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ある魔法の真価

「・・・キサマ・・・。シアン=ノーグローブか! よくもまた、ワシの前に現れたもんじゃのう」

一匹の丸々とした妖怪が、ふんぞり返って腹に手を当てていた。


背の高さは、児童よりやや大きいという位だろうか・・・。

周囲を絶壁に囲まれ、だがどこか神々(こうごう)しいようなジャングルの中央に、その玉座は置かれていた。

「ははっ。久しぶりじゃないか、アシュー」

まるで幼い頃に戻ったように、シアンは鼻をこすっている。

「まだ『恐怖の黒幕はダンジョンの奥地、そのさらなる深奥にいないといけない』なんていう、旧世界の冒険物語みたいな真似をしてるんだな!」

「それでは、今しがたのシアンどのの変な叫び声は・・・」

リンドウの背後からの声に、青年は首をふっている。


「いや・・・さっきのは、かつてスターブルクの西、”サンスクリット”と呼ばれる言語があった地域の、『真理』に該当する言葉なんだ。何かを見破るのにちょうどいいかな、と思っただけで、まるでアシューのように、特に意味はないよ。」


「だ、だまらっしゃい!」

あわてて椅子から滑り降りながら、大妖は杖をついていた。

「貴様らには、いったい真の恐怖がどれほどのものか、しっかりと教えてやらねばならぬ! 性懲りもなく、この新たな世界の王の前にしゃしゃり出てきおって! 笑止千万!」

そのあまりに無個性でパターン化したセリフに、やっとの邂逅を果たしたシアンだけではなく、初見のノノらまでもが、「うわぁ」という顔をしていた。

「あの人・・・大丈夫ですか?」

「もうとっくに、旧世界に埋もれていなければいけない魔物なのでは?」

「ほお。しかし思想が進化せぬということは、手段はより悪辣あくらつになっているのではないかな?」

最後に、ここにきて頭が回るようになってきたリンドウが、その玉座の後ろに目をやりながら話していた。


・・・おぉん。


それは、まさにその会話に返事をしたように。

一瞬にして、シアン一行いっこうのしらけ始めた空気を凍りつかせていた。

「ーー っど!?」

「うぐっ!」

それぞれに、シアン以外の人間が吐き気にうめいて、その場に立っていることもできなくなっていく。

「・・・」

それは長大な魔物だった。

もともとは、合成獣(キメラ)か何かだったのだろうか・・・。


青年はさして警戒するふうでもなく、黙ったままそのあちこちに化生けしょうが顕現したような魔物を見つめていた。

魔命付与(デーモン=チャント)・・・。お前、たしかその技は、数体を合成しただけで扱えないほどに精神崩壊を起こしてしまったはずだ。”負の感情”ではなく、モンスターといえど、喜楽の感情があっちこっちに指向してしまってな」

「ほう。よく憶えておったな・・・勇者よいる」

大妖アシューは、腹肉に隠れるような杖を前に持ち出し、シアンに突き刺すようにかかげていた。


「だが、どんな施術にも、確固たる目的があれば手段は用意されているものなのだ。凡人には理解できんだろうがな」

しゃっしゃっと息をもらして嗤い、アシューはまた己の玉座へと戻ろうとした。

・・・ダークエルフ。

「・・・!?」

ぽつりと漏らされたその言葉に、シアンではなく、ノノたちが反応していた。

苦しむように喘ぎながら、敵の真意を問いただすようにアシューをにらんでいく。

「ダークエルフが、何ですって・・・?」

「この地にはもう、あやつらに与える場所なぞないわ・・・! ドワーフが、その長い戦いの果てに、悪行の儀式もろともにローデンシアから追い払ったからのう」

リンドウが言うが、大妖は彼らを憐れむような目で、答えを返していた。


「愚かな者どもよ。お前達が一番よく知っているではないか。どんな生き物も、それを絶滅させようと思って絶滅させることなどできはしない。それが可能なのは、ただ蛇蠍だかつのごとく欲望をむさぼった人間が、ついでの虐殺でうっかりしていた時ぐらいだとな」

あるじの感情が高ぶってきたからだろうか。

その存在感だけは異様な生き物(キメラ)が、吐き出す妖気を際限がないほどに高めてゆき、あたりを瘴気の森と化していた。


「ダークエルフが使っていた呪いは、我ら魔物が使っているものより、はるかに柔軟なものだったわ。人も獣も、この世には考えられぬほど恨みや憎しみを残して逝くものだと・・・。その、残されたこだわりの感情には正気などなく、ただちょっと方向を与えてやっただけで、家畜のように喜んで人間(貴様ら)を破壊していく、高位魔獣を生むのだ!」

シアンたちを、アシューの目が貫き、それを追うように異形の怪物が動きはじめた。


「くっ!」

逃げることもままならない妖精たちは、それぞれがすがるように、先ほど出てきた洞窟の入り口を見つめる。

知らぬ間に、呼吸はわずかに回復していた。

青年を中心に、ぼんやりと赤い光がパーティーを覆っているのに気付いた。

「一つだけ、聞いておこうか」

シアンはここに至って、まだ相手に譲歩するような姿勢を見せている。

「お前の目的は、人の上に立つこと、でいいんだな? そのためにはどれほど苦しみを生み出しても許される。ただ魔物は人間より優れた存在なのだと」


「ハッ!」

今さらなんの価値があるかも分からぬ会話に、アシューは鼻を鳴らしていた。

「貴様は変わらんのう。だから前に、言って聞かせたであろう! 人があまりに解決できない多くの問題を抱えているのは、政治を理解しておらぬからだと! 力でこそ統治を行うために、他の全ての問題を解決できるのだ! お前らは進歩しているのではない。事実にいつまでも気付けない、ただの無知と臆病者のかたまりなのだよ!」


その奴隷人魔(スレイブ=キマイラ)と名付けられたモンスターを呼び、大妖は腕をふり下ろしていた。

「ゆけ、キマイラよ! お前が最後に倒すべき人間が、はからずもカモネギ状態でやってきおったわ!」


「ーーざけんな!」

巨大な頭部をふり乱しながら近づいてくる敵に、シアンは重心を落として向き合っていた。

「人間が唯一、己を否定されてでも認めるのは、ただ世の『真実』という、一点においてだけだ! お前が俺たちの上に立ちたいというのなら、人が知る (宇宙) 以上の真理を持ってこい!!」


言うや、青年の身体から閃光が放出されていた。

烈火の光条が、周囲を、敵を貫き、どこまでも増幅していく。

「何ですか、あの魔法は!?」

「赤い魔法力 ーー もしやシアンどのは、魔法戦士ではなく ーー」

雷撃のように瞬動するほのおをまとい、シアンは大上段に剣を構えていた。


”オーバーキルド” ーー 全魔力使用の、『危険獣』先駆け殺しの勇者魔法(ブレイブ=マジック)だ!


ドンッ!!


耳をつんざくような衝撃と音がきて、奴隷人魔(スレイブ=キマイラ)の頭が断ち割られていた。

驚嘆するような表情を見せていた仲間だったが、ただ一人、その場にいたアシューだけは、余裕の笑みを口元にうかべている。


ーー甘いな。


驚愕の再生能力ーー。それは、並み居るモンスターの中でも、特に上位の、相手にしたくないほどの魔力者が多く宿している力だ。


だが。

「・・・な、何!?」

「なんじゃあ、あれはぁっ!?」

アシューとリンドウが叫び、その他の者も目が釘付けになったように、キマイラに集中させられていた。


「傷が・・・断裂する!?」

頭をかち割るように放たれたその剣撃波は、ふさがっていくはずの魔物の傷を、さらに押し広げるように裂いていく。

「舐めすぎだよ、アシュー」

青年はキマイラから目を逸らすことなく、剣をかつぎ直していた。

「お前は自分が上に立ちたいあまり、かつての”魔王”すら認めようとはしなかった。この”純”魔物特効の力は、そんな大妖ですら向き合うことを恐れた魔王を、勇気によって人が倒すための信仰から生まれたんだ!」

かついだ肩からの二撃目を、シアンは横薙ぎにくり出していた。


「があっ!」

アシューはその剣風にすら耐えきれず、後ろに吹き飛んで、おのれの欲望の行く末をたしかめることもできなかった。

スレイブ=キマイラは、全身を縦横に切り割られ、抱え込みすぎた妖気を大気へと発散させていったのである。














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