メイ・アルデスト・アイリン
俺は一度大学へ帰り、溜まった生徒達の論文の原案を受け取るついでに石の材質について詳しく調べて貰った。ここからは科学者の仕事だ。俺達考古学者は軽い年代区別は出来ても、石の細かい材質までは流石に調べようがない。というかそもそも調べる為の機材もないしな。なのでそれの専門家に調べてもらうのだ。
そして結果が出るまでの時間、ワクワクしながら生徒の論文の原案を読み進めている時は、実に充実していた。論文の原案の中には、ドナウ川の文明について批判的に言及したものもあれば、アメリカのマヤ文明の様に巨大河川が無くとも大きな文明は成り立つと言ったものもあった。中には宇宙人説についてガチで語った物もあった。
まだ形になっていないアイディア達は、俺に未知の刺激を与える。ブッ飛んだヤツから基本に忠実なヤツまで、彼らの作品が今後どう転ぶのかとても楽しみだ。
と、数ある論文の種達の中で一際俺の目を引くものがあった。
『白い女神の宗教について』
書いた生徒の名前はメイ=アルデスト=アイリン。読んでみたところ、このアイリンは文明本体よりもその文明の根底にある思想がその文明自体をどう導くのかに興味があるらしい。読み進めるうちに、さらに俺の目を引く単語が現れた。
『白い女神の宗教の専門家、遠藤夏樹に話を聞いた所……』
「なっ……」
俺は一瞬、事態が理解できなかった。だってアイリンにこの課題を出したのは最後の講義の日だ。それから少しした後すぐに遠藤夏樹は居なくなったから、ともすればアイリンは失踪中の遠藤夏樹に会ったのではないか。そうなると話を聞いてみたい。
俺が放送をかけてアイリンを部屋へ呼び出すと、まだ大学内に居たのか彼女はすぐにやって来た。
長い金髪と見事にマッチした白い肌。整った小さな顔に付いた形の良い耳には天使か女神を象ったピアスをしていた。たしかフェンシングの学生大会か何かで良い線まで行ったとかで、その細身だが力強いラインはまさに文武両道、才色兼備といった風である。彼女はイギリス出身らしいが、英国美女とはこういうのを指すのではないだろうか。そういえばイギリスはフェンシングが特に盛んで、軍の訓練の中にもフェンシングが組み込まれているとグランシェが言っていた気がする。
ただ、俺の興味はそこではない。
「ツブキ先生、何の御用でしょうか?」
「あぁ、提出して貰った論文の原案なんだがね……」
「読んで頂けたんですね! ありがとうございます!」
なんて元気良くお礼なんてされたが。いや……そりゃ読むだろ普通。
「あぁ、読んだよ。そこで少し質問なんだがな。あ、座ってくれ」
「失礼します。質問ですか? 私で答えられるものならなんなりと」
彼女は礼儀正しく一礼してから俺が指した椅子に腰かけて言った。最近の学生にしては珍しく礼儀というものがなっている。この間呼んだ子なんて勝手にその辺の椅子に座るし。アメリカは日本と比べてその辺は寛容だが、それだけにこういう細かい礼儀は他人との差が付くという事が分からんのかね。
と、ガラにもなくオッサン臭い事を考えながらも本題に入る。
「論文の原案中で、遠藤夏樹について書いているね?」
「えぇ」
俺は獲物がかかった感じがして嬉しくなった……なってしまった。
「彼女とはいつ会ったんだ? あと、どういう関係なんだ? あ、あと居場所も知っていたら教えて欲しい」
「え……っとぉ……」
つい嬉しすぎて思いっきり経緯を飛ばして不可解な質問をしてしまった。おかげでアイリンは怪訝そうな眼差しをこちらに向けている。確かに、いきなりこんな質問攻めだと怪しすぎるだろ……。
と、今までの経緯を全て話して弁解した。もちろん白井夏樹のことについても、少し悩んだが話す事にした。
「白井夏樹?」
俺が白井夏樹の名を出しても、どうやら彼女にはイマイチピンとこなかったようだ。白い女神の像は白井夏樹からの物であるが、しかし白い女神の宗教については遠藤夏樹の話がカギになっていそうだ。この二人の夏樹は一体どういう関係なのだろうか。謎は深まるばかりである。
「あ、じゃあ遠藤夏樹さんは知ってるんだよね?」
と、今度は順序立てて質問をしてゆく。
「はい、遠藤夏樹さんは母の友人で、今はイギリスの実家にいると思いますが。連絡をつけましょうか?」
わぁお……なんと驚愕の事実と共に居場所まで分かっちゃったよ。知り合いで母の友達だって?もうわけがわからんくらいに顔が広いな遠藤夏樹は。もしくは世界が狭いだけなのかもしれないが。
「なるべく俺と遠藤夏樹以外には漏らしたくない相談事があるんだが、今遠藤夏樹の連絡先なんかは分かったりしないよな?」
と、ダメ元で聞いてみる。母親の友達の連絡先なんか知らなくて普通だ。が、背筋を伸ばして椅子に座っているアイリンはなんでもないという風に驚愕の事実を口にした。
「はい、夏樹さんのメールアドレスなら持ってますよ」
「マジか!」
俺は驚きの声を出し、彼女にコーヒーカップを差し出しながら言った。
「ありがとうございます。マジですね」
彼女はちゃんと礼を述べてからおどけて答え、更に嬉しいお話をする。
「実家を教えて差し上げる事は出来ませんが、お話を通すくらいなら可能ですよ」
キターーーー!と、内心は飛び跳ねたが、ここは紳士的に一言。
「マヂかっ!」
「マヂですね」
アイリンは少し笑いながらそう答えた。そうと決まればその好意に甘えさせてもらわない手は無いだろう。
「ありがとう!頼むよ」
「で、なんと伝言すれば良いですか?」
「え……」
あ、なんて言おうか。考えて無かったし。まぁ、とりあえず会いたいという旨を伝えるか。
「あ、じゃあ。『白い女神』を拝読させて頂きました、考古学者の津吹太一です。以前、私の友人グランシェが会う約束をしていたと思うのですが、覚えていましたらご連絡下さい。と、伝えてくれ」
「了解です、ご連絡……とは私が連絡ツールになるわけですか?」
別段嫌そうな感じは出していないが、やはり伝言係まで頼むわけにはいかんだろう。
「え、いや。コレを渡してくれれば良いよ」
そう言って俺は仕事用のケータイの番号とアドレスをアイリンに差し出した。
長らく更新しなくて申し訳ないです。色々立て込んでいましたが、明日もまた更新しようと思います。




