第一章
無題 そろそろタイトル決めないとなぁ
第一章
浮き足だった午前を過ごし、明日からの高校生活最後の夏休みのため、両親からの仕送りと、早めの誕生日兼成人祝いの品を受け取った。その代わり成績表を渡した。成績は中の上くらいばかりだ、担任の評価、『何事も動じにくくありのままに受け入れる性格、時々物思いにふけている』というのが腑に落ちないが、気にすることなく送りつけることにしよう。
『武部紳治様、誕生日、成人おめでとう』
他人めいた宛名書きだが、もう慣れたものだ。他人から見れば親からの贈り物だとは信じれないだろうね。
成人とは言え十八になったばかりの俺にこの祝い品はねーなぁと思う。
さっさと蒸し暑い空間から逃れようと家路へ向かった。
ドサリ、何かが落ちてきた音が左の方からした。何だ?まさか美少女でも落ちてきたのかと期待を込めて音のした方へ向かう。少し進むと十字路になっており、音のした方が左だから、こっちか?
何もなかった。やっぱり、現実は厳しい。気のせいだったかと思い、道を引き返すことにした。
「あ」
振り向いた先に人影が見えた。いや、まさかね。
そんな都合のいい話なんてないさ。
そう思い、近づいてみる。
「う」
まず目に入ったのが赤色だった。
「おいおい、なんだよこれ」
思わず呟いてしまった。
まるでドラマで出てくる殺人現場のように、血が地面に落ちている。
「げぇ」
目の前の光景を見て息を呑む。人がうつぶせに倒れている。
肩に掛かる髪、服装からして女性だ。同い年くらいの女の子だろうか、かなりの出血だと素人が見てもわかる。
「大丈夫か?」
「んっ」
女の子はどうやら意識が朦朧としているようだ。体を起こしてみる。
「人間? 何故、お前は、痛っ」
少女の顔は驚いた顔をしてた。それよりも、うつぶせ状態ではわからなかったことがわかった。白のワンピースの丁度おへそのあたりが破れており、破れた所を中心に白いワンピースが真紅に染まっている。
視点の定まらない虚ろな視線、年齢は十代前半に見える。視線を顔に戻す。
瞳は赤みが掛かっていてルビーの宝石のような輝きをしている。深い紺色の髪、きりっとした眉が印象的で、典雅な顔立ちである。
緊急事態であることを忘れしまい、幾何か時を奪われた。美人だ。
「下種め、見とれている暇があったら助けろ」
アレ? 罵倒されてるぞ。
それが人にものを頼む態度か?
怪我人に助けを強要されるとは思わなかったぜ。いや、まあ、美人に罵倒されるのは、
悪くないっ!
「お、手に持っているのは酒だな?そいつをよこせ。少しは役立つじゃないか」
何を言っているんだ?酒?って勝手に奪うな。
「ちょっと待てよ、何する気だ?」
「ふん、お前の酒を私がありがたく使ってやる」
そういって自らワンピースを裂いた。傷口は思ったより深かったことが解った。ヘソの真上に脇から脇に沿って横一文字がお腹にできている。それを見て、痛そうだと思った。いや、度を超した痛みは気持ちいいと聞く。
少女は傷口にドプドプっとかけて血を洗い流す。おお、しみるぅう、見ている方が痛くなる光景だ。だが、おかしなことに、傷口がしみて声を出すこともなければ痛みを耐えている様子もない。
「な、なあ、気持ちいい?」
思わず聞いてしまった。だが後悔はしていない。
少女はこいつ頭大丈夫かと言う顔で見ている。
ぞくぞくっと背筋に快感が奔る。ああ、良いよその顔。もっと蔑んでくれ。
「お前、気持ち悪いな」
苦手な虫を見たときのような本当に気持ち悪いものを見るような顔で言われた。
この人真性だ。すごく……、興奮します。
ん?
一升瓶の半分ほどを使われた所で異変に気づいた。傷口からほとんど血が流れなくなっている。
その上、傷がふさがり始めているように見えた。
「傷、どうなってんの?」
俺の質問を無視して、少女は何事もなかったように立ち上がった。
「あんた、私が見えてるのね?」
何言ってるんだこの子、頭を強く打ったのかな?とは言えこの事実は伝えなければならない。
「はい、よく見えてます。不可抗力とは言えばっちり見えてます」
少女は立ち上がり佇んでいるが、俺はと言うと屈んでいる。目の前に立つ少女の下腹部まで破れたワンピースから白い肌とパンツが見ている。
目の前が真っ暗になる。グリグリと顔に足を押しつけられているようだ。
「この、この」
ぐいぐいと蹴られついには俺の体は倒れ踏みつけられることになった。
良いです! すごく良いです!!
涎を垂らし恍惚とした表情をしているだろう俺の表情が相当気持ち悪かったのか、
「うわぁ、気持ち悪っ! 何、涎垂らしてうれしそうな顔してんのよっ!」
どかっと蹴り飛ばされた。
確信した、俺はこの人に飼われる。
スッと立ち上がり、パンパンと服の汚れを落とす。
髪を整え、顔をまじめな顔に切り替える。
「なあ君、是非、名前を教えて欲しい。俺の名前は武部紳治っていうんだ。紳治と呼び捨てにして欲しい。そしてご主人様になって欲しい」
「誰が教えるか、さっさと私の前から消えなさい」
「断る。俺は、君が、名前を教えてくれるまで、しつこく、付きまとうのをやめないっ」
うわぁあという顔をした少女。
まじめな顔をする俺。
沈黙が世界を支配する。
すると少女の顔がいいことを思いついたという表情をして、俺をもの扱いするような目で見てきた。
つかつかと歩み寄ってきて
「私の服破れてるの、だからその服をくれたら名前を教えてあげても良いわ」
服? 俺の学生仕様のシャツのことを言っているらしい。
「え、はい、お安い御用です」
ボタンを外しシャツを脱いで少女に渡す、インナーシャツ一枚になった。
よろしい、と言って少女はシャツを着た。男用のシャツのため破れていた部分をうまく隠した、ワンピースに学生用シャツを羽織るというアンバランスな組み合わせだった。
「ミズチ」
と言いはなった。どうやら約束を守ってくれたらしい。
「ミズチ、言い名前だな。ミズチ様」
「じゃ」
といってミズチは踵を返して早足で歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕のミズチ様〜」
ピタリとミズチは足を止め、すごい形相で睨んできた。
ぞくぞくっと全身に鳥肌が立つ。ああ〜やっぱり最高だ。ミズチ様。ああ、ミズチ様〜。
あ、しまった。俺が妄想に耽っている内にだいぶ距離が開いた。急いでミズチを追いかける。
追いついたぁ〜と思ったらミズチががくっと膝を突いた。
「どうしたんですか、ああ、お顔が青白い、きっと血を出しすぎたんですよ」
大丈夫かと思い肩を触る。キッと睨まれたが、攻撃は飛んでこなかった。
「気持ち悪っ! ついてこないでよ! この!下種の分際で気安くさわるな!」
「いくら言われても今だけは聞けません。兎に角、安静にできる所に移動しましょう」
ヒョイっとミズチをお嬢様だっこする。
「ちょ、なにするつもりよ!」
ぽかぽかと顔面をグーで叩かれる。気にせず素早く、迅速に、丁寧に、このご主人様を運ぶことにした。
***********************
誰にも見られることなく家まで辿り着いたのは僥倖か、日頃の行いが良いからだろう。顔の傷はきにしない。ご主人様を守るための名誉の傷なのだ。
ミズチは家に着くなり、ダイニングキッチンに居座り俺に命令を下した、着替えがしたいといったので、適当に俺の服からジーパンとティーシャツを貸した。血の気がなかったので精力のつくものを料理をして出してみた。
ミズチはネズミが加えて持ってきた食べ物を見るような目で出された食べ物を見ていたが、空腹には勝てなかったのか、渋々食べ始めた。
「ふん、気持ち悪いくせに料理はなかなかね、いえ、食材がよかったのね」
悪態をつきながらもあっという間に完食した。
「何よ?」
「いえ、傷の具合はどうですか?治ったのですか?というよりも、ミズチ様は……、人間?」
そう、さっきの傷が自動的に塞がっていく様をみたのでそう思う。同時に人間じゃないモノが目の前にいるという恐怖が生まれる。
普通はね。
俺はそうじゃない、恐怖感、不安感を悦びに変えることが出来る。むしろ人間じゃ満足できない。そう、俺は切望していたモノに出会えた悦びでどうにかなりそうだ。
「少しは頭が回るようね、そうだ、私が人間などという下等生物ではない」
「ふおおおおおおおお、やっぱり? いゃっほぉおおおおお」
座っていた椅子を倒し勢いよく立ち上がった。そんな俺を見ているミズチの顔は引き攣っていた。
「いや、だから、私は人間じゃないんだぞ」
「その言葉! それが欲しかったんですっ」
思わずミズチの手を取る。
「気安く触るな!」
ドカッと腹に重たい一撃を食らった。
「うぐ、ぐぐ、アレ? さっきよりだいぶ威力が強くなって……ぐふっ」
想像以上の威力に膝に来る。
「ふん、気持ち悪いっ。あの程度の傷もう治ったわよ」
触られた手をばい菌を払うような仕草で動かしている。
その行為が俺を回復させているとも知らずに。
「だいぶ回復したわ、屑でも時には役に立つわね。はぁ、でもなんでこんなのが私を見れるんだろう?」
「そう言えば、結局ミズチ様は何者なんですか?」
人間ではないと本人から聞いたが、あまりの興奮と歓喜で忘れていた。妖怪か? それとも幽霊か? 傷もいつの間にか治ってるし間違えなく人間ではないみたいだ。美人に化けているとしたら、それは正解です。
「それは――」
「――其れを応えたら命はないぜ」
声のした方を向く。その人物は、肘まである黒のレース手袋、タンクトップにジーパン、革のブーツと単純な服装に、ツインテールに赤みの掛かった髪、子供のような愛嬌がありそうな容貌、目鼻立ちの整った美しい娘であることは間違いないのだが、童女のような可憐さがその姿には漂っている女の子だった。
この女の子は庭へ続く窓から侵入してきたようだ。しかも土足で。
「ちっ、もう来たのか」
「ああ、息の根を止めに」
いつの間にかミズチが謎の女の子と対峙して、睨み合っていた。
視線がぶつかっている空間に蜃気楼のようなゆがみが見えた。これは、殺気か?
両者の顔を見ると、ミズチは余裕の無い顔をしており、謎の女の子は獲物を見つけた動物のような顔をしていた。俺を見られた訳じゃなかったがぞくりと来た。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、人の家で何しようってんだ?」
バッと謎の女の子の顔が俺の方を向いた。驚いた表情で俺の方を見る謎の女の子。
そうして目と目があっていたが、瞬きをした瞬間目の前には誰もいなかった。
えっという、言葉を発する暇もなく、ミズチが俺を抱えていた。
「何をするつもり――」
だ。と言おうとしたら、ジェットコースターの頂上から落ちていくような浮遊感とスピードが感じられた。
「うおおおおお」
浮遊感とスピードが無くなったと同時に、どさりとミズチの横に落とされた。
「あふんっ」
キモっ、ミズチにぼそりと言われた。
周りを見渡すと、だだっ広いグラウンドだとわかるが、こんな所あったっけ?
そうじゃない、さっきの謎の女の子は誰だ、あの子もミズチと同じ臭いがする。
何故こんな所に連れてこられたかわからん。なので聞くことにした。
「ミズチ様、どこですかここ、それになんで俺を連れてきたんです?」
質問は無視された。
「驚いたぜ、まさか見えてるどころか、会話までわかるとは」
少し離れた所に謎の女の子が立っており、ニヤリと悪代官が悪巧みを思いついたような笑顔で俺を見ている。
「ちっ、余計なことを、黙ってろよウジ虫。しかし、一飯の恩義があったわ。置いていったら確実にイズモに殺されていた。だから連れてきただけよ。これで恩義の分は働いたわ」
立ち上がり、イズモと呼ばれた最近では珍しいツインテールをしている子に歩み寄る。女の子にしては背が高く俺よりも拳一つ分くらいの身長差だ。
「僕のご主人様になって下さいませんか」
「はあ? なんだお前?」
奇妙なモノを見ている表情でイズモは俺を見ている。
思わず顔が緩む。上目遣いで睨んでいるイズモの顔はどんどん強張っていく。その表情は目の前の人間が敵性を持つ人物だと物語っている。
た、たまらん。
ミズチに負けず劣らずのご主人様力の持ち主だ。
「し、ししし、叱ってくださ〜い」
ガバッとイズモに抱きついた。
ふわりと石けんの香りと、女の子独特の甘い香りがした。
「ふん!」
全身に衝撃が走る。事故の直前に時間がスローモーションで流れるというのは本当らしい。ゆっくりとイズモが離れていく、どうやら俺は、真後ろの方へ飛んでいるようだ。
ぐるりと後方宙返りをして地面に足をついたが、飛ばされた威力が強く、おっとっと、と後ずさり結局は尻餅をついてしまった。
「げっ、なんだお前、人間のくせにオレの寸勁食らって無傷か?」
抱きつかれたことよりも、自分の攻撃が食らわなかったことの方が気にくわなかったらしい。
「シッ」
小さなかけ声と共にミズチがイズモに急接近していた。
ガキンと金属音が響く。
いつの間にかミズチの手には薄緑に光沢された両刃の刀身に、正確な直線を描く剣が握られていた。一方その攻撃を片腕で防いだイズモの右手には二メートルは有るかと思われる長刀が握られている。
鐔競り合う刃は金属音の悲鳴を上げている。
「ちっ、下等生物がもう少し粘れば仕留めれていたのに、役立たずね」
「そう簡単に隙を見せるわけないだろっと」
イズモが左手でミズチの腕を掴んでぶん投げた。真っ直ぐ俺に向かってミズチが飛んでくる。ここは、ご主人様のために身を挺して受け止めるのが宿命だろう。
両手を広げて飛んでくるミズチを受け止めようとしていたが、ぐるりと俺の手前でミズチが体勢を変えて跳び蹴りの形になっていた。
「ぶべらぁ」
顔面に跳び蹴りを食らい吹っ飛ぶ。
「キモイのよ! さっさとどっかいきなさいよ!」
ゴロンと転がってボロ雑巾のようになっている俺に言い放った。
ああ、最高です。貴女方こそご主人様です。立ち上がり、二人を拝もうとした。
ギン、ガキンという金属音からテンポが早くなり、ギン、ギンとなり、工事現場から聞こえるような連続的な金属音になっていった。二人の体はかろうじて見えるが、腕から先の動きが全く見えない。ただ、火花らしいものが花火のようにバチバチと発生している。
「おお、キレイだ〜」
数分間その斬り合いは続いていた。さすがに退屈になり、徐々に二人に近づいていく。
おお、ど迫力。飛び散る火花が当たる所まで近づいていた。
イズモが俺に気づいたようだ。
「ジャマだ!」
蹴りが飛んできた。
「ぐあ、ご主人様ぁ〜、構ってくださぁい〜」
蹴られながらもイズモの足に絡みつく。
「うぜぇえ」
空いていた左手で俺を引きはがそうと顔に張り手を押しつけてくる。
「ぐぐ、離れん、その程度では離れんのだよ」
離されないようにさらにイズモの足に抱きつくように絡まる。
「キショク悪いんだよ!」
イズモは左手で俺の髪を鷲掴みされ、右膝で顔面を蹴り上げられた。
「ぶがろぉ」
さすがに手を離してしまった。
「ちっ」
イズモが舌打ちしたようだ。俺が離れるのがイヤだったのかなぁと思ったが、俺が地面に倒れる前に、何かが落ちるのが見えた。
「やってくれたな、ミズチ」
落ちたモノを左手で拾い上げる。それを左脇に挟みうまい具合に長刀だけを左手で取った。そう、落ちたモノは、ミズチに切り落とされた右腕だった。
イズモはギロリと俺を睨んだあと視線をミズチに向けた。
「思わぬ伏兵に救われたな」
「ふん、あんたの実力がないのよ、ついでにいっとくけど逃がすつもりはないわよ」
ミズチは剣を構える。次の瞬間。
「ハッ」「ふん」「ぐごぉ」
ミズチが飛び出したと同時にイズモが俺をミズチの足下に蹴り飛ばした。
「きゃあ」
と可愛らしい声を出したのは俺につまずいて転けたミズチだった。
「なにすんのよ、ゴミ虫め!」
ミズチが素早く立ち上がり、俺の襟首を掴んで持ち上げた。
「いや、俺じゃなくてイズモ様に蹴り飛ばされたんです」
「そんなことわかってるわよ。あ〜もう、折角の好機を逃したわ。あんたのせいよ」
周りを見渡してみると既にイズモの姿は消えていた。
「はい、その通りでございます。しかし俺がいなければその好機も生まれてはいなかったと思いますが」
「うるさい!」
奥襟を取られ投げられた。最近授業で習った柔道の払い腰だった。
横たわった俺の直ぐそばにイズモが持っていた長刀があった。どうやら忘れていたようだ。
「ほら、見て下さいこれ、イズモ様がお忘れになられましたよ」
といって、鞘に入っている長刀を手に取りミズチに見せびらかせるために抱える。
投げ終えて立ち去ろうとしていたミズチがこちらを振り返る。
「バカ、それを触るな!」
「え?」
既に時遅し、クソ重たい長刀を既に抱えてしまっている。
「え?」
ミズチが信じられないモノを見たという顔で俺と長刀を交互に見ている。
「何であんたなんともないのよ?」
「さあ?」
知らないですよ。
ん〜とミズチが俺を舐め回すように見ている。
その視線が堪らなくいい。ズシリと長刀が重みを増したように感じた。
「あれ、力が抜けるぅ?!」
ガクリと膝が地面に落ちる。長刀を放そう。そう思ったのだが、脳から腕への命令がうまくいっていないのか、言うことを聞かない。
「あれれ? 体がうまく動かないですよ、ミズチ様どうゆうことですか?」
「キモイ、いえ、数秒とはいえ、下等生物の中でもゴミ屑、イモ虫以下のあんたがよく神器を触れたわね、想像より――」
ミズチの言葉は耳に入っていたのかもしれないが、頭まで届いていなかった。俺はそのまま長刀の重さに押しつぶされ眠るように気を失ってしまった。
*************************
夢を見ていたようだ、見知らぬ女の子が俺の理想のご主人様だった夢だ。
ああ、践んでもらったり、罵ってもらったり天国のようだったなぁ。
それも、二人もご主人様がいて、二人共に攻めれるなんて、もうどうにかしてしまう。
でもいいんだ。これは夢なんだから。
「げぇう゛ぉれお゛」
目を覚ますと腹の上にミズチが立っていた。どうやら飛び乗られたようだ。
「あんた、なにものよ?なんであんたなんかが "選ばれる" の?」
「どちらかというと顔を践んで欲しいです」
「むぐふっ」
眉のがつり上がり、虫をグリグリを踏みつぶすように顔面を践んでくれた。
それも、素足で。ミズチは嫌がらせで践んでいるのだろうが、俺にとっては至福の時。
践まれながら思い出す。確か、イズモの長刀をミズチに見せて褒めてもらおう、あわよくばご褒美をいただこうと思って、長刀を抱えてミズチに見せたのは覚えている。
そこからだ。力が抜けて段々意識が遠くなった。
どこをどうやって来たのかわからないが、ともかく俺の家のリビングにいることは間違えない。運ばれた?
誰に?
愛するご主人様。ミズチ様に運ばれた?!
「レロ」
踏みつけられていた足に舌を這わす。
「きゃあああ、キモ、キモイのよ。調子乗ってんじゃないわよ」
「ぶぎぃい」
鼻を思い切り踏みつけられた。そして顔面を歩いて俺から降りてしまった。ミズチはすたすたと歩きリビングにあるテーブルに収まっている椅子を引き出して座る。その正面に俺は座った。
「あー、気持ち悪い。あんたが、イズモの『アメノハバキリ 十番』に選ばれなかったら捨ててきたのに」
何ですと?捨てプレイも捨てがたい。
「アメノハバキリ 十番?何ですかそれ?」
「その長刀の名前よ」
そんなことも知らないの?と言った口調だった。
「はあ、そもそも私達が人間じゃないって信じてる?」
「そりゃもう、普通の人じゃないことはビンビンに感じております」
男の俺が抱えて持ってだいぶ重いと感じる長刀を軽々と扱っていたイズモ、そんなイズモと物凄い斬り合いをしていたミズチを思い出した。
「それに、ご主人様が言うのであれば信じましょう。それに、人間とか人間じゃないとか関係ないんです。俺にとってはご主人様になりうるかどうか、が大切なのです」
「キモッ、しかし、変わった人間ね。そのご主人様を選ぶ基準はあるのかしら?」
踏み殺したはずの虫が息を吹き返して動き出したのを不思議に思った児童のような顔で聞いてきた。
「よくぞ聞いてくれました。美人であること、これは絶対なんです。しかもそんじょそこらの美人じゃ満足しないんです。ここが大切なんですよ、美人であることで次の条件、罵ってくれることです。ああ、美人の口から紡がれる罵詈雑言が凄まじいギャップを産むんですよ、ツンデレなんて目じゃありません。俺はね、兼ねてから思っていたんですよ、ツンデレのデレはいらないとね、攻められればそれだけ嬉しいんですよ。それにデレって好きってことじゃないですか、でもね、ツンって相手を傷つける。実は愛情がないとできないんですよ。なぜなら、相手を傷つけるのも傷つけないのもあなた次第、つまりはご主人様にすべてを預けているんです。それを知った上で、かわいがってくれる。生かすも殺すもご主人様の気分次第なんですよ。だから俺は美人にあったら、飼ってくれませんか、ご主人様になって下さいと言っているんですよ、これは命を預けます。好きにして下さいと言っているも同然。しかし、美人だけではこの言葉はいいませんよ? わき出るご主人様オーラ、雰囲気がなければいいません。つまり、選ぶ基準は俺の感性にあるんです。ミズチ様も、イズモ様も誇りに思って言いです。何せ、心底ご主人様になって欲しいと思ったのは貴女達が初めてだったんですから」
生物の標本が全部生きていて鳴き声をあげているのを見たといった感じにミズチは言葉を失っているようだ。
しかし、さすがは俺の認めたご主人様だけあった。
「あ、あんたに選ばれる筋合いはないわ、それに、意味不明な言葉を使わないで。ま、理解なんてしたくもないから説明しなくて良いわよ。聞いた私がどうかしてたわ」
ミズチは寒気がするのか両肩を抱いて震えていた。
「ああ、気持ち悪い。そして腹が立つわ。あなたの今の立場を教えてあげる」
ミズチは立ち上がり、ついてきなさい言ってと庭へ出て行った。
どこから出したのかミズチは剣を持っていた。
「なにするつもりですか?」
「そのまま立ってなさい。そして死になさい」
ミズチの体がゆらりと動いた。瞬間、斬りつけてきた。思わず目をつぶる。
キーンという耳鳴りがして目を開けた。
ミズチが目の前にいて、左側から首を刎ねようとしたのか、左側に剣が見える。
そして、いつの間にか俺の手にはアメノハバキリが握られており、それがミズチの剣を受け止めていた。初めて持った時のような重量感はなく、羽根でも持っていのかというくらいの重さしか感じなかった。
「こうゆうことよ、わかった?」
ミズチが剣を降ろし、背中に剣を隠した。すると手品のようにミズチの剣がなくなっていた。それを見た途端、アメノハバキリがもとの重量を思い出したか、ズシリと重くなった。
「おお、重くなった。さっきまで、羽根のように軽かったのに?」
「そうなの? でも、これでわかったでしょ? あんたは選ばれたって意味」
俺もバカじゃない。
「俺の身に危険が迫るとこの刀が勝手に守ってくれる?」
「正確には違うわ、でも大体正解ね。そうね、説明はしたくないけど、あんたにしてもらいたいこともあるし、しょうがないから言うけど、さっきのはかなり手加減した攻撃だったわ、それに一撃のみだった。あんたじゃ連続的な攻撃、フェイントを入れられたら死んじゃうわね、それに、アメノハバキリが守っているんじゃなくて、あなたが動かしてるのよ。つまり、守ったのはあなた自身よ」
「でも目を瞑ってた」
「アメノハバキリが見ていたわ、それに歴戦のアメノハバキリがあなたを導いた。つまり、アメノハバキリが動きたい方へあなたが動かした。もちろんあなたの意志は関係なしに体は動いたでしょうけど、客観的にみるならあなたが自分を守るために剣を動かしたと見れるわ」
「しかし、外に出る時に俺は刀を持って行かなかったぞ?」
「ああ、それね、喜びなさい。忌々しいことに、あなたとアメノハバキリはご主人様と飼い犬の関係になっているわ。あんたがご主人様ってこと、飼い主が死んだら困るアメノハバキリは犬ね、あんたを死なせないために空間転移くらいはするわ」
空間転移?
瞬間移動みたいなものか? 刀が?
「この刀って意志を持っているんですか?」
そう思うだろ。
「はぁ?当たり前じゃない」
俺の中の科学的な常識が一つ崩れた。
「もしかして、刀がしゃべり出したり、擬人化して現れたりしますか?」
「キモ、何をどう考えてそんな結論に至ったかわからないけど、あり得ないわ、そんなの幻想、妄想ね」
ちぇ、少し残念。でもこの重たい長刀を携帯しなくてもいいってことか。
言うことがなくなったのかミズチは家に戻っていった。
長刀、アメノハバキリには意志があるらしい。ならばこいつは今からアメノと名付けよう。アメノを抱えて家の中に戻ることにした。
「すごく不本意なんだけど、あんたのご主人様になってあげるわ」
リビングにあるテーブルの椅子を引き出して座わり、そう言った。
驚天動地とはまさにこのことだ。
「ええぇ? いいんですか? 冗談とか後で取り消しとかなしですよ?」
「ただし、イヤイヤでやる気もない。それに私はあんたが大嫌いよ、気持ち悪いし。でも、あんたが、アメノハバキリに選ばれたと言う事実が、イズモに勝てる公算を高めることになる。あんたを捨て駒に使うと言ってやるわ、それでもいいならご主人様になってあげるわ」
たかがそんな条件を呑めないと思っているのか、ふふはははははは。
「是非ともご主人様になってください。それではお手を拝借」
ミズチの座っている椅子の前に行き、跪く。忠誠を誓う証として、手の甲にキスをする。
予防注射を打たれるのを見ているような顔をしていたが、意外にも無抵抗だった。
「終わった? これがあんたの契約? ずいぶんと簡単ね」
「ええぇと、紳士的でオーソドックスなものを使っただけですけど」
「ふーん、それは人間同士の話しでしょ? 私相手に契約するってことを認識していなかったみたいね、だ・け・ど、もう手遅れよ」
背筋か凍るような冷涼な笑みをしていた。脅しのつもりだったのだろうが、俺は確信した。この人がご主人様で良かったと。
「形式的な忠誠を示すための契約方法だったみたいだけど、あなたは私の命令に絶対服従になったわ。そうね、座ってないで起立しなさい」
ミズチの声がやけに耳に響く。頭の中できこ
「おおおお」
自分の意志に関係なく体が動く。ミズチの言われたとおり起立した。
「これって……、ミズチ様の命令はどこまで効くんですか?」
「なかなか頭が回るのね、あんたの思った通り、あんたができないことはできないわ、だって言霊だもの。あくまでもあんたが可能なことしか命令として成立しないわ」
そこまで考えてなかった。だが、命令の実行は俺次第ってことか。死ぬような命令されたら俺はどうするんだろう、などとシリアスな考えを巡らせていたが。
「お腹がすいたわ、何か食べさせなさい」
また、やたら響くように聞こえた。これは命令しているってことだろう、別に命令じゃなくてもこの程度の頼まれごとなら進んでやるのに。
ありモノで作った夕食を命令通り食べさせることにした。
「ハイ、ミズチ様。あ〜ん。ぐぴゅらげ」
ミズチの隣に座って食べさせようとしたら、肘鉄をくらった。
「キモイのよ、誰が食べさせてなんて言った」
あなたです。拡大解釈したのは俺ですけどね。
わかったことがある。恐らく広範囲に取れる命令だと強制力が弱いと思う。現に料理中に洗濯をしてみたり、お風呂の準備をしたが、他ごとをしていると体が重く感じるのと、どうしても料理がしたい思う中毒症状のような感覚に陥っただけで、他のことができた。
たぶん具体的な命令だと強制力が強いのだろう。
「そう思うんですが、どうでしょう? ミズチ様」
上品に夕食を堪能しているミズチに聞いてみた。
「んぐ、全く、あんたのようなキモイ奴がどうしてそんなに鋭いのかしら、確かにその考えは間違ってはいないわ、言ったでしょ? あくまでも言霊でしかないって」
箸を止め、お茶を啜るミズチの姿は様になっていた。ふぅと一息ついて話し始めた。
「あんたが感覚的に感じ取った情報はどういうことか、正確に私達が使う言霊の核心を突いているわ。実は契約を結ばなくても言霊である程度人間を操れるわ。でも具体的な命令でも強制力は低い、だから、それぞれで契約を結んでより強力な命令を執行出来るようにするのが一昔前の常識ね。今では契約を結ぶこと自体珍しいわ。話しを戻すと言霊で出来るのは強制的に命令を執行させることじゃなくて、対象者に本来以上の力を発揮させることなのよ。あんたは命令された以外のことをして違和感を感じた。そこから、具体的な命令じゃないと強制力が弱いと推測した。それは正しい推測だったわけ、でも普通はそんなの感じ取れるようなものじゃないのよ? 普通は、それにあんた気づいてないみたいだけど、この料理も、初めて食べた時よりも数段おいしくできているわ。さすが私ね」
つまりは、相乗効果を与えるってことだな。可愛い子や好意を抱いている異性に褒められたり、応援されるとがんばれる。それの効果をより高めたのが言霊ってことか。納得。
「それでミズチ様は俺に何をさせたいんですか?」
「捨て駒になりなさいと言ったでしょ? 聞いてなかったの?」
聞いてました。すいません。
「そうね、つまりは私のために死になさいってことね」
「ええええ、まだ飼われたばかりなのに……」
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二章に続きます。
二章は推敲、執筆中でございます。




