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ジャンヌと呼ばないで

「こほっ、こほっ」


その女性は、まごうことなき『深窓』であった。

美しく、たおやかで、屋敷の奥で勇気をあたためている。

一歩でも自分のベッドから動けば、一度のせきでHPを1/10(10分の1)失ってしまうらしい。


ちなみに最大HPは50。

「いけるかああ!」

シアンは思わず、全身でそんな感情を表していた。

そもそも、普通の女の子が旅に出るってだけで、信じられないほどの危険が待ち構えているのだ。

生活的な不便はもちろん、森では強姦魔に注意し、山の湖畔こはんでは強姦魔に注意し・・・はっきり言って、モンスターより人間に絡まれる方が多いくらいだ。

「勇気を活かせる土台になる、強い身体を持っているわけじゃないし、この子はもちろん勇者なんかじゃないよね」

簡単にそう言ってのけて、青年は仲間たちを見回したのだった。

もと英雄 (シアン)が断言したのだ。これほどの説得力は・・・ないはずである。

「何を言われる、戦士どの!」

しかしまあ、この面子メンツでは予想できた反論だった。

「それがしが野良仕事をしていた時、かの 《ラ・ピュセル(聖女)》 が降りて来られたのですぞ!!

ーー 聖女は、その輝かんばかりの唇で、『ん~、ハウザー家のお嬢さんが、勇者でいいかな。 いちばん強いし。 んで、あんたは僧侶ね。なんかメイスっぽい顔だから。

戦士はべつにいらないけど・・・あっ、今なんか、たい焼きが見えた』」


・・・それは神のお告げであったのだ・・・。


淡々と語るリンドウは、まるで瞑想のように中空を見上げていた。

おい・・・それは俺が、殺意を抱いてもいい話なのか?

青年は何も言わなかったが、一応 ”エステル=ハウザー” という女性は、笑いを我慢しているようだった。

「・・・っ!」

しげしげとシアンが見つめてみると、本当に知性的で、わずかに首をかしげてくる仕草も、大人びた雰囲気が漂っている。

こんな女性を、荒野なんかに連れ出そうというのか・・・。

特にタイプという訳ではないが、整った顔立ちに赤面していると、妖精が声をかけてきた。

「・・・シアンさま。そんな心配は、無用なのです」

さっと窓を指さして、彼女は説明している。

「あの裏庭をご覧ください。

ベッドを装備した、4頭立ての特別馬車を用意しておりますので!

それさえあれば、勇者エステルは、休みながら得意な魔法を存分ぞんぶんにぶちかませるはずなのです!」

「そんな馬車がダンジョンに入るかよ!」

精悍な馬が並んだチャリオット級寝台車をながめて、青年は叫んでいる。

冒険初心者というのは、なんでこう、無駄に終わるような準備に金をかけてくるのか・・・。

とにかく前に進む話がしたくて、シアンは発想を変えた。

「・・・分かった。 それなら俺にも、一つ提案をさせてくれよ」

どうにか、お荷物はここで捨てていかなければ・・・。

彼はわざとらしく咳をして、話しはじめた。

「たしか、いま確認されている敵の本拠地は、5ヶ所ほどだったな? そして、そのどこにラスボスがいるかは分からない」

妖精たちの返事を待って、青年は続けていく。

「なら、勇者さまに出てもらうのは、俺たちが露払つゆはらいしたあとでいいんじゃないだろうか。 だいたいの魔物は蹴散らして ーー えっと、あんたは魔法が得意なのか?」

不意に尋ねられて、エステルはびっくりしたように頷いている。

「はい。 何とか、 ”ソロモンの鍵” の原本は修得しておりますので」

おい・・・。それは俺たちの国では、「大陸を沈める」と言われた、最凶 魔道書(グリモワール) だぞ・・・。

勇者と言うより、魔導王にふさわしい、と青年はふるえを感じた。

「まあ、それは置いといて・・・。まずは俺たちだけでボスを見つけ出すってのはどうだ? すごい魔法を持ってるなら、それなりの相手だけに使ってもらえばいいんだよ」

適当なことを言いながら、彼は味方を言いくるめようとしていた。

実のところ、シアンはなるべく早く故郷に帰らないと、借金取りに家や屋台を持って行かれてしまうのである。

「・・・う~む」

だが、その話を聞いた三人は、一様にうつむき、特にリンドウが悩ましい顔をしていた。

こら、おっさん。 そこはあんたじゃなくて、勇者さんとかが悩むとこだろう? あんたは小作人なんだから。


「エステル殿に負担がかからないのは良いが、それでは男二人の、むさい旅になってしまうのう・・・ノノどのは別にして」


お前に言われたかないわ!

一体なにを求めているのか知らないが、これは国を救う旅なのである。

もうすでに、一番重たいものを背負せおってるのに、遠足みたいにバッグを大きくしてはしゃいでる場合じゃないんだよ・・・。

「あの・・・」

そこで、部屋に良い匂いをさせながら手を上げたのは、エステルさんだった。

「いいことかどうか判らないんですけど、わたしもう一人、魔術師を用意していたんです。ほら、昔からバランスの取れたパーティーは、《勇、戦、僧、魔》の四人だって言うじゃないですか」

うん。 あなたもずいぶん思い込みが激しいけど、間違いではないよね。

そこでベッドの頭に備え付けられたベルを押すと、しばらくして一人の女性が入ってきた。

「・・・」

「・・・むう」

(ーー ほお。)

思わず、彼女を知らない3人から、感嘆の声が漏れる。

そこに立っていたのは、体つきが抜群に引き締まった、きびしい眉の女性だった。

魔術師、と聞いていなければ、相当な場数ばかずを踏んだ傭兵にすら思えただろう。

「彼女の名前は、ダーラ=アストンさん。 ウチの護衛隊の一人なんです。・・・こう見えて、彼女けっこう格闘系なんですよ?」

・・・いや、わりとそれは、見たまんまなんですけど・・・。

すっごく凛々しい立ち姿に、やや脱力した、しなやかな体幹。

やばい・・・。ちょっとタイプかもしれない。


どうぞ、よろしくお願いいたします、と頭を下げた彼女は、すこし人見知りな女性のようだった。

なんで魔術師の杖を持っているのか疑問だったが、自分の意見を押し通そうとするのなら、これくらいの異物は受け入れなければならない。

「どうも。それがしは ーー」

みんなが順番に紹介を終えて、やっとその場は終わりを迎えたのだった。


「・・・皆さん・・・。 着いたばかりなのに、堅苦かたくるしい話ばかりで、本当に失礼しました。

食事を用意しておりますので、館をつ前に、ゆっくり英気を養っていってください」

その言葉で、一同はホッと胸を撫でおろしている。


ーー ポテッ。

最後に、腹が減りすぎていつの間にか大人しくなっていた妖精は、そのまま机の上に転がったのだった。
















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