サンスクリットの扉
その後も、終点に着くまでは、とても順調とは言えないような探索行をすることになった。
強敵のビフロンがいたせいで、すき間を這うような魔物しかいなかったのだが、岩陰にひそんでいて、通り過ぎたあとにしか攻撃してこない背撃トカゲや、こぞって女性のフェロモンーーつまり現状ではダーラさんの腋下のみに集中する生理活性蜂など、あまり嬉しくない敵がいくつか押し寄せてきたのだ。
「なんとか逃げ回ってきましたけど・・・これじゃあ、まともに戦ってた方が、体力消耗しなくてすんだんじゃないですか?」
そんな声がパーティーから上がってしまったが、ついに青年たちは、この地下洞窟の果てに辿り着いていたのである。
「これは成功の道程でしかない!」
妙に悟ったような声で、シアンは後ろに続く者たちに答えていた。
「我らの旅は、すべてが美しい叙情譚として、どんなものも脚色しまくって後世に語り継がれるだろう!」
「・・・」
皆はそれに沈黙しか返すことができなかったが、青年の胸には悲しい思いも去来していた。
どんな偉業も、ちょっと時間が経ってしまえば、「ええ~なんか凄いことしたの? このオッサン」というように、若者などから嘲笑われることを思い出したのだ。
「・・・しかし・・・どうもおかしいような気がしますな、この場所は。前に来たときは、こんな土壁はなかったはずじゃが」
リンドウは、残りのめぼしい箇所はここだけだと言って、シアンたちを案内してきたのだが、躊躇っているようだった。
地下墓地をぬけてきて、険しい山肌に出るはずらしいのだが、そこはただの行き止まりのように、道がふさがっていたのだ。
「ここは外に出ると、崖に囲まれたポッカリした空間があってのう。まさに魔王ならば、天険の玉座になるのではないかと思ったが・・・それがしの勘違いだったのかもしれん」
うなだれながら、先ほどから口にあてているガーゼの下からこもった声を出した。
少しの間、ノノたちはお互いの目を見合わせていたが、シアンだけはその行き止まりになった土壁を、押したり叩いたりしていた。
やがて、
「いや、リンドウさんの記憶力は大したものだよ」
と唸りながら手前の方へと戻ってくる。
「初めて話を聞いたときから思ってたんだ。やけにすらすらとダンジョンの内部を答えられるなあって。きっと、戦闘閾値テストとかで筆記がさっぱりだったのは、映像記憶みたいな動的領域に多く脳が使われているからかもしれないよ」
何やら意味不明なことを青年が言うと、皆は少しずつ、不安な表情になっていった。
「あのー・・・シアンさん? もしかして、さっきの魔法の効果をまだ引きずっているんじゃあ・・・」
「そう言えば、どうも先ほどから気持ちの悪い言動が続いているのう」
そんなことを仲間に言われるが、青年はまったく気にせずに話を進めていた。
「ときどき、皆から軽んじられている人間が、すごい局所的才能を発揮することがあるだろう? 周囲にうまく馴染めない人は、意外と稀有な能力を備えている場合が多いーーまさにサヴァン戦士!」
そこまで彼に言わせて、ダーラが思わず話を遮っていた。
「シ、シアンさま。ちょっと一息ついていきましょうか。この辺で休憩しておかなければ、知らない間に疲れがーー」
申し訳なさそうに進言している途中である。
「サティアーーン!!」
どごおッ!
青年がいきなり剣を抜きはなち、結構な魔力とともにそれを土壁にふるっていた。
「な、何事じゃあっ!?」
リンドウが顔を覆い、とつぜん起こったその爆風から身を丸めると、もうもうとした土煙だけが、やがてまわりを埋め尽くしていく。
「・・・ほら」
二、三度、誰かが咳をした後だったろうか。
視界が晴れてきたのち、その地下墓の奥には、導きの柱のごとく太陽の光がそそがれていたのだった。
 




