そういや、終わってたっけ
「はああ・・・。 これで当分、肉汁がたっぷり染みた野菜入りの焙煎ターキーや、スパークリングワインの特級 ”グラン・クリュ” は味わえないんですねぇ・・・」
お腹どころか、もうワインで頬までパンパンにむくんだ妖精が、朝から悲しそうにぼやいていた。
二日酔い、というか、むしろ夜がそのまま続いているような赤ら顔で、シアンの頭の上に乗っている。
「・・・お前・・・俺の首の筋肉でも、支えているのがやっとの体重だぞ・・・」
ちぎっては食べ、ちぎっては食べと、肉を一人で抱き抱えていたノノは、すでに旧世界のどこかにあったと言われる、労働党に招かれそうな太り方だった。
「そんなに馳走を食べていたいのなら、ノノどのは屋敷におられてもよかったのではないかな?
案内には、ここらの地理にもくわしい、ダーラさんもおられることだし」
僧侶のリンドウがそう口をはさむが、
・・・わかっていませんねぇ、リンドウさんは。
やけに物知り顔で、妖精は首をふっている。
「料理をほんとうに美味しく食べるには、充実した仕事は欠かせないじゃないですか。
ただのんべんだらりと暮らしながら贅沢しても、何もかもが腐っていくのは、ここ20年で学びつくしたことなんですよ」
・・・いや、それだけのあいだ穀潰しの生活をしていた人に言われても、ぜんぜん響いてこない。
「とにかく、こんなに強そうな方が3人も集まったんです!
ちゃちゃっと魔物をやっつけて、また凱旋パーティーでもしましょうよ」
そう言いながらノノは、元気よく上方に向かって手を広げていた。
いま歩いている、ローデンシアの南にある大きな町は、『サドン』と呼ばれている。
広い国土がウリになっている領地の一つらしく、のどかな町並みで、昔ながらの石畳や商店街が、どこかあたたかい風情を醸し出していた。
・・・ここは一気に、新しい洞窟へ向かってゴー! とか言いたいところだが・・・。
「ダーラさん。とりあえず冒険者ギルドに案内してくれ」
シアンは、妖精がこけけっ、とつんのめるような意見を口にしていたのだった。
「ーー はい」
言葉少なに即答する美女が、歩幅をひろげて先頭にたつ。
なんで今さらギルドに? まだ仲間を増やさないと不安なんですか!?
そんな声がパーティーから聞こえていたが、青年は無視を決め込んでいた。
たぶんここで説明しても、二度手間になるのは目にみえていたのだ。
初心者たち ーー そして、これから助け合うかもしれない未知の冒険者のために動くのは、いつだって知っている者の務めなのである。
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どよよっ!
それほどの数がいるわけでもなかったが、青年の話に耳を傾けていた旅人たちが、ざわめきを発していた。
まだこれから、この地でスタートしようとしていた、モンスター狩りのために集まった男たちである。
「あんた、もう一つのダンジョンをクリアしちまったってのかい!? まだこの辺りをうろついてる魔物が、どのくらいの戦力か解りもしないってのに!」
ちょび髭を生やした、わりとやせっぽちなギルドマスターが、のけ反るように驚いていた。
・・・いや、話をくわしく聞けば、拍子抜けする内容なんだけど。
しかし、騒ぎ立てているのは周囲の人たちばかりではなかった。
何とっ! シアンどのはすでに、昨夜のうちに敵の翼をもいでいたというのかあっ!
そんな素振りありました!? わたし全然気づきませんでしたよ。リンドウさんの見つけた洞窟の話を聞いているばかりで!!
後ろでコソコソと、ルーキーたちが話し合っている。
「ああー・・・。踏破したのは俺じゃなくて、このおっさんなんだけどね」
シアンは、リンドウから聞いた洞窟の出入りできる場所、構造、手に入れた宝などを報告していた。
無論、中にいた魔物もことさら弱かったことも正直に話している。
だが、いくら大した敵がいなかったと言っても、まだこの国の混乱の原因も不明のまま、宝まで拾ってくるのは、勇気ある行動と言えた。
「蛮勇、とは言わないでおくよ」
ちょび髭をさわって、マスターは笑っている。
そこら中に手強い相手が散らばっているなかでは、よほどのバカでない限り、ダンジョン、暗闇にはそれ以上の何かがいると思うだろう。
・・・よほどの・・・バカでない限りは ーー。
「フム」
ギルドマスターは、まだ洞窟踏破の褒賞金は決まっていないから、あらためて出直してくれ、と青年に告げたのだった。
「・・・なかなかいい組合みたいだな」
シアンは仲間のもとに戻りながら、そう報告していた。
汚ない話をすれば、今すぐにでも店主は、”捨て値”の褒賞金を出すことはできたのである。
それを自分の裁量でやらないのは、きちんと危険に見合った金を出すという、冒険者商売に信念を持っているからだ。
「・・・まあ、そのぶん魔物討伐の依頼や、仲間の仲介料で儲けているわけだが・・・」
青年は、どこか落ちついて相談できる場所に移ろう、と、皆を座っていたテーブルから立たせた。
ここで次の行き先を決めてもいいが、なにしろ大抵のギルドでは、飲み物が泥のようにまずいのである。
酒だけはまともだが、さすがにシアンの鈍い舌でも、ここでほっこりと地図をながめる気にはなれなかった。
「・・・でも、とりあえずリンドウさんはおめでとうだったね。 ここいらじゃ、ダンジョン制覇もめずらしいだろうから、長いこと名前が壁に残るんじゃないかな?」
マスターが新しい樹皮紙を用意しているのを、青年は教えてやった。
「えっ!? そ、そうかのう・・・」
固太りした体を器用にまるめて、僧侶はもだえている。
それは彼がはじめて見せた、普通の人のような反応だった。
(これで、あの洞窟の入り口には、危険度や見つかった宝なんかが標示されるだろう。
・・・あとでトレジャーハンターが、構造や敵分布の違和感から隠し部屋を見つけることもあるし、実際セコい大妖が潜んでいたこともあったけど、まああそこはないだろうな)
ちょっと勢いのついた四人は、手近な飲食店をさがして、扉の向こうに消えていったのだった。