失踪者 遠藤夏樹
この辺りから物語が動き始めます。ただまだ推理なんかが多いのでご了承ください。
『あぁ、ここからは詰まらないから手短に話すが、俺はチェコ軍の偉いさんのパーティーに呼ばれたんだ。美味い料理があるかも知れないし、断る理由も無いからとりあえず呼ばれてたんだけどな……居たんだよ。そこにナツキ・エンドーがな』
「何故?軍人の集まりだろ?」
『あぁ、それなんだが。どうやら参列者の中の一人と仲が良かったらしくてな、ナツキ・エンドーも呼ばれてたんだ』
軍人さんと知り合いって、どんな調査してんだよ。
「それで仲良くなったと?」
『そう、その通り! 彼女の素性はシークレットだったけど、それは美しい人だったよ。
『タイチと同じジャパニーズだけどね、ジャパニーズにしては身長も高かったし、立ち振る舞いもキッチリしてて、ホントに素晴らしい人だったよ!』
「まさかグランシェお前、口説こうとしてたんじゃ……」
するとグランシェは一瞬言葉に詰まったが返答してきた。
『細かい話は良いの良いの! とにかく! タイチの事を話したら是非会いたいだってさ』
俺はとっくに日本人の心なんてモノは忘れたと思っていたが、同じ日本人が日本人以外の人間に口説かれていると思うと謎に腹立たしかった。
やはり俺の根っこは日本人なのかも知れないな。
『ま、そういう訳で白い女神像が手に入るかもだから』
「おう、助かるよ」
そうして、その日の電話は切れた。
―3日前―
そして、時は遡ること3日前。
また例の如く『友人』と称して内線が鳴り、今度はグランシェの少し深刻そうな声が聞こえて来た。その内容は寒い日が続いて鬱陶しいと感じ始めていた11月寒空に驚愕の悲鳴を響かせ、更に俺の背筋を凍らせるには充分過ぎる内容だった。
「ナツキ・エンドーが……見当たらないんだ」
開口一番、電話口で彼はそう言ったのだ。いや、人が、しかも会う約束をしていたはずの人間が突然行方不明になるとか訳わかんねぇし。
その後少し間をおいて聞いた詳しい話によると、グランシェと遠藤とは会う約束は出来ていたらしい。ただ普通に会う約束をしていただけなのに、突如このような非常に面倒な事件が起きたのだ。
『パリ市内の住宅街に住んでるって言ってたのにさぁ……居ないんだよね~。指定された住所の所へ行っても』
「はぁっ? なんでだよっ!」
『知らないよぉ~。今やちょっとした売れっ子だから締め切りとかに追われてるんじゃない?』
とは言っても不自然な所が多過ぎた。
指定された住所に家はあり、つい数日前まで人が住んでいたらしいのだがその部屋には家具一つ無く、髪の毛一本落ちていなかったそうだ。
「まるで何かから逃げてるみてぇだな……」
何気に失礼な話だが、これが素直な感想だ。その相手は恐らくグランシェか?いや、別に逃げる必要はないよな。ガチムチの厳つい傭兵だけど、話せばただのチャラいおっさんだし。
しかし手掛かりが無いのは非常に厄介だ。
『何から逃げるのさ……警察?』
「いや、知らねぇけど……」
『…………』
考え事をしながら適当に返答していると、電話口はまさかの沈黙。
「何か喋れよ……」
沈黙はイカン、特に電話で沈黙されると完全に何もする事が無くなってしなうではないか!
『え、いやぁ……どうせタイチは探すんだろ?だったらどうやって探したもんかなって考えててね』
「おぉ、流石はプロだな。もうそんな事考えててくれてたのか」
正直、予想外だった。
『いや、俺は傭兵であって、白兵戦のプロではあるが探し物は苦手だよ』
「あ、そっか。まぁ、こちとら常に文明の証拠を探してんだ。探し物のプロは俺だな」
木の文明は予想以上に尻尾を掴ませてはくれないけどね。
『証拠見付けた事、無いけどね』
「…………」
それは言っちゃダメなお約束だよ……。人に言われるとへこむし、何気に。
そう思って少しナーバスな沈黙をしていると、今度はグランシェがそれを破った。
『……で、どうやって探そうか?』
「そうだなぁ……」
っていうか人捜しは専門外だし。
「とりあえず、親族に連絡するとかは?」
『それが残念。彼女は天涯孤独。親兄弟も居ないみたいだし、正直、出生もハッキリしてないみたいだよ』
この文明の時代に、しかも作家に成るほどの教養があってどんな出生してんだよ……。
「出生もハッキリしないとか、あるのか?」
『有るみたいだね。タイチの故郷の日本みたいに、産むなら病院って訳でもないんだよ?人頭税のかかる国だったら脱税のために届けでない事もあるし』
そ、そういうものなのか……このアメリカに来て随分と経つが、久しぶりのカルチャーショックだ。というか遠藤夏樹は日本人だけどな。
「じゃあ写真を持って聞き込みとかか?」
『この人知ってますか~? ってやるの? 売れっ子作家さんの写真持って? 余裕で皆知ってると思うよ?』
あ、そうか……。
「じゃあネットの掲示板とかは?」
『……それは良いかもね。流石はタイチだ。それなら目撃情報があるかも』
今度のは割と妙案だったらしく、あっさりと受け入れられた。というかネットが最後に出て来るって、どんだけアナログなんだよ俺たち。
ちなみに俺は今年で28だし、グランシェもそのくらいだって言っていた気がする。
「おう、じゃあ頼むよ」
『リョーカイ。じゃ、3日後に……』
といった感じでその日も電話が切れた。
そして、現在。
俺はフランス・パリのルーブル美術館に居た。
待ち合わせの場所はルーブル美術館の入口にあるガラスのピラミッドのモニュメントだ。
結構有名な建物だが、俺はなんとなくこのモニュメントがお気に入りだ。別に建物の中でも無料だから良いんだが、スリも多いし何より人ごみが苦手なのだ。
と、以前から調査や取材にかこつけてここには幾度となく来ていたが、相変わらずもの物凄い観光客の量だ。日本人も多い。
まぁ、こんな所に一人で1時間もつっ立ってる東洋人は俺だけだが。
……そう、1時間。
「……って誰も来ねぇじゃねぇか!!」
11月、異例の寒波に見舞われたパリの寒空の下、ヤツが来たのは更に30分経った後だった。
「おーいタイチー!! 待たせて悪かったね」
そう言いながらやってきた男は、以前会った時とは少し雰囲気が変わっている気がするが確かにグランシェだった。
190cmもある日焼けした褐色の肌はまさに筋骨隆々というのが相応しいだろう。短く刈り揃えたのか、金色の髪は凛々しい顔に良く似合っている。青い線で幾何学模様が入った黒いパンツはどこかのブランドだろうか、同じく線の入った濃紺のダッフルコートにも、また彼自身にも良く似合っていた。
奇抜な柄だが、それが似合うのが掘り深イケメンの特権か。いいなぁ……。
「いやぁ~、悪かったって!!」
俺の怒った顔を見るなりグランシェは軽口。
「てめぇはホントに許さねぇ! 何故2時間も遅れた!」
俺は人ごみと同じくらい寒いのが苦手なんだ!
「あ、いやぁ……」
「約束、忘れてたのか?」
「…………」
コノヤロー……。
待ち合わせを忘れてたんだな?
俺は忘れられてたんだなっ!
「ふざけてんな……まぁ良い。遠藤夏樹は見付かったか?」
「あ、いや、まだだ」
コ~ノ~ヤ~ロ~……。
「3日もあったのにぃ!?」
「いやいや、3日じゃ無理なくらい大物かも知れないぜ?」
……お前も遠藤夏樹も、何なんだよ一体。
「……どういう事だ?」
「まぁ、それはゆっくり話すよ。とりあえず来てくれ、部屋に案内する」
グランシェの言う部屋とは、恐らくヤツが借りてるホテルか何かだろう。ホテル住まいとは羨ましい。俺なんて家事はもう完璧になってるし。
その後、道々で聞いた話に寄ると遠藤菜月を捜してネットをウロついたら直ぐに様々な情報に行き当たったらしい。
〇〇駅で見掛けただとか、△△の車に乗ってただとか。
普通の目撃情報が多かったのだが、その場所はイマイチ線で結びにくく、いわゆる神出鬼没というやつだった。
「まぁ、そんな事より大変な事があったがな」
グランシェはそう言って、ホテルのドアをくぐった。
ホテル・プルマン。パリ市内の駅前にある、結構な高級ホテルだ。俺でも知ってる、富裕層向けの旅行雑誌の一面を飾る様なホテル。本当に高級で、パリで各国首脳会議なんかが行われるときはここが会場になったりもしたそうだ。
……一泊いくらなんだろうか。
「流石は売れっ子傭兵、違うなぁ~」
すると、あり得ない発言がグランシェの口から飛び出す。
「ハッ、タイチの分の部屋は無いからな!」
「えっ、ホテル取ってくれる約束じゃなかったっけ?」
結構楽しみにしてたのにぃ……。
「俺と一緒の部屋だ。大丈夫、ベッドは広いから」
「なにぃ……」
ふ、ふざけてやがる…。
「嫌なら今から自腹で探しなよ」
コイツと同じ部屋なのには何ら不満は無い。同じテントで野宿もしたし、あまりの寒さに男同士で寄り添いあって寝た事もある。ガッチガチの筋肉だけど細い身体だからむさ苦しい事もない。
ただ……。
「てめぇは寝相が悪い!」
「ベッドは広い!」
190越えの巨体が何をほざくかっ!
「この前は寝相で寝袋を破壊してたじゃねぇか!」
「破れたのは寝袋だけだっただろ!」
バリバリの合成樹脂で出来た強靭な人工繊維を引き千切っといて何をほざくか!
「てめぇと寝たら次は寝袋の綿じゃなくて俺の腹腸が出るわ!」
「……わかったよ。じゃあ俺は寝る時に片腕をロープで柱に繋いでから寝る」
……そんな事、既に実験済だろうが。
フランス・パリのプルマンホテル!
僕が行った時には一泊5万くらいでした笑
観光地に行くバスも鉄道も近くてめちゃくちゃ良いのでブルジョアジーな方は是非!
※当然、人の金で泊まりました。




