燃える詩歌
昔、ある街に若い詩人がいた。
詩人は麻袋を服がわりに着込み、人が捨てた残飯を食べ、捨て置かれた樽に住んでいた。
若く精悍で賢い男だったが、詩人は決してその生活を変えようとはしなかった。
彼は毎日必ず一編、紙片に詩を認めては、
誰に見せるでもなくそれを海辺で燃やして灰にした。
人々は彼を薄気味悪く思ったが、詩人は毎日詩を灰にし続けた。
地獄の底から毎日彼を観察していた悪魔は、やがて詩人に興味を持ち始めた。
どうしてこの男は若い肉体と冴えた知恵を無駄にするのだろう? なぜ長い時間をかけて書き記した詩を、自ら燃やすのだろう。
悪魔はとうとう我慢しきれなくなり、人間界に降りることにした。
そして自らの素性を名乗り、こう問うた。
「お前はなぜ詩を燃やすのか」
詩人は紙片に火を灯しながら言った。
「あなたが本当に悪魔ならば、それに答えれば私の望みを叶えてくれるか」
「よし、叶えよう」
悪魔が頷くと、詩人は紙片に灯った炎を眩しそうに見つめて語り始めた。
「私が詩を燃やすのは、天に召された愛しい人のためだ。言葉を煙にして届けるためなのだ」
「詩を書く以外の生き方はしないのか」
「言葉がはっきりと一つの意味を持つように、これが私に示された唯一の道だ」
悪魔にとっては到底理解出来なかったが、若い詩人の面持ちは真剣だった。
人間はやはりわからぬ、と思いながら悪魔は言った。
「よろしい。では願いを聞かせてみるがいい」
「私の詩を、そのまま現実にして欲しい。一言一句変わらぬように」
「易い願いだ」
悪魔が答えると、詩人は満足げに微笑んで、即興で詩をそらんじた。何年も何年も、ずっと前から繰り返してきた素朴な言葉の行列だった。
君想ふ 我が身を焰焦がしゆく
天よ灰をだに届け給へ
詩を紡ぎ終えると、詩人の体は音もなく燃え始めた。苦痛の叫びもなく、詩人の体は煌めく灰になり、海風にさらわれて高く舞い上がった。