白い女神の像
この辺りから謎解きっぽくなってきますが、あくまでこれは冒険ものです……汗
10話くらいからドンドン冒険していくので、我慢して読んでいって頂けると幸いです。
「これはっ!」
テーブルの上に鎮座した白い彫刻は、美しい女神の姿をしていた。
「白い女神の像じゃないか!」
俺が驚いていると、老婆は更に驚きに追い打ちをかけてきた。
「あら、ご存知?」
彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべてまた驚くような事を言い始める。
「では、これを貴方達に差し上げますわ」
いやいや、差し上げますわって、唐突過ぎて全然意味がわからない。
「い、いや、悪いですよ。彼女の置き土産なんでしょう?」
本当は喉から手が出る程欲しい代物だが、ここまで理解不能だと逆に怖いわ。
「いいえ、これは貴方の物。私はコレを彼女から、親友のナツキから預かっていただけなんだもの」
老婆は首を横に振り、机の上に白い女神の像を置いてこちらに差し出しながら言う。
貴方の物、ってどういうことだ? これはきっと今は亡き白い女神の宗教信者の誰かのものだったのだろう。作りは他と比べてかなり精巧に見えるし、こんなもの作った覚えも、作る技術も残念ながら持ち合わせてはいない。
「我々の物、というのがよく理解出来ませんが、我々はこのようなものに覚えがありませんし、白井夏樹さんからの預かり物なら余計に頂くことは出来ませんよ」
と、グランシェが目でこちらに何か訴えかけてくる。
『このバァさん、ボケてるんじゃない?』とかそういった感じのことだろう。問題ない。俺も丁度少しそうなんじゃないかと思い始めていたところだ。
すると老婆はクスリと笑って言う。
「いいのよ、貴方達に渡す物なんですから。ナツキは言ったわ。若い考古学者さんと軍人さんが、私の事を聞きに来たらこれを渡してあげてってね」
「…………は?」
いやいやいやいや、これはおかしい。俺達はTV屋としてここに来ていたはずだが。
俺たちが目を丸くしていると、老婆はさも当たり前だという風に目を細める。いわゆるドヤ顔というやつだ。
「貴方達、嘘が下手よねぇ……。そちらの貴方が持ってる万年筆は、ある偉い考古学者さんから頂いたものでしょう?」
老婆は俺の愛用している万年筆を指して言う。確かにそうだ、これは俺が論文でA+を頂いた時に教授がくれたものである。
その万年筆には俺の恩師の名前が刻まれていた。大金持ちでお茶目な彼が人にプレゼントするように特注したものだ。別に隠していた訳では無いが、決して見せびらかしたりはしていなかったはず。それを目ざとく見つけた老婆に、俺は素直な感心を向けた。
「えぇ、まあ……」
最早口ごもる事しかできなかった。
「ダメよ、そんな限定品を身に付けてちゃ。私がその先生と知り合いで、更には貴方の大先輩だって事は知らなかったようね」
「えぇっ!先生のお知り合いだったんですか!」
おぉ、これはこれは……まさかの大先輩だったとは。
今は亡き大先生の事を思い出し、少し懐かしくなっていると、今度はグランシェに向き直って笑いかける。
「私だって、昔は優等生だったのよ?それからそっちの貴方、スーツは1着しか持ってないのね?」
今度はグランシェが狼狽する番のようだ。
「え?あ、ハイ。普段は着ませんから……」
ここまで来たら最早隠そうとすらしないグランシェ。
「そのバッヂ、ちゃんと外さないと軍人さんって丸バレよ?」
グランシェの胸元には確かにバッヂが付いていた。金と黒を基調にした、非常に美しいバッヂだ。
「あっ、パーティーの時に招待状の代わりに貰ったまま外すの忘れてた!」
小さく絶叫するグランシェ。まぁコイツは元よりこんなヤツだがまさか俺まで正体がバレるとは。老婆の方が何枚か上手だった様だ。
と、すると突然老婆はまた遠い目をして言う。
「ナツキはこんなものじゃあなかったわ」
「はい?」
聞き返すと、彼女は可愛らしく微笑んで答えた。
「彼女の観察眼は凄まじかったわぁ~……誰の嘘だって見抜いちゃう。もしかして、警察官にでもなったのかしらね」
そう言って白い女神の像を再びこちらに差し出す。
「貴方が捜しているナツキ・エンドーは知らないわ。ただ、ナツキ・シライはこれを貴方達に残した。当時、まだ産まれてもいなかった貴方達に向けてね」
そう言った彼女の眼は、まるで小さな奇跡を目の当たりた子供のようにキラキラと輝いていた。
「……有り難く頂戴致します」
俺は観念して白い女神の像を受け取る。
「さ、貴方たちにはまだやる事があるんでしょう?」
ポン、と背中を叩かれ、俺たちは急かされる様に部屋を出る。
そして、俺とグランシェが部屋を後にするかしないかの時、老婆はボソリと呟いた。
「もしかしたら本当に、ナツキは魔女だったのかもしれないわね……」
その一言が気にはなったが、俺は部屋を後にした。
部屋に帰ってから、老婆に貰った謎の白い女神の像を眺めてみると不思議な点が幾つかあった。
白い女神像とは言うが、これは他の女神像とは違い手乗りサイズの小さい物が主流だ。そのため体は二等身であり、精巧なつくりではない。
丁度日本で言う千羽鶴の様に、願掛け的な贈り物として用いられたのではないかと俺は推測している。
女性の特徴として、乳房は男性と区別出来る程度には作られているが、ダルマにも似たその作りでは大した物でもない。見る人が見れば素晴らしい代物だが、何も知らない者からすればただの白い石ころ同然なのだ。
ただ、今回手渡された白い女神の像は、一瞬本当に白い女神の像なのかと疑う程の精巧な作りになっていた。
その身体に纏う薄いベールのシワは布の質感を見事に再現していて、キトンか何かで出来ているように思える。更には細く作られた長い髪の流れはとても自然で、その上には葉っぱの形をした髪飾りがしてある。髪に包まれた凛々しく母性的な表情を浮かべた顔にはうっすらとした微笑みすら見て取れ、まさしく女神といった感じが漂いとても美しい。
そして何より驚きなのはそれがニ等身でないことだ。
スッと美しく伸びたその素足は息を呑むほど精巧に作られていて、しかも当時の人間とは思えないほどにスタイルは抜群だった。
当時の造型技術ではたしてこれ程の物が作れたのだろうか。
「まるでモデルさんみたいだな」
グランシェが呟く。
「モデルかぁ……」
俺は少しその言葉が脳裏に残る。何か見落としている。そんな気がするんだ。するとよほど暇なのか、またしつこくグランシェが言った。
「凄い綺麗だな、これをモデルに別な作品が作れそうなくらいだ」
「それだぁっ!」
「うぇっ?何がだ?」
モデル。俺はその言葉にハッと閃きを感じた。
白い女神の像は、要は実在しない女神を象ったものだ。だからあやふやな石像が出来上がる。しかし今度のは全く違い、かなりの完成度なのだ。
それはすなわち……。
「この石像にはモデルが居たんだよ!今までのモノは全て、実在しない女神を象った、いわば想像上の生物みたいなもんだ!」
だが、今回のは違う。確実に見える、感じられるモデルが居たんだ。例えば、白い女神の宗教。彼らの信じた思想の……。
「女性教祖……」
宗教ならその教えを伝える人間が居る。この小さな白い女神像はその教祖を象ったものなのかもしれない。しかし、その女神像が遠藤夏樹、もとい白井夏樹に似ているなんて事はなかった。
似てたら似てたで気色悪い気もするが……。
「なぁタイチ……」
「あぁ?何だよ?」
と、今度はグランシェがなにやら閃いた様子で話しかけてくる。
「コレって、すげぇ発見なんじゃないの?」
「……まぁ、確かに今までにないタイプだけどな」
何が言いたいのかよく分からんが、確かに凄いと言えば凄い。が、グランシェはどうやら何か別の事が言いたかったようで、煩わしそうに再び口を開く。
「いや、そうゆうんじゃなくてさ。戦闘の時だってそうなんだが、手の込んだ武器や仕掛け、有能なアイテムや兵隊は攻めに出すよりも守り、特に主要な場所や物を守る為に使うんだ」
「……何が言いたい?」
グランシェは尚も煩わしそうだが、俺は兵隊じゃない。そんなことパッと言われてもよく分からない。
「だから、そういう手の込んだ作品って優秀な作品なんだろ? だったら、その白い女神の宗教とやらの中枢に近い場所に置くんじゃないの?」
いや、俺は戦闘の専門家であって宗教や考古学はわかんないけどね。グランシェはそう付け加えたが、確かに彼の言う通りだった。
ヤツは正しい。もしかしたらこの小さな白い女神像は今まで発見されていなかった白い女神の宗教の中枢を担う場所に贈られたものかも知れない。
そうなるとこいつはもの凄い事だ。もしかすると、宗教だけでなくドナウ文明の証拠すら発見できる可能性があるのだからな。この石の年代と種類を調べれば作られた場所が分かるだろう。発掘記録からは、もしかしたらこの宗教の中枢であった場所が分かるかも知れない。
そしてその先には……遠藤夏樹が居るのかも知れない……。
俺の興味は昔っから白い女神の宗教とドナウ川流域の文明にのみ向いていたが今は少し違った。意味のわからないモノには昔から興味をそそられるのだ。
遠藤夏樹の正体を暴いてみたい。
俺の中で緩やかに、しかし確実にその思いは募り、固まっていった。




