノゾミ。

「斉木……さん」

「あらよくご存じだこと。すこしもうれしくはないけどね」

「いや、あの……その」

「あんた営業部の若手ね。いつか後悔するわよ、ていのいい雑用とかぬかしたのを」

 その後悔がいま回ってきたというわけだった。

 文字通り、トオルは異動直後から雑用ばかりさせられた。ノゾミが直接指導係についたこともあって、毎日が火事現場のように大騒ぎであった。休日夜間に電話がかかってくることもざらで、そしてその大半はノゾミからの呼び出しであった。このひといつ寝てんだ。トオルはそう思うこともある。

 そして呼び出しのツケは、ついにトオルの生活にまで及んだ。

「ごめんトオル、やっぱ、わたし、無理」

 結婚まで考えていた彼女からも手ひどくフラれた。彼女としてはバリバリ営業職をやっているトオルが――裏を返せば、【超稼げる】トオルが――好きだったのだそうで、総務部に異動になった瞬間、興味は煙のように消え失せていったのだという。

「残していったものはテキトーに処分しといて。いままで楽しかった。じゃね」

 こういうとき女は男よりずっとドライだというが、それにしてもあんまりじゃないか、と、しばらくトオルは立ち直れなかった。ひどく女々しい話だろうが、部屋のどこを見ても、何を見ても、彼女のことを思い出して、落ち込んだ。

 三十歳も目の前に来て、いまさらどこに出逢いが転がっているだろう。

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