呪いの坑道
そこは、かつての戦場だった。
長い長い死闘の果てに、とっくに打ち捨てられた、あわれな塹壕のはずだった。
「ふっ!」
そこに、暗闇の中で女性の呼気が響いている。
ーー ギァッ!!
やや腰を落とした体勢から、いったいどうやっているのか、すべるように錆びた剣をかいくぐって、コボルトの目玉を掌底で押す。
「シアンさま!」
一撃で前のめりになる敵を肘で落とすと、ダーラ=アストンは後ろにいた青年に声をかけていた。
「分かってる。 リンドウさんいくよ!」
せまい坑道の中で、前に転がった敵の脇に手を入れ、力まかせに彼は引き寄せていた。
さらにその後ろにいたリンドウが、来た道をふさぐように、その死体を後方に放り投げていく。
「いい感じですな、シアンどの。 だいぶ通路が埋まって、敵は追ってこれませんぞ!」
嬉しそうに声をかけてくるが、前方にはまだまだ魔物の気配がうずまいているのだ。
ーー ここは、『ダークエルフの坑道』 ーー
つぎの目的地の名前を聞いたとき、シアンはうすら寒い思いを味わったものである。
その忌まわしい呼び名は、青年の地元にまでとどろいているような、恐怖のダンジョンだったのだ。
・・・だが、しっかりと話を聞けば、もともとは ダークエルフ の拠点などではなかったらしい。
「いやー・・・。むかしの戦争は、ほんとに酷かったんだな~」
シアンは、後ろにギュウギュウ詰めになっていく死体を見ながら、そうこぼしていた。
ドワーフとエルフが、南は海岸線、北は山岳地帯までと、果てしない戦いで生み出した、『呪いの遺産』。
”塹壕戦” というものは、敵味方が同じ手段を取った場合、相手の攻撃から隠れ、後ろに回り込もうとして、横へ横へとのびながら道をほっていくのが常である。
エルフはもちろん長命であり、ドワーフはことさら我慢強かったため、戦場は地平線の彼方にまで伸びきってしまった。
”・・・くそう・・・。俺たちには、矢と投石機しかない。
しかし、やつら には神の加護はなくとも、呪いといくつかの攻撃魔法はある。
・・・みんな、打開策を考えろーー!”
ドワーフたちが、「危険だし、時間がかかりすぎる」と禁止していた、地面深くを掘り進む『坑道』戦で決着をつけたのは、敵陣地の背後にまで、地中を掘りまくったあとのことだった。
「ーー 出ます!」
ながい考え事をしていたシアンを引き戻したのは、またしてもダーラの呼び声だった。
言われてふっと前を見ると、燦々とした太陽の光が、洞穴に落ちてきている。
「ボスは!? ボスらしいのはいるか!?」
距離が開いていたために、あわてて走り寄りながら尋ねるが、シアンはまたそこで失態をやらかしてしまった。
(・・・痛っ!)
本来はドワーフはのために作られた坑道は、横の幅はいいとしても、頭の方は大人の人間にはつらいものがある。
くるくると器用に動き回るダーラは別にして、青年とリンドウはまたしても無駄に押し合いへし合いしながら、体をぶつけて光のもとへとたどり着いたのだった。
「うーん・・・。ダメですねー。
ここは、ダークエルフが根城にしていたっていう、東の闇森になります。ここには、今では普通に人の集落がありますから・・・」
ああ・・・今回の魔物は、町は襲わないんだっけ?
やけに行儀のいい敵のことを思って、シアンは妖精にうなずいていた。
坑道のどこかに潜んでいるというボスは、突然この国で魔物を活性化させたヤツなのだろうか・・・。
「ーー 動物や昆虫がそうであるように、よほどのことがない限り、魔物も自分の危険をおかしてまで人は襲わない」
とつぜん何を言い出すんだと、皆がシアンを見つめていた。
「いや、魔物ってヤツは、だいたいが単細胞だろ?
これほど優位な数がいるにも関わらず、加害に及ばないのは、あきらかに ”止めている” 上がいるってことだ」
「・・・まさか、何か目的でもあるのでしょうか」
ダーラがそう尋ねてくるが、青年にもはっきりした答えなどない。
「ただ、俺たちの国では、魔物はすべて『堕天使』だと言われている。非道に終わりがないのは、もともとが『秩序』の性質を持った天使が裏返ったからだと。 だから今回の敵が大人しいのは、逆に危険なんだ。 奴らが”安心”だと思える戦力は、どれほどで、何を目指しているのかーー」
シン、と周りがしずまり返っているのに気づいて、シアンは言葉を止めた。
だ、大丈夫だって! 気にすんなよ、俺がいるんだからさあ!
以前の魔王を倒した話を持ち出したが、無論みんなは暗い顔のままで、のそのそと陽が射さない坑道に戻り始めていった。