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富の公平

「な、何だあ? こりゃあどうなってる」

懐かしい村はずれ、うらぶれた我が家に戻ってきたシアンは、火に煽られるように後ずさっていた。


まず、何はともあれ、荷物を置いてからだな。

そう思い、まったりと一息入れてからにぎわいのある街道周辺に行こうとしたのだが、目に飛び込んできた景色は、違和感しかなかった。

「これは・・・屋台どころじゃないよ、伸さん・・・。俺の家はどこ行っちゃったの?」

魔物討伐に出かけてから、まだ半年ほどしか経っていないはずである。

だが、そこにある実家は、完全にべつの豪邸に建て替わっていたのだ。


まさか借金で権利書まで持っていかれたかーー? だとしても、こんな場所に別荘を建てる阿呆がどこにいるというのだ。

景観なんぞあってないようなもので、ただ森と山が連なる、街から街への通り道でしかない。

「・・・いや、貴族や華族の暴走は、計り知れないとこがあるからな・・・」

まじまじとその屋敷を偏見のこもった目で見つめていると、玄関から人が現れたようだった。


よく見るとあまり派手すぎず、村の風貌に極力とけ込んだセンスのいい家なのだが、中に住んでいるのは、どうやら尋常ではない者のようである。

・・・黒服、か?

どう判別しても真っ当な人物ではなさそうだ。

顔はまるで岩のような強度を感じさせ、身体は、服を下からもり上げるような、いかにも肉厚で暴力的な男がこちらへと向かってきた。


とりあえずは、事情だけでも聞いておくべきかーー?

青年はハッと思い当たったのだが、いかがわしそうにこちらに近づいてきたその男は、何故だろう。シアン以上の驚きで、目を点にしているようだった。

「そ・・・その冒険者ふうの出で立ちーーそしてかすかに青みがかった髪色・・・。まさか、まさかあんたは、シアン=ノーグローブさんですかい!?」

どぎついかすれ声で、そう尋ねられる。

「あ・・・ああ」

何で名前を知ってるんだ、あんたは権利と一緒に個人情報までヤミで買い取ったのか、と問いたかったのだが、当然そんなことは無理だった。

「こりゃあ大変だ。あ、兄ぃ! いや、若頭カシラァッ! シアンの兄貴がお戻りになりましたぜいっ!!」

そう叫んで、先ほど出てきた家の門扉から中に飛び込んでしまった。

おい・・・。

何だ兄貴っていうのは・・・。あんたみたいな極道マスターロードの兄弟なんぞ、母は産んでいないぞ。

そう心の中でつっ込んだのだが、無論そのようなことはこれからの話には意味がなかった。




「お帰りなさいやしっ!」

「やしっ!」

「ーーしっ!」

延々と廊下でくり返される挨拶に、シアンは適当に応えていった。

自分がいない間に、一体この実家に、何が起こったというのか・・・。

思いっきり警戒しながら居間リビングに通されたのだが、そこはすばらしい眺めの庭が見える場所に変貌していた。

廊下も広く、ひのき張りの真新しい匂いがしたが、もはやその庭は個人の持ち物といって良い代物ではなかった。

ほとんど国家文化財級の余韻を考えられて、樹木、景岩、白洲しらすが配置されている。


ため息しか出てこないような、多くの人物が観光のために足を運ぶような、一幅いっぷくの実絵画がそこに生み出されていた。

「ど、どうなってるのかな・・・。誰か説明して下さるのかしら?」

青年はひかえめにそう尋ねていたが、それにピシッと空気を引きしめて答えたのは、若頭と呼ばれる30ほどの年齢の男だった。


どでかいソファーの脇に、玄関のところで見かけた男と立っていたが、若頭はやがて柔らかい動作でシアンに座ることを勧めてくる。

・・・信じられないほどの男前で、壮年ということも重なっているせいか、いったい何人の女と寝ればそんな色気が身につくのか、という空気をまとっていた。


「まずは、シアンさま。魔物討伐、お疲れさまでした」

青年が避けた一人用の重厚な椅子には座らず、もう一つあった二人がけの椅子に、彼は腰を下ろしている。下男らしい黒服は立ったままだった。

「ことの情報はぼんやりとですが、増えてきています。どうやら”ローデンシア”で、大変なモンスターを倒されたようで」

柔らかく語るその男には、同性ですらうっとりするような気配があったが、シアンはそうのんびりともしていられなかった。

まだタコ焼き屋の伸さんの消息を、調べていないのだ。

その旨を告げると、相手は簡単に教えてくれ、いつ帰ってくるか解らないのを待っている自分(黒服)たちを解放するために、電報を打ってくれたのだという。


なんでそう、誰にでも親切なんだよオヤジ・・・。

「さて・・・。シアンさまもお疲れでしょうから、長い話をするつもりはありません」

ドン、と机の上に大荷物を置いて、彼は結論から語った。

「ぶっ!?」

その荷物の包みをほどくと、ゆうに人が一生を暮らせるほどの金額が出てきた。

まずはこの1000万(ゴルド)を、この半年分の利益として、お納めください。


そう伝えられて、話は続けられる。

ーーはあ?

それは、シアンがとうに忘れて去っていた、新型の麻薬『神曲薬(ソーマ)』のことであった。

それを売り払ってボロ儲けしていた売人を、この目の前にいる若頭が、いつからかいぶかしく思っていたらしいのである。


こすっからい小者でしかなかった男が、本当にそんな妙薬を作り上げたというのか・・・。

ウラに卑しさを感じ、捕まえてほんのちょっと小突いてみると、シアンからつらなる権利書のことを、すべて吐いたということだった。

「・・・あいつには、相応の金だけ持たして、この近辺の街からは蹴り出しておきました」

若頭はていねいに両手を机に置いて、頭を下げていた。

シアンはうろたえるばかりだったが、とにかく首を振ることしかできない。そこからは、横に立っていた下男が会話を受け持っていた。


「この若頭カシラーーロンド=ウォグさんは、今まで一度だって、クスリをシノギに使ったことはありません」

まさに岩そのもの、というあごを動かして、下男ーーは失礼だから黒服ーーはそう語っていた。

「ウォグさんは、肉親を一人、クスリで失っているんです。どこぞのクズが、妹さんをとつぜんさらってしまい・・・」

でも、と黒服はうつむいていた顔を上げていた。

「シアンさんの考えたソーマは、若頭を心底驚かせました。『こんな中毒性のない快楽が存在するのか。・・・していいのか』と。しかし同時に、こうも思われたそうです。『これ(ソーマ)は、本当に恐ろしい事態を引き起こすのではないかーー』」

そこで、またウォグと呼ばれた男は、いさぎのよい、深いお辞儀をして言った。


「これはもう、廃止することが不可能なほど浸透してしまったようです、シアンさま。供給をストップさせれば、政府高官からすら暴発が起こるような有様です。本当なら、あなたにそれを管理していただくのがスジなんですが・・・」

苦しそうに、男は奥歯を噛んでいる。

「なにぶん薬物ルートは、素人さんが手を出せるものではありません。尻馬に乗るようで申しわけないんですが、あっしらにこれを、まかせて頂くことはできんでしょうか・・・!」


もう何度そうしたのか分からないくらいに、ウォグは深く手をついていた。

シアンがそのとき考えていたのは、この若頭が他人に頭を下げることなんて、たぶんそうないだろうな、ということだった。

だが、彼の動作には全くよどみがない。

男前はいつも本音で動くから男前なんだな、とシアンは羨ましく思っていた。


「じゃあ、お任せします。ちなみに、こっちの取り分は、もうこれで充分なんで」

目の前の1000万(ゴルド)をちらっと眺めやって青年は頷いた。

得体の知れないお金には、なるべく関わらない方がいい。

きっと恐ろしい破滅が待っているかもしれない。

「そ・・・」

「そんな訳にはいきませんぜ、兄貴ィ!」

若頭の言葉を無礼にもさえぎって、黒服が返答していた。

だからお前みたいな弟はいないんだってば。

「今のところ、諸手数をのぞいた兄貴の取り分は、6割。月に400万Gでさあ! しかも、これはまだ国内のほんの一部にしか過ぎません。やがて販売ルートが固められていけば、このがくが子供のおこづかいみたいになるんですぜ!?」

それでも固辞する青年に、ぽん、と膝を打って黒服は閃いていた。


「あっ、もしかして兄貴は、金じゃなくて女のほうが良いんですか? まかせて下せえ、先日風呂に沈めたばっかりの、極上の女を5、6人・・・ 」

ぱぁん、と黒服の後頭部が気持ちよく鳴って、話が止まっていた。

若頭が中腰になって、彼の頭を思いきりはたいていたのである。

「馬鹿野郎! 救国の英雄であるシアンさんになんて口をききやがる! このお人が、女で苦労するはずがねえだろう! 毎晩腕に抱きかかえきれないほどの女性が、彼の寝室に入ることを願ってるんだ!!」

いや・・・。そんな話は国をかけずり回っても、カケラも聞いたことないぜ、おい・・・。


わびしくなってきた青年は、目元を押さえていた。

ああ、ダーラさんに手紙を書いていいですかって訊いて、喜んでもらえてよかったな・・・。じゃなきゃ心が折れていたかもしれない。

目の前の騒ぎと、心の動揺がおさまるのを待って、シアンはこの談合をまとめるために説明を始めていったのだった。










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