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形而下の神々  作者: チビスケ
遠藤夏樹と白い女神
4/6

不老の女性 白井夏樹

─翌朝─


 俺たちは朝一番で部屋に籠りパソコンを開いていた。


「ま、とりあえず本題といくか」

「おぉ、聞かせてくれ。遠藤夏樹は何者だ?」


 そう聞くと、グランシェは神妙そうな面持ちで言う。


「目撃情報が異常に多いんだ」

「そりゃあ有名人だからな?」


「まぁ、これを見てくれればその異常さがわかるさ」


 グランシェはノートパソコンを開いて寄越した。というか俺達アナログ仲間だったはずなのにいつの間にこんなモノ買ったんだコイツ。

 そこには遠藤菜月の写真が30枚程、添付されていた。


「随分と少なくないか? ……ん? 白黒写真? いつの時代のモンだこりゃ?」


 彼女の目撃写真やら何やらが集まったサイトでは、あろうことか加工なしで白黒やセピア色の写真もあったのだ。これでは時代感がバラバラすぎる。


「ほら、コメントを見てみろ。この古い写真はベルリンの壁崩壊より前に取り壊されたドイツの名家、ヴァロモディア家の別荘の前で撮ってやがる」


 ヴァロモディア家と言えば、材木を作り東西ドイツに貿易という形で売りさばく事を生業にしていたドイツの巨大な森林貴族だ。ベルリンの壁崩壊の少し前から勢力を弱め、東西ドイツの交流をきっかけに姿を消したという貴族の一家。

 どういったものか、詳しくは知らないが恐らく東西ドイツの交易に関する仕事で利潤を得ていたのだろう。東西ドイツが仲良くなってしまえばわざわざヴァロモディア家を挟んで交易なんてするまでもなくなるので、結果としてヴァロディモア家はその勢力を失ったのだろう。


 ……それはともかくとしてだ。


「これと一緒に写ってるって……遠藤菜月は一体いくつだ?」


「そう、不思議だろう? 俺が会った時もこの写真の時と同じ若々しさだ。ナツキ・エンドーは妖怪かもしれないぜ?」


 何が妖怪だよ。ただ、確かにおかしい。

 色々な写真を見比べるが全て時代はバラバラだし、親兄弟でもこんなに似てる事はめったにないだろう。更に他人の空似にしちゃあ数も多い。しかも時代や場所がバラバラ過ぎる。


「遠藤菜月、コイツは一体何者なんだ……」


 その時、新しい写真がアップされる。その写真のタイトルは実にシンプルなものだった。


『祖母の友人』


 写真には2人の若々しい女性。一人はヨーロッパの人間だろう。ただもう一方の女性は、セピア色のそれでもわかる黒々とした髪に、一重の奥の黒い瞳。上品さと可愛らしさを絶妙なバランスで体中に取り込んだかの様なアジア人女性は、明らかに遠藤夏樹だった。

 コメント欄には掲載者のメモがあった。


『私の祖母は今年で85歳です。彼女はナツキ・シライを名乗り、祖母の一番の親友だったそうです』


「ナツキ・シライ……」


 この写真の人物、白井夏樹が遠藤夏樹と同一人物ならば彼女は80歳以上という事になる。ベルリンの壁崩壊の時期の写真より更に昔の写真になるから、これではより謎が深まるばかりだ。


「ぬぅ~ん……」


 訳が分からん。同一人物な訳は無いが、苗字が違うだけで下の名前は同じ。見た目も全く変わらないとなれば。


「同一人物で無いにしろ、なんらかの関係はありそうだよな」


 面白い。考古学は推理の学問だ。俺の推理力で遠藤夏樹を見付け出してやる。


「さ、グランシェ行こうか」

「は? 何処に?」


 俺はニヤリと笑いかけて言う。


「この写真の持ち主のところへさ」


 そう言ってやって来たのはフランスの郊外。新幹線に揺られる事約3時間の片田舎だった。

 しかしながらまだ刈り入れられていない小麦たちは延々と広がり、市街地では感じられなかったフランスの農業国という一面を感じさせる。更にはその向こうに微かに見える山々はこの季節でもなお青々としており、自然の力強さを感じずにはいられない。

 金の小麦畑の隣には思わず癒されてしまうくらい小さな謎の小屋や、レンガ作りの大きな家屋も見られた。昔のフランスはこんな感じだったんだなぁと少し俗っぽ過ぎる生活をしていた自分を恥じる。だからと言って一度上げた生活水準を元に戻すなんて出来る人間はそう居ないだろうけど。


「いいか、ちゃんとした言葉遣いをするんだぞ?」

「わかってるよ、ってかタイチはフランス語は大丈夫なのか?」


「当たり前だ」


 その家は平野の中の市街地にある一際大きな家だった。市街地といってもテントの店が立ち並び、街灯が道の両脇に立ってる広い道って程度だが。と、約束の場所に行くと先に付いていたのか一人の紳士の姿が見えた。

 黒のスーツに短くカットされた金の髪。180cmくらいの長身に無駄なく鍛えられた身体。ここはフランスだが、英国紳士という言葉を連想させるような佇まいの男性が、にこやかにこちらに語りかけてくる。


「ようこそ、何もないこんな片田舎に」

「いやいや、素晴らしい土地ですよここは。それに仕事ですので何処へだって行きますよ」


「ほぉ、それは立派で……」


 テキトーに挨拶を済ませ、30代前半くらいのハンサムなおじさんについて行く。この人が写真をアップした男性だ。

 このハンサムには『遠藤菜月の不思議を暴くTV番組』だと言っている。


「祖母に合わせますね。ボケてはいませんが気難しい方です。ナツキ・シライさんの事についてはご機嫌で話してくれますが、あまり他の深い話しは詮索してやらないで下さい」

「勿論です。気をつけます」


 そう言いながら家の中に案内される。見たところ格調高い家具などは一切ないが、どことなく温かみを感じさせ、機能性も良さそうな家具たちはレンガ作りの家に見事にマッチし、彼のセンスの良さをうかがわせた。

 まぁ、別にこれを選んだのが彼だという確証は無いのだが。


「さ、こちらへ……」


 大きな両開きのドアの奥には小さく上品なテーブルに座り心地の良さそうなソファ。応接室とかいうヤツだろう。


「後でお茶を持って来させますので、ごゆっくり……」


 そう言ってハンサムは部屋を出ていった。


 しばらくすると例の老婆が部屋に入ってきた。簡単な挨拶を済ませると、早速老婆の方から口を開く。


「あんたらかね……ナツキの話を聞きたいってのは」

「えぇ、TVの取材で少しお話が聞ければと……」


「ふっ、そうかい私も孫から話しは聞いているよ……ナツキはそれは美しい東洋人だった――」


 ……この老婆と白井夏樹の出会いは大学の頃だったらしい。聡明で美しい東洋人が大学に来たと聞き、彼女は白井夏樹に接触したそうだ。

 快活な性格であった二人はすぐに意気投合し、大学卒業までの数年間、二人は親友だったという。


「大学を出てから私はこの田舎に戻り、この家の当主として家を守ってきたのさ……その時以来、ナツキとは会ってないねぇ」

「ほぉ、若い頃の彼女しか知らないと?」


 すると老婆は遠い目をして呟くように返す。


「まぁそうなるかね。私の家のホームパーティーには何度か呼んだけど、とうとうナツキの家には行かず仕舞いさ。昔っから聡明で、人の心を見透かした様な子だったねぇ……」


 まるで、何億もの人間を見てきたみたいだったよ。良い所も悪い所も、余さずね。

 と、そう老婆は付け加えた。


「どうにか連絡は取れませんかね?」

「さぁねぇ……昔は電話なんて誰でも持ってる物じゃなかったし、手紙を出そうにも住所も知らないからね」


 なるほど、ここでも大きな収穫はなさそうだと半ばあきらめつつも最後の質問を投げかけてみる。


「そうですか……ありがとうございました。最後に、彼女の手がかりになりそうな物とかはないですかね?」


 聞くと少し意地悪な笑みを浮かべて老婆は言った。


「あぁ、手がかりかどうかはわからないけど、こんな白い彫刻なら貰ったよ」


 そう言って、老婆は胸元から白い彫刻を取り出した。

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