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レベル99のゴブリン  作者: 明星
10/22

第10話

ゴブリンと呼ばれた小さな生き物がこの森にやって来たのは随分前のことだった。

彼は本来平野に暮らす生き物で、気ままに動物を狩りそのまま地面で眠るような生活を続けていた。

それは何も彼だけの話ではない。彼はそういった種族の中の一匹であり、当然他にも同種の生き物達がいたのだ。それは家族であり、仲間であり、そして異性だった。


しかし彼はある日その全てを失ってしまった。

それは世の情勢などとは無縁の生活をしていた彼らにとってあまりにも突然の出来事だった。

始まりは人間による侵攻。

新たな貿易ルートを開拓する為、商人によって雇われた冒険者達によりルート上に存在する邪魔な要素が全て排除されたのだ。

その邪魔な要素の1つとして、彼らの種族があった。

彼らの種族は武器を持った人間達に為す術もなく殺されていった。彼らはそもそもそれほど賢くはなく、力も強くない。天敵の多いこの世界で身を寄せ合い、互いに助け合いながら生きてきたのだ。

その仲間が、家族が、目の前で次々に殺されていく中、彼は少数の仲間達とどうにかその場を離れることができた。

平穏に暮らしていた平野を追われ、知らない土地を進むのは厳しい毎日だった。

食べ物を手に入れる為に人間の住みかに近づいた仲間は首を切り落とされた。

眠っている時には凶暴な獣に食い殺される仲間の声で目を覚ましたこともある。

遠くにいる人間から面白半分に矢を射られることもあった。

そうして1人、また1人と仲間を犠牲にしながら、彼はようやくこの森に辿り着くことができたのだった。


そこは何の変哲もないただの森。

そしてそこには自分を襲う人間も、凶暴な獣もいなかった。

独りぼっちになってしまった彼は、その森で久しぶりに安穏とした日々を送った。

湧水を飲み、落ちている木の実を食べ、爬虫類や虫、食べられるものは何でも食べた。

彼はそんな自分の生活にとても満足していた。

皆が死んでいった中で、自分だけが生き残ったことに喜びを感じていた。

しかし、ある時その喜びを邪魔するものが現れた。

それは人間だった。

あの時家族や仲間を殺した人間という生き物が、突如として森の中に現れたのだ。

彼は息を殺して身を潜め、遠くからその人間達を観察した。

すぐに逃げなかったのは独りぼっちで逃げる自信がなかったから。そして現れた人間達の様子がおかしかったからだ。

これまでに出会った人間達はいつも堂々としていた。その立ち振舞いに何の迷いもなかった。

しかしあの人間達は違う。

まだ大人になりきれていない雰囲気の3人組。

2人の男と1人の女が不安そうに辺りを見回しながら身を寄せ合っている。

彼はその人間達に興味を持ち、静かに近づいた。

聞こえてくるのは聞いたことのない言葉。

見えるのは見たことのない服や持ち物。

彼は知る由もなかったがその3人の人間こそ、初めてこの森に転移してきた別世界の人間だったのだ。


ふらふらと興味に任せて歩いているうちに、彼の踏んだ枯れ木が大きな音をたてた。

人間は何かを叫びながら自分の持ち物から少し大き目の短剣を取り出した。

年端もいかない少年がそんな物を持っているのは物騒は話だが、彼にとって人間が武器をもっているというのは当たり前のことだった。

殺されると恐怖した彼がその場から動けずにいると、なぜか武器を持った人間の方が叫びながら逃げ出した。

怪訝に思い、逃げた人間達を追い掛けた。

まず最初に女が転んだが、それは無視して武器を持つ人間を追い掛けた。

次に武器を持たない男が走るのを止めたが、それも無視して武器を持つ人間を追い掛けた。

時折振り返りながら逃げ続ける人間は怯えていた。

それを疑問に思いながら、彼はどこかで本能的に悟った。

「あの人間は自分に怯えているのだ」と。

そう思った瞬間、彼にはこれまでに感じたことのない感情が芽生えた。

それは喜び。

生き延びたことへの喜びとは種類の違う喜び。

狩られるものが狩るものへと立場を変えた瞬間の喜び。

彼の目の前を走るのはもはや天敵の人間ではなく、ただの獲物に過ぎなかった。

彼は走る速度を上げると人間に追い付き、その背中に飛び乗った。

人間は錯乱したかのように叫ぶばかりで、その手に持つ短剣を使おうともしない。

ならば自分が使ってやろうと手を伸ばすと、いとも簡単に短剣を奪い取ることができた。

あとはそれをそのまま首に突き刺して始末し、彼は来た道を引き返した。

そこには走ることを諦めた男と転んだ女が抱きついたまま座っていた。

手に持つ血に濡れた短剣を見せつけると、2人の人間はまた叫び声を上げながら走り出した。

「たすけて」「たすけて」と繰り返しながら走る人間が、なぜかとても愉快だった。

自分に立ち向かってくることをせず、ただただ逃げるばかりの人間が滑稽だった。


逃げる人間との追いかけっこを一頻り楽しんだ彼はあっさりと人間を殺し、そして思った。

「この人間は弱い」と。

もちろん金属製の鎧に身を包み、大きな武器を持つ人間は強い。

しかし聞いたことのない言葉で、見たことのない格好をしているこれらの人間は弱い。

そしてその思いが確信に変わるまでそれほどの時間は掛からなかった。

なぜかは分からないがこのような人間達は間を空けて森に現れ、現れた人間達は一様に弱かったからだ。


そうして彼はこの森で生きていくだけではない楽しさを見出した。

弱い人間達を狩るという楽しみを見出だしたのだった。

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