第2話
それはあまりにも一瞬の出来事で、全てが終わるまで誰も動くことができなかった。
何かを察したチハルが制服を剥がし、その後膝をついて絶命するまで、残された3人は身動き一つ取れなかった。
チハルの頭に突き立てられた短剣が引き抜かれてから、ようやくアキラが動く。
「アキラ君!」
ミホの叫びに答えることなくアキラは走り続け、伏せたチハルの向こう側で下卑た笑い声をあげている何かに向かって怒号を上げながら飛び掛かった。
しかし、その小さな生き物は思いもよらない身軽さで後ろに飛ぶと、そのまま森の中へと消えていったのだった。
「ねぇ、チハルは?」
聞くまでもなく分かることであった。間の前で大量の血を流して倒れているチハルが生きているはずがないと、誰かに確認をとるまでもなく分かることであった。
しかし聞かずにはいられないのは状況に頭がついていけていないから。
ついさっきまで笑って話していた友達が死んだことを、易々と受け入れることなどできないから。
「ねぇ、チハルは?」
口に手を当てたまま、ミホは繰り返す。
震える足で懸命に立ちながら、死んだ友達を抱き抱えるアキラに問い掛ける。
アキラは無言のまま首を横に振り、静かにチハルを地面に下ろすと辺りを物色し始めた。
「何を、さがしてるの?」
アキラの行動が不気味で、残された2人は顔を見合わせる。
「棒でも、石でも、何でもいい。あいつを殺せるものがないか探してるんだよ」
駄目だよ、とミホが叫ぶ。
「相手はナイフを持ってるんでしょ」
それがどのようなものなのかはっきりとは見ていない。しかしチハルの傷口が刃物を突き立てられたものだということは分かる。
「そんなの、危ないじゃない!」
「うるさい!」
ミホの言葉を掻き消すようにアキラが叫んだ。
「お前達は逃げろよ。俺はあのチビを見つけて絶対に殺してやる」
そう言ってアキラは落ちていた木の棒を拾い上げると一人で森の奥へと歩き出した。
「ねぇ、どうするのよ」
止めないの?、と去っていくアキラと立ち尽くす少年を交互に見ながらミホが訴えてくる。
しかし、どうやって止めればいいのか、と少年はアキラの背中を見つめたまま動けないでいた。
力で勝てないアキラを相手に無理矢理引き留めることなどできず、アキラの気持ちを知っているだけにその気持ちを蔑ろにはしたくない。
アキラがチハルを好きだったことは知っていた。ミホだって知っている。気付いてなかったのはチハル本人だけだった。
だからこそ、少年はアキラに掛ける言葉を見つけることができず、その場から離れることもできず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかったのだった。
「ねぇ、どうするの」
何も行動を起こさないうちにアキラの姿は見えなくなり、そんな少年に対して苛立ったようにミホが睨んでくる。
「そんな事言われても、俺だって」
分からない、分かるはずがない。突然こんな場所に来たかと思えば殺人が起き、アキラは消えた。
どこに逃げればいいのかも分からず、あの生き物が他にいないとも限らない。
「と、とりあえずチハルの体を」
運ぼう、そう言い掛けた時、傍の草むらから音がした。
ガサガサと何かが近付いてくる音。
その音を聞いた瞬間にミホが走り出すのを見て、少年は慌ててそれを追い掛けた。
直後、草むらから飛び出したのは逃げたはずの小さな生き物。
それは逃げてはいなかった。姿を消したように見せかけ、そばでじっと待っていたのだ。
3人は都合よく1人と2人に別れた。
2人の方が1人よりも弱そうだった。
だから狙う相手は2人に決めた。
満面の笑みを浮かべる口からは抑えきれないように声が漏れている。
それはとても汚い笑い声であった。