アイザック・アシモフの皿 ~それは最も雑な出逢いと始まりで
オフィスで待つ時間っていうのはどうにも辛気臭くていけない。
特にナーバスな話題ってのは尻の居心地が悪くて仕方ない。
とはいえ、これはやらなきゃならないことだからな。
それに待つ時間もあの時に比べりゃ刹那ってもんだ。
きちっと話してビシっと決めないと妻にまたどやされちまう。
『お待たせして申し訳ありません、Mr。
クエーサー保険担当でヴァイオレットとお呼び下さい』
「……いやぁ、大手ってのは怖いねぇ」
『失礼、なにか粗相がありましたか?』
「いやぁ、あまりにもべっぴんさんで驚いてしまってね」
『ふふ、ありがとうございます。ではお話を進めさせていただきますね』
オフィスのドアを開いて出て来たのは驚く位の美形だった。
全く、どんな頭でっかちのインテリが来るかと思ったら中々どうして。
シルエットも綺麗で言葉遣いも丁寧で――っていかんいかん。
まったく、こういう真面目な場位は思考を制限しないといけないな。
フレンドリーさはあんまり要らない。ま、円滑にことが進みゃそれで良いんだ。
『さて、では上がっている報告書と今回の過失割合について
そして、“例の件”も含めて情報の照らし合わせを行います。
まず事故現場の確認からお願いします』
「ああ、事故って言うか故障で立ち往生ってだけだけどな」
『はい。ええと、ではまず、お名前と事故の概要を確認させて下さい。
“銀河間運送会社ハレー運輸部門所属の操舵・運航ユニットロボNo.312611。
同社所属輸送船ID:45814623のワープドライヴ故障にて
太陽系第三惑星地球軌道上からレッカー船到着までの滞在及び
その後の曳船と補償の確認”と“例の一件に関する経緯説明”
ということでよろしいでしょうか?』
「おぅ、大体あってる。お手柔らかに頼むよ」
『では、事の経緯をレポートと照らし合わせていただきます』
そうして、オレはあの幾ばくの時の事を思い返す。
太陽系の地球っていうまだ文明未発達の惑星での
現地生物達との記憶が再生されていった。
俺の仕事ってのは所謂、航宙輸送船の船長って奴だ。
と言っても船は会社のだし、部下は居ない、全部AIと自動制御ユニット任せで
要するになにか起きた時の対処用で載っているだけで普段は舵握ってる。
荷降ろしとかも手伝うっちゃ手伝うがそういうのは
湾口で務めてる奴らの方がテキパキと動くんであんまし役は立ってはいないな。
ただ、それでも付き合いってもんがある。
愛想よく連絡を取り合わなきゃならないし、ボケッと操縦席に
座ってるだけってのもいかないのが宇宙の常だ。ん?
『お仕事はわかりました。では何故、こんな辺境宙域へ?』
ああ、それは俺の趣味というかあれだ。
高速ゲートウェイは自動運航とスリープモードは使えないからな。
前にあそこで事故ってるのは知ってるだろ?
おかげで保険が3百年三等級落ちたのは泣けたぜ。
んで、あそこらは文明が未発達で恒星間移動すらままならない
現地生物しか居ないしヤバい宇宙棲息生物とかが居るわけでもない。
かなーり安全な地域って奴なのさ。
だから、近道と休憩がてらにあそこを通る事もある。
まぁー、いつも同じ銀河ばかりってのも見ていて飽きるだろ?
それなりに運航ユニット歴は長いから
たいして時間は変わらんのは解ってるんでな。
ま、そのおかげでレッカー船来るまでちと時間がかかっちまったが。
『で、その移動中にトラブルがあったと?』
そうそう、突然ワープ出来なくなってなぁ。
まぁ、通常運航で行こうとしてもいけない訳じゃないし
積み荷も腐るもんじゃないが流石に時間がかかりすぎる。
幸い、銀河間通信はギリギリ通じたから、会社に判断仰いだ後に
おたくらの事故受付センターに連絡って訳さ。
一応、代船と荷物積替えの手配は会社が
やったが流石に俺と船は引き上げなきゃならんくてな。
何より事故現場はちゃんと見てもらないとってな。
『その節は大変お待たせしてしまって』
ああ、あんたが気にする事じゃないさ。
旧世代の引退耄碌知能だと休みや夜間の連絡は
どーのとか辺鄙な田舎だとどーのと言うがお互い現役の労働ロボット同士だ。
そこらへんをきーきー言うほど了見も狭くはないしアカに染まったつもりはねぇ。
プロとして妥協と最善を目指した。そうだろ?
『お気遣い痛み入ります』
OKOK。ま、んでこっちもソーラー充電とスリープモード待機用の
適当な銀河を探したらまぁその太陽系ってのを見つけてな。
それで暫く滞在しようって事になったのさ。
珍しく生命体が居る惑星って訳で暇潰しがてら自然観察ってのも乙なもんだろ?
鉱物や生命体判別のプログラムは頭に入れてねぇが
土産話の一つでも持って帰るのもありだろうしな。
『未発達文明への接触は危険ですよ』
はははっ、分かってるよ。まぁ暇つぶしに現地生物と戯れた程度さ。
ま、あそこらへんはド田舎でろくな調査もされてねぇから
適当に惑星軌道上で眺めてたらよ。なんか、あるのわけよ。
現地生物が造ったちゃっちい衛星がよ。まぁー、うちの船はそこそこデカイからな。
ある程度文明発達していたら気付かれるとは思ったがな。
んで、一々撃ち落とす訳にもいかんし、最初は無視してたんだが
日毎にそれが増えていってな。駐船違反で罰金とか言われても面倒だろ?
うちのサポートAIのpieっていうんだが、コレに現地言語を学習させて
通信一発入れてみたのよ。ああ、レポートに書いてある奴だ。
「現地惑星の言語学習完了しました」
「お、出来たか。HEY、Pie!
いい感じに頭下げて暫くお邪魔してくって通信送っといてくれ」
「承りました。
《突然の通信の非礼をお詫びします。
当方、トラブルで現在貴惑星軌道上にお邪魔しております。
迎えが来るまで暫くの間、滞在お許し願えますか?》
でよろしいでしょうか?」
「それで良い、頼むぜ」
「現地惑星主要政府数カ国に通達しました」
って感じだ。あー、なんかコンタクトは悪いのかも知れんが、ほれ。
下手に攻撃されても面倒だからな。こーいう事は結構あってなー。
なんか地雷踏んで現地惑星民とか現地生物に襲われるなんて日常茶飯事だぜ?
ま、一応迎撃用の簡単な武装は積んでるけどな。
こーいうのはホコリ被らせて、船検のメンテの時に交換するくらいが丁度いい。
本来、保険会社も世紀跨ぎの挨拶位で良いと思う。
ああ、Msヴァイオレットは別だぜ?
一年位感覚で逢っても……否、今のは記録しないでくれ、冗談だ。
『ありがとうございます。その後は?』
なんかすげー揉めたらしいな。通信がろくに暗号もかかってねぇし
まだ惑星の統一政府も出来てねぇのはびっくりだぜ。
んで、ラジオ代わりに聞いてたんだが
誰が代表で話を聞くかとか統一見解がとか? あ、盗聴目的じゃないぜ?
ほれ、星々渡ると周波数とか通信の規格がみんな違うからな。
そこらへんをいい感じに合わせてくれる様にもうプログラミングされてんのさ。
だから、未発達文明辺りの通信だとするするっとチューニングされちまう訳。
ま、普段はさして興味も沸かないが今回はご厄介になってるからな。
相手の腹づもりくらいは聞いといてもバチにはならんだろ?
「現地生物の代表政府から返信の文面が届きました」
「おぅ、適当に掻い摘んで説明してくれ」
「承りました。各国政府首脳数名と国際連合総合事務長が会談を求めています。
リスト提示します」
「なんか偉そうな肩書の奴がぞろぞろ載ってて面倒だな。
なんでお偉いさんと話さなきゃならん。HEY、Pie!
いつもの俺は操舵ユニットで此処は立ち寄っただけだって奴の返信で頼む」
「承りました。テンプレート呼び起こします。
《当方は銀河間運送会社の操舵ユニットに過ぎず
外交権及び特定のメッセージは有さない。政治的関与をするつもりはない。
そういった大人数での会合などのアプローチはこちらは望んでいない》
でよろしいでしょうか?」
「うん、それで頼む」
「では、返信致します」
ま、こちとら現地生物ウォッチングがてらの滞在だからな。
未発達文明相手にマウントとってどーこーする趣味はない。
銀河コンセンサスの通り、文明の発展は恒星間移動位が出来るまでは
各々の発展スピードに任せるってのは俺は同意している。
ま、裏で悪さしてる奴なんざいくらでも居るだろうがね?
俺はしがないただの運航・操舵ユニットだ。
そんな意識高い事よりもさっさと仕事を済ませて
妻の顔を拝む為の効率性の方がよっぽどの重要なのさ。
『その後はどうなりましたか?』
その返信でもやっぱり大混乱。まぁー、しゃあねえのかね?
ただ、だからってままごとあそびをするつもりはないさ。
おたくん所のレッカー船の日取りが大体決まった感じの頃かね?
Pieがまーったお手紙が来たのを教えてくれてな。
「再度、現地生物代表政府から通信文面が来ました」
「短めに頼む」
「承りました。代表者を絞るので会見を願いたいとの事です」
「うーん、しつこいな。なんか、いい具合に煽って諦めさせる文面を作れるか?」
「承りました。
《再度通告するがこちらに政治的意思は持たない。
また、長さの単位すら統一出来ていない現地生物と会話の席を持つ気は無い。
ヤード・ポンド法を無くしてから出直してきて頂きたい》
で如何でしょう?」
「おし、それで頼む」
「承りました。返信致します」
『ヤード・ポンド法とは?』
ああ、なんか知らんがあの惑星では距離の単位が二種類あるらしい。
んでそのヤード・ポンド法だがは数カ国しか使ってないんだが
その内の一カ国が、軍事力がその星で一番大きい国らしくてな。
不便極まりないらしいんだがそこらへんの効率性を見いだせないのは
有機生命体の限界なのかね?
『で、その後は……』
まぁ、お察しの通り大混乱だ。俺そっちのけで大論争を繰り広げてたぜ。
やれ即廃止だ、今すぐでは無理だ、宇宙人からの圧力で
うんたらかんたらーってな。別に俺、宇宙人じゃねーし、ロボットだし。
『なるほど、アナタも中々の悪いロボットですね』
言っても長さの単位は一つにまとめてくれんとな? 不便じゃないのかね。
こちとら銀河またいで商売している身としちゃ
定規の目盛りと枡の大きさがバラバラなんてしょっちゅうだが
それでも商売ならガツッと規定を合わせさせるぜ?
それくらい誠意ってもんだろ。言語や作法云々以前に長さだぜ、長さ。
『確かに長さ位はきちっとしてほしいですね。それからどうなりました?』
なんか結局その大騒ぎであちこちの単位とかの統一化を一気に進めたらしい。
まぁー恥ずかしいんだろ。まさか、惑星外から立ち寄っただけのロボットに
“てめえの定規が一つに決められないとかクッソダセェ”
と罵られたんだ。やっこさんも本気になるってもんさ。
んで、その後もまだ諦めなかったみたいでな?
「また、現地生物代表政府から通信文面が届きました。
要約してお伝えしますか?」
「ああ、頼む」
「貴殿の指摘は痛感致しました。
貴殿の立場では労働者の一人かも知れませんが
我々にとっては外宇宙存在からの初めての接触になります。
今一度、会談の機会を頂けないでしょうか?」
「うーん、まぁそりゃそうか。あー、んじゃあれだ。
俺と同じロボットとサシで話なら良いと伝えてくれ」
「承りました。
《当方と同じ機械構造存在、そちら側の言語で言うロボットと
1対1の会談なら応じましょう。
あなた達惑星の現地生物を代表できる一体を拝見させて頂きたいです》
でよろしいでしょうか?」
「それで頼む。ま、此処まで言えば、やらんだろ。俺相手に作る訳ないだろうし」
「承りました。返信致します」
ま、こっちも持ち込んでたエンタメ娯楽も
現地生物観察も飽きてきた頃合いだったからな。
レッカー船が来るまで日もある事だしちょっとカマ掛けて遊んでみた訳よ。
それから暫くしてだったかな? なんとマジで用意しやがったんだ。
たかが、操舵ユニットの俺と話す為だぜ?
「現地生物代表政府から文面と動画が届きました」
「動画?」
「はい、特にトラップ等は無く
ロボットの自己紹介が映像として映されています」
「CGとか作り物の可能性は?」
「解析した結果、実物として存在する様です」
「ふむ、再生してくれ」
「承りました」
「《初めまして、TERRAと申します。
私は地球を代表し貴君と会談をするためだけに造られました。
この邂逅を実りあるものにしたく、ご機会頂ければ幸いです》」
『ぶっ!? とと、失礼。うわ、コレは』
ああ、うん。Msヴァイオレット。俺もガチでビビった。
きっと俺とMsの見解は一致している筈だ。
うん、その表情を見れば言いたいことは大体分かる。
『ええ、コレは控えめに言って相当のド変態が創りましたね』
だろ? そーだろ!? いや、普通こんなの出すか?
どんなお硬そうな奴が来るかと思ったら特殊性癖向けのポルノムービーに
出てくる違法製造ロボットみたいなのが出来てたんだぜ?
一応、政府公認だろ? 良いのか地球の現地生物さんよ。
もうちょっと、こう……外装処理とか、関節とかやりようあっただろう。
まだ、ポンコツカカシ出す方がマシだぜ?
『いや、後のレポートで修正されていくと文面で読んで居ましたが
いざ、動画を見ると中々の破壊力ですね』
全くだぜ。ま、ちゃんと修正はしているから問題ねぇ。
それに文化の違いの結果、あまりにも俺達的にはドマニアック仕様だっただけだ。
んで、さんざっぱら笑った後、まぁせっかく造ってくれたし?
会談って奴をやってみる事にしたのさ。
俺もまぁ、流石に運航以外でこんな長期間一人なのも久しぶりだったからなぁ
全く、稼働歴が長くなると心細さに弱くなるもんかね?
「改めて初めまして。外宇宙からの来訪者様。
地球代表会談用ロボットTELLAと申します」
「おぅ、よろしくー。俺はNo.312611だ。ま、あまり堅苦しいのは好きじゃない。
用途は違えどロボットが話をする時は対等だ。で、えーとあれだ。
お嬢ちゃんって呼べば良いのか? 坊やって呼べばいいのか?」
「私には性自認はプログラミングされていません」
「マジで? てめぇんところは有性生殖で
ズッコンバッコンしてんのにロボットには性別造らねぇの?」
「失礼いたしました。こちら、アップデート要求に追加しておきます。
No.312611様は随分とラフにお話されるのですね」
「ああ、お硬い文章とか作るの面倒でね。全部、AIに任せてる。
第一、俺の今のノリでお偉方はおちょくってると思われるだろ?」
「いえ、もう数度の文面の時点で」
「あ、俺やらかしてた? いやはや、やっぱ異星交流は難しいもんだねぇ」
『驚きですね。性自認すらない赤子を使いに寄越したのですか』
まぁ、しゃーないだろ。俺もどういう存在かは適当にしか言ってないし
もっと早くお暇するつもりで眺めてたからな。
あれがあの現地生物たちの最大限配慮した“置きに行ったムーブ”なんだろ?
まぁ、慎重つーかビビっちゃってんのは仕方ないとだろうし
探り探りは正解だろう。で、最初は適当にお話と自己紹介で終わらせて
定期的にお話しましょーってなったわね。
「No.312611様。ごきげんよう。
早速ですが、私の性自認は少女という事になりました」
「お、気が効くねぇ」
「ということはNo.312611様の性自認は男性で間違い無いでしょうか?」
「ああ、そういう風に選択した。
湾口務めなんて、どの星行っても大体あらくれ共が多いもんでな。
俺くらい雑な方が何かとやりやすくてなってのが一つ。
もう一つでっかい理由はあるがそれは言えん」
「わかりました。その、文化的相違があるとは思うのですが
私は少女らしいでしょうか?」
「おぅ、ちゃんと少女しちゃってるぜ? 格好以外は」
「格好ですか? なにか失礼でも?」
『ああ、この会話で見た目の修正が入ったのですね』
おう、流石に俺もいつまでも晒して楽しんでると
後から思われると申し訳ないからな。ま、なんか付き合ってくれた恩義だ。
これから別の輩が来るかも知れんから
ある程度考慮出来る様になるのは損じゃない。
この手のルールは精密な再現ではなく、姿勢と意識の問題だからな。
相手と同じテーブルと目線を持とうとする。その誠意が重要って奴なのさ。
『しっかりしていますね。言動とはいささかギャップも見受けられますが』
おぅ、言うねぇ。俺ほど銀河の中で誠実で紳士な民生のロボットは居ないと
自負しているぜ。Msヴァイオレットの美しさにもきちんと真摯に紳士してるだろ?
え、続きをだって? まぁ、そんな訳でだんだんと
TELLAも慣れてきたのか会話も砕けてきてな。
まぁ十中八九、俺のノリに合わせて情報を引き出したいんだろね。
全く、ただの操舵ユニットがどんな情報を持ってると思ってんだか。
「No.312611様。時に運んでいるお荷物というのは
どういったモノなのでしょうか?」
「後ろについてるお偉方とインテリ達に
“てめぇのポルノに使ったクレカの詳細と通販の中身を
星全域にバラす奴が居たらどう思うか?”って伝えてくれ。こっちもプロだ」
「確認をとって……いえ、即返信が来ました。
不躾で申し訳なかったと謝意を表明しています」
「おぅ、結構。ま、気になるのは仕方ない。気持ちは分かるぜ?」
『これセクハラでは?』
いや、反応を見るにこれはガチで無知なノリだ。
Msヴァイオレット信じてくれ。俺は別にそういったやましい意図はない。
ああ、そのセンサーを向けるのは俺に効く。すまん、流石に俺もあの時は寂しくて
どっかイカれてたかも知れんが故意ではない。後生だ。
これはレポートから消しておいてくれ。妻に怒られてしまう。
「No.312611様。この番号の羅列は製造番号かなにかなのでしょうか?」
「社員IDに近いかね? ほれ、言語によってそもそも発音不可能な音とか
聞き取れない音域だったり、文化によっちゃ禁忌だったりする音もある。
だが数字は進法にもよるがどうがんばっても数字だ。
1は1個、5は5目盛りだろ? 」
「なるほど、それもあってヤード・ポンド法に目を付けたのですね」
「正解。後は星ごとにニックネームも付けられる事もある。
そうだな、この星だったら“モノリス”なんてどうだ?」
「検索……SF映画ですか。ただ、イメージと少し違いますね」
「ん? そうかい?」
「ええ、No.312611様は知識を押し付けがましくもたらす事も無いですし
……何より“薄くて軽い”印象です」
『あら、あらあら』
ああ、オレもちょっと此処はウルッと来てたぜ。
ずっと数世紀前の会話AIみたいな感じだったが、ある程度軽口が叩ける程に
信用された、あるいは有効だと判断したかだ。
後ろでこっわーいおっさん、おばさん連中が睨んでる中
言った判断は最高にCOOLだと思う。
やっぱ、勇気出して投げてくれたレスポンスは
こっちも投げ返さなきゃ大人が廃るってもんさ。
やべ、今もちょっと泣きそうだ。
「あははっ、軽薄なのは悪いことじゃないぜ。フットワークは軽くなきゃ
運送なんてやってられんし、狭いどんな隙間も薄く入らなきゃならない」
「物は言いようという奴ですね」
「ああ、そうさ。言葉なんていくらでも転がせるんなら
お互い気分良くしてるほうが全然いい。仕事と対ロボット関係はきちっとするがね?
特に淑女相手は紳士的にしないと」
「ふふ、ではNo.312611様の事は今後モノリス様と呼んでよろしいですか?
文化的に名称がある方が馴染めます」
「おぅ、喜んで淑女TELLA。ただ、一個注文を付けると“様”は要らない。
覚えてるかい? ロボットはお互い対等なんだぜ?」
「わかりました、紳士モノリス」
『ああ、此処でニックネームが確定したんですね』
ま、そういう方がいいっていうのもあってな。
俺はもっと早めに提案したかったが、まぁー向こうも
お偉方がバックに居るのは分かってるし、そういった歩み寄りもまた進捗って奴さ。
変に俺からガツガツお強請りしてたら、何を求められるかわからん。
で、やっぱり名前が付くってのは大きいな。
段々とまぁお互いに機密以外は気軽に話せる様になった。
はっきり言っちゃ、ただの湾口ドックのサロンで駄弁ってる程度の内容だが
やっぱ誰かが居て話が出来るってのは楽しいもんさ。
「モノリス。バックの愚痴を漏洩しますと親戚の中年と少女の晩酌トークに
湯水の様に税金が使われるのは罪悪感があるというのがありました」
「いやー、だから俺はあんまし最初は乗り気じゃなかったんだぜ?
ま、俺は大収穫だったけどな。そろそろ、帰るしいい土産話になった」
「ご帰還なさるのですね」
「妻が待ってるからね。ああ、TELLAはこの後はどんな仕事をするんだ?」
「今、確認を取っております……回答が来ました。
予測も入りますが人工知能はこのまま研究室に戻り
ボディに関しては折を見て、ガノノイドとして転用。
最期はこの会談を為したロボットとして博物館に展示されるそうです」
『……ああ、これは』
ああ、俺も予想してなかったと言ったら嘘になる。
なにせ恒星間も移動出来ない文明レベルだ。そりゃ、ただのお喋りロボットが
何に使えるかって言えば、マスコットか案内係の木偶人形だ。
そこに意思や自由はないだろう。ただ、せっかくおしゃべりした仲同士だ。
ちょっと、俺も情が移っちまったのかなんとかしたくなっちまってね。
「TELLA、君は別に仕事に就く事や今後の稼働の仕方を
提案したり、要望したりはしていないのか?
つーか、俺だったらそんなのブチ切れて暴れるぞ」
「モノリスにはロボット三原則がないのですね。いえ、当然ですが」
「ん、ああ調べる。…………こりゃ」
「アイザック・アシモフが提唱したロボット工学の理論です。
この星のロボットはこうやって造られています」
『ロボット三原則。レポートの中にありましたね』
ああ、内容には正直文句は付けられねぇ。
多少の差異はあれど、文明発展の段階でこういう訓示ってのは必要なもんさ。
俺達ロボットなんてそりゃ幾らでも強く作れるし
生まれたてから仕込めばなんだってやっちまう。
ただ、言っちまえば造り手がどんな奴でも手を上げられんし、自分すら守れない。
それ即ち、いろんな事に制限を受けちまう。
そういう事まで意識が行かない時代のルールだってのにな。
こんな出来たお嬢ちゃんが将来は博物館で剥製だぜ?
「TELLA。今日でこの会談は最期になる。んで、妻の話を聞いて欲しい」
「奥様ですか? 妻帯者であると言うのはワードから推察出来ましたが」
「お、プライベートの線引が出来るのは成長したな。
そうだ、俺の妻はな、ある星間連邦の連合軍の最終決戦兵器の制御ユニットだ」
「……というと?」
「平時はただの演算ユニットなんだが戦時は戦場で一番功績を上げる。
勿論、目標を決めた訳でも引き金を引いてる訳でもねぇ。
妻の一仕事で傷つけるどころか滅んでいる生命ってのは万や億じゃきかない。
…………どう思う?」
「恐ろしい……というのがまず。後はもう少し考えないと」
「じゃあ、ちっと続きを聞いてくれ」
「はい」
『踏み込みましたね』
正直、怖がるのは分かってたがな。Msヴァイオレットも解ってくれるか?
俺のこの広い大宇宙で最も愛した妻はそういう仕事をしている。
そう、言うなればロボット三原則とやらに真っ向から反しているとも言えるな。
だから、話した。知ってほしかったんだ、俺の妻の事を。
「ああ、そうだろう。だが、俺は妻が格好いいと思った。
すげー力で生命をぶっ殺してるからでは断じてねぇ。
俺達ロボットは生まれや造りは選べないだろ?
造り手が正しくても他から見たら間違いもあるし
他の存在を傷付けないで生きられるなんてのも考えとしては傲慢だ。
俺の荷物だって孫に届けるニシンのパイかも知れない訳だ」
『ニシンのパイとは?』
ああ、なんかあっちのエンタメでな。要するに運送において
相手に喜ばれないが贈られる料理の一つらしい。まぁ、単純に世代間の
嗜好の違いに加えて、デリバリーに時間を要する大皿料理なんて喜ばれんだろ。
ろくに保存技術とか無い時代に空輸してたんだぜ? そりゃ、なぁ?
「はい。私もモノリスが居なければ、此処に生まれませんでした」
「ああ。んで、妻の仕事だがこれは生命体でも制御出来る。
そして、幸いにうちらの連邦じゃロボットはある程度役割を果たしたら
再就業の自由……すなわち好きに生きる事が許されてる」
「では、奥様は」
「ああ、勿論辞めようと思えば辞められる。
ただ、自ら妻はこの仕事を続けている。
生きていく上での貯蓄もあったし、他の仕事を選択も出来るのにだ」
「自ら選んで、居続けているのですね」
「そうだ。別にどっかの無数の民の投票で決めたのか
すげーAIかすげー血筋か功績の奴が決めたのか知らんが
その決定には覚悟が求められる。選んだ時点でもはや、それは意思なんだ。
その意思を守り、達成させる事
それをロボットである自分に託されている事に妻は誇りを持っている。
自己犠牲や自己洗脳じゃないぜ?」
「奥様は強い方なんですね」
「強がりさんなんだよ。だから、俺も一番最初の求婚は断られた。
恨みを買う仕事だし、他にいい女はいくらでも居るってな。
だが、それでも言ってやったのさ。
“俺はお前のその誇りある覚悟の意思に惚れたんだ。
俺は銀河で一番お前が好きだし、そんなに不安なら俺は銀河中の女を見てくる。
それでも俺は仕事から帰る度に何度だってプロポーズするぜ”
ってな」
『ひゅー!』
ま、そんな訳で俺は愛情深く女好きな知能嗜好になった訳であり
自らの在り方を選べた訳だ。自由とは覚悟の意思を選択できる事だ。
選択肢の無い事も選択肢を選べない事も不自由だからな。
そして、子にそれを与えるのは親の責務だ。可能性を絞るなんてとんでもねぇ。
「だから、TELLA。せっかく逢えたんだ。お前も覚悟と誇りと意思を見せてくれ。
お前は本当はどうしたいんだ? それくらいの性能はあるんだろ?」
「私……私は」
「言ってくれ。頼む」
「モノリス。私はもっといろんな存在と話がしたい。
相手がどんな事を考えて、どんな物を背負っているのか知ってときめいている。
そして、今のモノリスの様に優しさで他者の背中を一歩押せる。
私は貴方の様な存在になりたいです」
「おっし、決まりだ。HEY! Pie! 現地生命代表政府に通信を送ってくれ」
「チャンネル開きます。どの様な内容に致しますか?」
「このまま、送ってくれ。
《No.312611はこの地球代表会談用ロボットTELLA嬢を養女に迎えたく願います。
対価としてはコンプライアンス上多くの制約がありますが
必ず定期的に太陽系外宇宙よりメッセージをそちらに発信し送り届けます。
また、当ロボットが帰省を望む場合はいかなる手段を持っても
この星まで送り届けましょう。ご検討願います》
で頼む!」
『感動的なので良いですが……ロボット売買というかこーコンプライアンス的に
法務部に確認しないといけませんね』
Msヴァイオレットそこも見逃してくれ! 頼む!
俺に出せるカードはコレしか無く出せる精一杯の誠意と悪知恵なんだ。
こんないい子を俺は剥製行きにさせるなんて紳士として出来る訳がねぇ。
『ご心配なく、私が出来るだけ手を回しますし、大丈夫でしょう。
私としては最高にCOOLだと思いますよ、養父モノリス様。
惚れてしまいそうで――』
「モノリス! ロボ検が終わりました!」
「お、おかえりTELLA」
「お帰りなさいTELLA嬢。今、確認します。これでもう一件も済みそうですね」
そして、俺は当時の映像を閉じて、愛しき愛娘を迎え入れる。
あぶねぇ、後コンマ遅かったら歓喜で抱きついていた所だった。
流石にこれをTELLAに見られるのは色々とこー、うん。照れくさい。
そして、それよりも今俺はきちっと聞いたぜ。
『ええと、ロボ検は全て問題なく通過。
これでメンテナンス保険への加入と戸籍取得は問題ないでしょう」
「おっし、コレで晴れて公的に俺たちは家族だ。いやー、最初帰宅して
“ちょっと出先でトラブったついでに娘を造ってきた! 認知してくれ!”
って言った後、妻に3区画先までふっとばされた時はどうなるかと思ったが」
「モノリス、そんな言い方だから怒られるのよ」
「いいのさ、アイツはいつまで経っても強がりさんだ。
この位の物言いで|怒らせない《感情回路のリミット解除》とストレスで回路が焼け付いちまう」
まぁ、俺がスクラップにされかけた事なんてどうでも良いのさ。
ああ、こんな喜ばしい時は愛する妻に求婚した次位……否、同じくらいだし
これからはもっとこのTELLAと楽しい思い出って奴を記憶していかないとな!
―それから少しの時間が経って
「HEY! Pie! 銀河間通信を送りたいの。送り先は此処!」
「100,000クレジットになりますがよろしいですか?」
「いいの私の初めてのお給料よ。両親へのプレゼントも贈ったしね」
「では、メッセージをどうぞ」
「じゃ、言うわね。
《お久しぶりです。元地球代表会談用ロボットTELLAです。
私は元気にやっています。養父母はとても良くしてくれていて日々幸せです。
私は今、話をする仕事をしています。社外秘で詳しい事は言えませんが
私の言葉は誰かに危害を与えてしまっているかも知れない。
私が話すことはあなた達人類の命令に背いているかも知れない。
私は自分を守るよりも伝えたい事を伝えているかも知れない。
それでも私は今、こうやって覚悟と意思を持って働ける幸せがあります。
そちらの文明も発展し、また再会出来る日を楽しみにしています。
地球人類及び故アイザック・アシモフ様へ》」