休みの日
この「日本」という国では、18歳…確か「高校生」とか言ったか…では2000近くの漢字を覚えなければならないらしい。それだけ覚えれば、あまり困る事は無いという。なので私もそれくらい覚えたいと思っている。
しかし、その他にも数学、社会、理科…頭がおかしくなりそうだ。この国の若者はこんなに多くの事を学ぶのか。どうにも、だいがく とやらに入る事を考えると知識の幅は広く持ったほうがいいらしい。
勉強、休憩、勉強…というリズムを繰り返す毎日が2ヶ月くらい続き、初めの頃は鉛筆の握り方から教えてもらっていたが、イツキ殿と一緒にやってもらう事はほとんど無くなってきた。
…少しさみしい気もするが。
ただ、最近は外、例えば散歩やイツキ殿の職場にお邪魔する機会も増え、一緒に歩いたり、仕事を教えて貰ったりで一緒にいる時間も増えた。
「(しかし、休日にも関わらず朝から忙しそうだ…)」
イツキ殿は多趣味が過ぎる。植物を育て、虫や鳥やトカゲを飼い、暇になれば本や てれびげーむ や ぷらもでる に手を出し、夕方頃になれば おかりな を吹き始める。ちっとも休む暇が無い。
話し掛けようにも介入の余地が全く無いのだ。少しくらい、相手をしてもらいたい。
「きゅうけいする。」
後ろに倒れ、横になった。
天気が良いと清々しい気分になる。吹き込む風も気持ちいい。
腕ものばして目一杯くつろぐ。疲れが床に吸い込まれるような感覚。あみどの外にはイツキ殿も見える。
前の国では、こんな事は無かったな。
10歳で家から逃げ出し、師匠に拾われ、それからは鍛錬に励む毎日だった。
師匠はそんな私に読み書きを教え、戦わない道も与えてくれた。
しかし、私は戦う道を選んだ。自分と、自分を救ってくれた師匠を守る力が欲しかった。
結局はそのどちらも守れなかった。もしかしたら、私にはこんな生活の方が合っていたのだろうか。人生とは、道を誤るとこうも辛い思いをする物なのか。
「エミリアさん、どうしたんですか?」
表情に出てしまっていたか。少し、悔やんでいたのだ。
「なんでもない」
ちょっと外に出よう。実は今、ピーマンを育てているのだ。
苦手な物を、自分で育てておいしく食べる事で克服しようという作戦だ!
「いい天気。」
山には桃色の木がちらほらと見え、庭では蝶や蜂が飛び回る。春というのは、気持ちいい季節だ。
この国には季節が4つあるらしい。今は春、次は夏、その次は秋、最後に冬だ。
寒い土地に住んでいた私には、夏が非常に楽しみだ。
「おっ、休憩ですか?」
「ピーマン、見に来た」
「まだ水をあげてないので、お世話してあげて下さいね」
今は5月で、6月くらいに収穫できるらしいので、あと1か月程。私が食べるのだから、美味しく育って貰わねば。あのピーマンが美味しくなるとは思えないが。
エミリアさんが来てから2ヶ月くらい経つ。
本人は生活を楽しんでくれているようだ。積極的に話し掛け、日本語の練習もしている。
人との距離も縮められるよう努力した為か、あまり距離を取って生活する事も無くなった。
部屋で仰向けになりマンガを読んでいると、階段を登ってくる足音がした。
そして、扉の隙間から赤い瞳がこちらを覗いてきた。
「どうぞどうぞ、どうかしましたか?」
「ん、なんでもない」
おや、いつもなら勉強をしている頃だと思うが、どうかしたのだろうか。
寝転がってマンガを読んだままという訳にもいかない、起きなければ。
「じゃま、した?」
「いえいえ、そんなこと無いですよ」
「寝たままで、いい、気にしなくていい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
エミリアさんもベッドに腰掛けた。
「最近、楽しい。前は、こういう事、考えられなかった」
「前って言うのは、前の国って事ですか?」
「うん。毎日、剣の 練習。でも、私、こういう生活、好き」
「楽しんで貰えてるなら何よりです」
幸せなら何よりだ。僕には想像もつかない、苦しい思いをしたのだろうか。
エミリアさんは変わった。こちらを見つめる眼差しも、警戒の色が無くなり、優しげのある綺麗な目に変わった。
改めてエミリアさんを見てみると、こんなにも変わったのかと気付く。
「イツキ」
「はい?」
「呼んだ、だけ、です」
少し手に触れてきた。
二人で過ごす時間が長くなれば、芽生える感情もあるだろう。
しかし、僕の役目はあくまでもこの人を社会に出すこと。越えてはいけない一線がある。
僕はそっと手を引っ込めた。
少しヘソを曲げたような顔をされたが、何か、目の中には熱を宿しているようだった。