表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
形而下の神々  作者: チビスケ
遠藤夏樹と白い女神
2/6

天才傭兵 グランシェ

―フランス・パリ─


 ナツキ・エンドー。

 その日、俺は一人の女性を探していた。

 本当はドナウ河の流域を俺の相棒と二人で発掘調査したかったのだが、先日、急遽パリに来る事になったのだ。


 それはある一本の電話から始まった。



―5日前―


 研究室で優秀な学生たちの論文を読んでいると、いきなり内線が鳴った。


『ミスタータイチ、お電話です。友人のグランシェだと言えばわかるとおっしゃっております』

「あぁ、代わってくれ」


 内線を受け取ると、聞き覚えのある陽気な声が奥から響く。


『ハロータイチ!! お久しぶりだね~』

「エラくまたテンションが高いなぁ、良い事でもあったか?」


 グランシェだ。こいつは交友関係が極端に狭い俺の唯一の親友と言っても良い存在だ。


『なぁに、俺にとっては無関係な事だがね、友人のタイチ様には実に良い知らせだ』

「ほぉ、現地で遺跡でも見付けたか?」


 彼にはよく俺の遺跡発掘なんかを手伝ってもらっている。おかげでヤツ自身も遺跡やらに興味を持ち始めていてそこらの生徒よりは知識も豊富だし、なんというか、第六感的なモノが優れているので「何となく散歩していたら遺跡を見つけちゃった」的な事もありかねない様な奴なのだ。


『いんや、遺跡じゃあねぇな』


 しかし、そんな俺の他人任せな希望はさっそく打ち砕かれた。


「じゃあ何だ? たしか今はスロバキアとチェコの国境で戦争中じゃないのか?」

『あぁ、その仕事は終わったさ。今回の紛争は勝ったから、今は金持ちだぜ?』


 俺はふふっと笑って茶化すように言う。


「優秀な傭兵さんは良いね、俺もあやかりたいよ。その武運にね」


 驚くなかれ、俺の親友グランシェの職業はズバリ雇われ兵隊。要するに傭兵という職業案内所も真っ青な職業に就いている。もしかしたら、彼の驚くべき第六感はその職業柄のせいで自然と鍛え上げられたものなのかもしれない。


『ハッ!! 天下のオックスフォードに認められた最年少の考古学の大権威様が何をおっしゃいますやら……』

「今じゃ学会に背いた異端児扱いだけどな……」


 グランシェは茶化すように褒めてきたが、今の俺はそんな権威の欠片もない、ただの若造の研究者に過ぎない。

 実は俺が提唱し続けているドナウ河に文明が栄えていたという説は、他の学者の理論を大幅に覆させざるを得なくなるようなとんでもない説だ。


 まぁ今まで無い前提だった文明がそこにあった事になるんだし、歴史の認識も大きく変わる羽目になるのは当然なんだが。



おっと、そんな事より俺の話を聞いてくれよ』


 と、グランシェは急に声のトーンを落として言う。


「あぁ、で? 今は何処に?」

『今はフランスのパリだ。まぁ、俺の武勇伝と共に事のいきさつを語ってやるから聞きな』


 俺は大げさにため息を吐いて電話に言う。


「はぁ……手短に頼むよ」


 そう言いながらも俺は論文を机に置く。

 彼の……傭兵グランシェの語る武勇伝はいつもスリリングで、考古学に身を置く俺にはとても経験出来ない様な話ばかりだった。


 奴の話はこれで結構楽しいのだ。

 そして例の如くグランシェの物語は唐突に始まった。


『チェコとスロバキアの国境の南半分は河で区切られていてな、その一番南側はモラバ川っていうかなりデカイ川が流れているんだ。

 今回の紛争はそこで起きたんだがな。白兵戦が主体な俺に掛かれば川での戦闘なんて庭の芝刈り同然な訳よ!

 白兵戦向きに兵隊の教育を施してだな、重火器が使い難い河川沿いでの戦闘、小銃よりも強烈な投石を仕掛けたら一瞬さ!』


「ほう……」

『…………。』


 ハイ、終~了~。……って訳わかんねぇよ!!



「……非常にわかり難い。詳しく説明してくれよ」

『おぉ、タイチはアマチュアだから説明が必要か。

 河川ではな、風が強いから火炎系の武器は扱い難い。更には川幅も広いから大砲も難しいんだ。戦車も深い河には潜れねぇ。

 だから、原始的な銃撃による撃ち合いが始まるんだ』


 要するに銃撃戦がセオリーである河川での戦闘で投石というイレギュラーな戦法を使って大勝利したって話だな。

 グランシェは過程を飛ばして話す傾向にあるから、これで結構理解力の訓練になる。


「ほぉ、納得だな。流石はプロだ」

『あぁ、それで銃撃戦でほぼ一択の戦争になるんだが、敵が銃撃戦を想定してる以上、銃撃戦以外で攻めれば以外に脆い。そこを突いたんだ。

 と言うのも、銃撃戦には弱点がある。風が強いと弾が逸れるから狙いが定まり難いんだ。

 それに比べて小型の投石機。小石を投げるための武器なら風の影響は小さい。小石は弾丸より重いから風に煽られ難いんだな。

 そこで、TNT爆薬を使うんだ』


「TNT?2,4,6-トリニトロトルエンか?」


 化学式は知らないが、トルエンという有機化合物に混酸を混ぜた窒素・酸素・炭素・水素から成る爆薬だ。実際に軍需もある、結構優秀なモノらしい。


『そう、昔っからある高性能な爆薬だ。

 破壊力は4000J/g。簡単に説明するとだな……一点だけを爆破すると仮定すれば、TNTはたったの1gで1kgの重さの物体を4km先までブッ飛ばす。そんな爆薬なんだ』

 「想像より強そうだな」


 『実際には爆発は拡散するからそこまで強くはないが。いや、モンロー効果を利用すれば一点に爆発が集中してもしかしたら……』

「……おーい、戻ってこーい」


 なにやら自分の世界に入っちゃってるみたいなので電話口に意識を引き戻す。全く迷惑な話だが、俺もそんな感じだしお互い様だ。というかそもそもそういう一癖ある人間の方が魅力的だったりする。

 するとグランシェは適当に謝ってからまた本題に入る。


『まぁ要するに、敵の弾丸避けに置かれた土のうをブッ壊したり人を殺傷するには充分なんだ。

 しかも!こいつは簡単には爆発しない。簡単な処理さえすれば、500℃近い熱量がなきゃスコップで殴ったりしない限り爆発しねぇんだ』


「スゲー武器って訳だな」


 軍事オタクかお前は……って、軍事オタクでもなければ傭兵なんかにはならないか。

 グレンシェは日本人ではないが、別に傭兵にならなきゃいけないほど貧困していた訳でもなかったはずだ。しかし傭兵の道を選んだ理由は教えてくれない。

 彼はよく喋るがあまり自分を語らないのだ。


『あぁ、しかも簡単に作れる。投石の兵隊に混ぜて、TNTを投げる兵隊を配置するんだ。そしたら次は火炎瓶。流石に燃えたら爆発するからな。で……』

「ドッカーン!って訳だな?」


 彼は話すときかなりのんびり話す。なので話を聞きながら様々な想像が巡らせられるから楽しいんだ。



『そう。その通り!ただここからが面白いんだ!

 敵はTNTの存在は知らないからただの火炎瓶を爆発する瓶だと思い込む。だから今度はただの水の入った瓶を大量に投げるんだ。

 一回しか使えない騙し撃ちのトラップさ。でも敵は見事に引っ掛かった。

 熟練した敵兵は無理だけど、まだ若い敵兵はもう大混乱さ!そしてそこに銃器を持った兵隊が一気に攻め込む!

 厄介な敵の土のうは弾け飛んでるし、兵は混乱してるしで圧勝だったぜ』


 こ、怖ぇ……。ぶっ飛んだ作戦で相手をブッ飛ばしたって感じだな。


「それにしても中々ふざけた戦略だけどな……」

『ま、こんなユニークな戦法を自軍のボスが気に入ってくれたのさ。

 それで今は彼の家、パリに来てるってワケ。スロバキアの軍の大将はパリ住みだとさ。フザケてるよな全く……』


 少し寂しそうな物言いで幕を閉じたグランシェの戦争話は全て真実だ。


 戦争の話を面白おかしく話す彼だが、いつも最後は少し寂しそうに話を終える。傭兵という、ある種狂気の極みに近い職業を生業にしている分、彼は誰よりも命の重みというやつを痛感させられてきたのだろう。


 そういう人間的な深みも、また彼の大きな魅力であったりする。


「で?そろそろ本題に入らないか」


 が、勝手にナーバスになられても正味電話口で困るのは俺だ。そこで素早く話題を切り替える。


『あぁ、忘れるトコだったよ。本題ってのは手短に済むぜ?』


 受話器の向こうで軽い深呼吸が聞こえた。


『お前さんの探してた偶像。白い女神の像が大量に見付かった』

「なにぃっ!今じゃ何千年も昔のそんな偶像、滅多に有るもんじゃないぞ!?」


 ドナウ河流域に発展した宗教、白い女神の宗教で崇められていた、真っ白い石に彫刻された白い女神の宗教の偶像的な物だ。

 もの凄く貴重なので信じられないという風に聞くと、彼は自信満々で言い返してくる。


『しかし有るんだなぁ、これが』

「偽物じゃないのか?」


 自信満々の彼には悪いが、これが普通の反応なんだ。が、それでもグランシェの自信は揺るがなかった。


『いや、多分本物だ。持ってる奴が持ってる奴だからな』

「だっ、誰だよ?」


 聞くとしばし無言。電話口で奴がニヤリと笑っているのが目に見えるようだ。

 グランシェは、おもむろにその沈黙を陽気な声でかき消した。


『タイチは知らないかもしれんが、白い女神っていう小説を書いた作家だ』


 俺はその作家を知っていた。学者ではないにしろ、いや、むしろ学者という肩書きを持たないおかげで可能になる身軽な調査活動で、度々凄まじい持論を本として披露しているのだ。

 もちろん、職業はただのエッセイストなので学会は見向きもしないのだが。


「遠藤夏樹か?」

『その通り、よくご存知で。そのナツキ・エンドーが持ってたとしたら?』


 ……どうやら、今度は俺が電話口でニヤリとすることになりそうだ。


「確かに、彼女の作品には俺の仮説に近い思考があった。本物かも知れんな」


 ナツキ・エンドー。

 この一人の女性が、俺とグランシェの人生を大きく変え、そしてこの世から消し去るとも知らずに、俺は一人胸を高鳴らせていた。

白い女神の宗教や紛争の話、地理的な話なんかは元ネタを妄想で過大解釈してますので、詳しく調べるのは御遠慮ください……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ