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形而下の神々  作者: チビスケ
遠藤夏樹と白い女神
1/6

考古学者 津吹太智

新連載です!

更新ペースはまだ未定ですが、どうぞ形而下の神々の世界をご堪能ください。

「……では、ここでもう一つの観点からこの時代を見てみよう」

 俺はホワイトボードに書かれた世界地図の、4つの印をそれぞれ指差す。


「皆さんがかつて学んだ通り、これら4つの文明はそれぞれ大きな河の流れとともにあります。

 チグリス・ユーフラテス河を中心に栄えたメソポタミア文明。

 ナイル河流域に栄華を誇るエジプト文明。

 インダス河を生活の中心とするインダス文明。

 そして、黄河を龍とし神とした黄河文明。

 しかし、今回の講義で伝えたとおり、現代の科学技術で行う発掘はこれらと同時期に発展していったとされる文明を20以上も発見しました。

 ただ、私には不思議に思う点があるのです」


 俺は赤いペンで、今のフランスからルーマニアまでの辺りを横に細く囲んだ。


「ここにも大きな河がありますね? 皆さんお分かりかと思いますが、ドナウ河です」


 考古学者として、今の俺の研究命題でもあるドナウ河。授業の最後はこれについて話そう。

 俺は一呼吸置いてから、大きく口を開く。


「ドナウ河の流域には、今でも文明は起こっていなかったとされています。どれだけ現代の調査技術を駆使しても文明らしき痕跡は見つからなかったのです。しかしこの好条件の土地に何故人々が来ていないのか、私はずっと疑問でした。

 他にも河はありますが、ドナウ河周辺は今やアジア・ヨーロッパの境目にあたる土地の川として両方の文化がが栄える立派な土地です。環境的にはなんら申し分ないはず……。ならば後に栄えるヨーロッパにも、先んじて大きな文明が栄えたとしてもおかしくないのではないか。私はそう考えたのです」


 実はこのドナウ河に文明があった説は俺が大学生の頃に考古学や地質学ではなく、宗教学の恩師から教わったものなのだが。話を続けよう。


「さて、何故私がこのような疑問を抱いたのか、ですが……。ヨーロッパには昔『白い女神の宗教』と呼ばれる一つの大きな宗教がありました。その宗教観では、女性はヒトを生み出す神秘の母体として崇められていました。俗にそれをアマゾネス文化だと言う学者さんもいます。

 そこでは国の長は代々女性が受け継ぎ、完全な女性優位の社会が形成されたと考えられていて、事実その宗教は今のヨーロッパ全体とアジアの一部にまで勢力を広げて信者を得る巨大な物となっていました。勿論、その中にはドナウ河の流域も含まれています。

 しかし私はここで疑問に思ったのです。何故、文明は無いのに宗教は成立したのか」


 ……暑くなってきた。俺はジャケットを脱いでから赤く囲んだ丸の中を斜線で満たす。


「人が集まればそこに文化が成り立ちます。河が有れば生活が成り立ち、宗教は統治を成り立たせます。その3つの条件が揃うドナウ河に、文明が成り立たない訳がないのです」


 そこで一人の学生が声を上げた。


「しかし先生、ドナウ河の流域には大きな遺跡の類のモノは見付かっていませんよ?」


 俺はその勉強熱心な学生に目を向けて答える。


「そう、そこが問題なのです。先程もお話した通り、現代の大規模な調査技術を駆使してもドナウ河には遺跡と呼べるものはありませんでした。しかし、現代の技術と言えども詳しく調査しないと中々見つからない物だって存在します。例えば木材の様な土に還る素材や煉瓦の様な素焼きの素材は、風化と共に自然へと回帰してしまいます」


 真剣な眼差しで聞いてくれる学生たちに話をするのはとても面白い。いつぞやの、俺を異端児扱いしてきた頭の固い爺さんどもとは大違いだ。


「流れる時と共に朽ち、また再生する建造を作る文化は、考古学的には非常に厄介なのです。例えば、日本は諸行無常、万物流転を考え方の根本に持ってます。なので彼らは、いつか壊れる事を前提に自然に回帰が可能な木造の文化を築いて来ました。

 白い女神の宗教の文明もまた、遺跡の発掘調査では非常に発見しにくいとされる木造の文明を築いていたのではないか。と、考えているのです」


 そこでまた一人の生徒が声を上げる。


「しかし西洋は昔から自然に打ち勝つ、永遠の強さを求めた文化だったのではありませんか?」

「いいや、そうとは言い切れませんよ。君、名前は?」


 生徒を指差して問うと、その子は少し気恥ずかしそうに答える。


「マイク・マクドナルドです」

「オーケー、ミスターマイク。君の言う『昔』とはいつのことだい?」


 マイクは頭をかきながら答える。


「そうですね...人の死に対する思想が、死生観が成立した頃のことです」


 死生観の成立。すなわち生とは何で、死した者はどこへ向かうのか。そんな哲学的な命題が人類の中で考えられ始めた頃の事だ。その頃から人類はヒトから人間へと変わっていったとする学者もいる。


 要するに彼は、マイクは西洋文化は「死」を克服する方法として不死を選んだのだと言いたいのだ。


「そうだね、確かにその見方だと疑問も生まれるだろう。ただ、時代を追えば答えはわかる。死生観が産まれるから、人は「死」に対抗する。そして死があり、死後があるから人は生命について考え、その結果神が産まれ、神の恐れを以って大規模な統治が成り立った。すなわち文明と宗教の始まりだ」


 俺の恩師は、この時代の事を「形而上の始まり」と言っていた。ここから先は宗教的な話や神についての話なのでいささか考古学とは乖離した話になってしまうが仕方ないだろう。


「しかし、一方で「死」を克服する方法として対抗ではなく共存。すなわち死を受け入れた上で輪廻や霊魂といったモノを信仰する文化だって、いろんな場所にあるだろう。例えばメキシコの死者の祭りなんてものがそれに当たるのかな」


 軽く解説した後、本題に入るためにまた一呼吸。相手に理解を促す講義では、この間は非常に大切なのだ。


「そうしてあらかたの文明が築かれた後、それぞれの文明は次に自身の生息域を広げにかかった。いわゆる、侵略活動だ。昔流の帝国主義とも言えるね」


「あっ……」


 流石は鋭い指摘をしてきただけあって、もうマイクは俺の言いたい事に気付いた様だ。しかし他の生徒は大半がチンプンカンプンのようなので話を続ける。


「壊れない事を重視する勇ましい石と鉄の文明と、壊れた先を見据えた柔らかな木の文明。侵略が盛んに行われる世界でぶつかり合って生き残るのは……?」


 ここまで言えばもう全ての生徒が気付いたみたいだ。


「そう、数々の英雄が生まれた侵略の時代の中で、白い女神の宗教はその木の遺跡と共に滅びた。私はそう思うがね?」


 正確には木造の文明はその神の生き残り合戦の中であらかた滅びていると思う。


 と、言おうとしたところででチャイムが鳴る。何だか非常に残念だ。そもそも俺の授業は90分では収まらんのだ。


「さて、今日の授業もこれで終わり。最後に君達への宿題だ。今日話したドナウ河の文明について、君達流の仮説を立ててきてくれ。突飛な発想でも異端でも良い。まだ君達は学生なんだ。学会から弾かれるなんて事のない今のうちに、その柔軟な思考を充分に活用してくれよ?」


 期待を込めてそう言ってから教壇を降りようとしたが、そこで大事な事を言い忘れている事を思い出した。


「おっと忘れる所だった。来週と再来週の講義は休講だ。私はしばらく個人で発掘調査を行うつもりなので、質問等は准教授のグリーン先生にするように」


 そう言い残し、俺は沢山の資料を持って部屋を出た。

と、こんな感じで1話3000字程度の更新で行きたいと思います!

物語はまだまだ序章。ここからどんどん面白くなってくるので、気長にお付き合いいただけると嬉しいですね。

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