第一話
白い空間。
其処に、一人の男が立っていた。
此の男こそ、知る人ぞ知る平安時代の刀匠、三条宗近である。
此の男の打った刀は無数に有るが、中でも有名なのは三日月宗近だろう。三日月宗近は天下五剣に数えられ、その中で最も美しいと言われている。
尤も、それを宗近は知る事が出来ないのだが。否、知る事は出来る。只、今は出来ないと言った方が最適だろう。
宗近は、先程終わった己が人生を振り返っていた。
嗚呼、嗚呼、終わってしまった。
我が人生、実に有意義であったなぁ。
我が子達の活躍を見れんのは寂しいが、これが俺の運命であったのだろう。
一人頷く宗近。
其処に、天使が舞い降りた。
否、比喩とかではなく、本当に女性が翼をはためかせ乍ら降りてきたのだ。
『おはようございます』
「嗚呼、おはよう」
さして驚いた素振りは見せず、普通に挨拶を返す宗近は天然なのかもしれない。
そんな宗近に笑みを零し乍らゆったりと着地する天使。
『貴方は先程、人生を終えました』
「うむ。自覚して居る」
『それはそれで……。まぁ良いでしょう。今回は貴方にお願いがあって此処へ呼びました』
「願い?」
頸を傾げる宗近。
『はい。異世界に、行って欲しいのです』
「異なる世界……。俺が生きた世界とは亦別の世界があると」
『えぇ。行っていただけますか?』
「まあ待て。理由を説明してくれんか」
そう言って「よっこらせ」と座る宗近。
それには天使も苦笑い。
『では、説明させていただきます。今、ある異世界の住民達によって、異世界召喚が行われています。それは、異世界から人を呼ぶ禁忌です。それを、貴方に止めていただきたいのです』
「ほう……」
異世界から人を呼ぶ、か。
確かに、禁忌になるだろうな。
遣り過ぎたらその世界の人口が枯渇してしまう。
「どのように止めるのだ」
『どうやら、召喚を促している輩が居る様なのです。なので転生し、その輩を排除していただければ』
「排除というと……。死、か」
宗近の言葉に頷く天使。
『失礼ながら、貴方の人生を視させて貰いました。……貴方は、人を斬った事がありますね』
「確信して居るのだな。否、俺の人生を視たというのならば当然か。……嗚呼、斬った事は有る」
『ですが、死に至らしめた事は無い、と』
「嗚呼」
『だからこそ、です』
頸を傾げる宗近。
『だからこそ、貴方を選んだのです。無闇矢鱈に命を奪わない貴方だからこそ、今回の件では相応しいと思ったのです』
そう言ってから暫く顔を上げない宗近に、天使が声を掛けようとした時。
「はっはっは!」
笑った。
笑ったのだ。
「くくっ。そうか、無闇矢鱈に命を奪わない、か」
『……?』
「良いぞ。その話、受けてやる」
『あ、ありがとうございます! では、転生の準備を致しますね!』
此奴、人生を視たと言っていたが……。
ふむ。
若しや、あの時迄しか視ていないのか?
「……何処迄視た」
『貴方の人生の事、ですか?』
何やら作業をしながら問い返してくる天使。
「嗚呼」
『最後の刀を打った所まで、ですね』
矢張り、か。
『……よし。出来ました。あそこの扉を潜れば転生出来ます』
そう言って俺の後ろにある扉を示す天使。
「では、行くとするか」
扉に向かう。
そして、一歩手前で立ち止まった。
『どうか、なさいましたか?』
「否何、少し忠告をな。……人生は何が有るか分からん。最後迄視る事を勧める。ではな」
扉に足を踏み入れる宗近。
途端、視界が真っ白に成り、宗近は意識を失った。
『どういう、意味かしら……。取り敢えず、最後まで視てみましょう』
天使は宗近の人生を最後に視た場所から再生する。
視て行くうちに、段々と天使の顔は驚愕に満ちて行った。
『なんて、こと……! 殺人記録が無いから油断していたわ! まさか、人では無く、妖を無数に斬っていたなんて……! …………。でも……、今の様子じゃ、もう狂っては居ない様だし……。……それに、本番はこの次なんだから』