こすいマネ禁止
その見たこともない魔物は、この地方だけにいる、吸血モンスターらしかった。
しかし、形はどこまでもおぞましい。
「ぬおっ! チョンチョンがっ! チョンチョンがあっ!」
そう叫ぶ僧侶の頭に張りついた魔物は、まさに顔だけ。
人並みか、それより一回りは大きいと思われる頭部で、かろやかに蝶々のように空を飛んでいた。
「あの耳は案外、使えそうだな・・・」
ワッサワッサと羽ばたく耳たぶは、きっとたくさんのお金を集めてくれる福耳に違いない。
もし自分がアコギな商売人だったなら、剥製にでもして、富豪に売りつけようとするのではないだろうか・・・。
「しっ、シアンどの!? 何をしておられる! 魔法は使えずとも、はやくこの色魔を剣で追い払って・・・うぶっ!!」
リンドウが走り回って、何やら上下左右に首をふりまくっているが、その中年の唇は髭ごとチョンチョンに奪われていた。
うむ。あんな血の吸われ方をするくらいなら、いっそ自分の腕を、まるごと口につっ込んでやった方がましかもしれない。
さすがに憐れになって青年が助けに入ろうとしたその時、はやくも他の敵を殲滅したのか、ノノとダーラがひとかたまりになって乱入してきた。
ピッシャアア!
まるで電光が走ったように、その洞窟内が明るくなる。
『九字』と言われる異能が簡素化され、格子に切られたその紋様の盾は、どうやら悪鬼にとって、これ以上ないほどの破邪が込められたものらしい。
魔の力を人間の力に変えてきたこの大陸よりも、東の辺境は、極端なほどの神域思想で他者を払っているようだった。
「臨む兵ーー闘う者ーー皆 陣列べて前に在り!」
意味不明な文言をとなえながら、妖精は宙を舞っていた。
ダーラは何をやっているかと言えば、ただその妖精の後を追いかけているだけのようである。
「ノノさん! だめですって!! あんまり調子に乗ってると、その盾はフェアリーまでも焼き尽くす代物なんですから!」
シアンはよく知らなかったが、彼女たちの国ローデンシアは、どうやら東側の文化もそこそこ取り入れて、馴染んでいるらしい。
ーーまあ、自分が使ってる勇者魔法だって、ずっと昔にこの大陸の信仰魔法から”人間のために”純化されたものだと聞かされたし、文化なんてものはあちこちで勝手に自家改造され、新しい看板になっているのかもしれない。
とくに難しいことを考えたくないシアンにとって、今の一番の惨事は、充血したタラコのように腫れまくったリンドウの唇だった。
「だ、大丈夫か!? リンドウさん」
駆けよりながら、貧血気味になった僧侶をあお向けに寝かせてやる。
背中のバッグが大きすぎて、ほとんど半座状態でしか休めなかった。
ああ・・・。こんな荷物入れの下手な幼稚園児みたいに、パンパンにものを詰め込んでるから・・・じゃなくて。そうか、こういう時のために薬草があるんじゃないか。
青年は目の前にあるバッグをごそごそと開け始めた。
「ち、違う・・・シアンどの。それは『ドレイク・プラント』の根っこでござる。希少な魔力を含むが、猛毒ゆえ・・・」
なんでそんなものが入ってるんだよ。
みんな、レアアイテムをこっそりくすねておいて、あとで独り占め狙おうとするのやめようよ。
全身を脱力させて、シアンは枯れた緑の草を取り出していった。
手のひらで強引にすりつぶし、さしたる躊躇も見せずに、男の唇にリップしていく。
「ふお・・・気持ち悪い・・・。男の指なんて、臭い角を出すイモムシよりも気持ち悪いでござるよ、シアンどの」
わがままなこと言うんじゃない、と青年は怪我用のガーゼを取り出していた。
リンドウが鼻で息ができるように下へずらし、口をおおって包帯で巻きつけてやる。
「これでしばらくは無駄なボヤキもできなくなるね」
にやりと口元を曲げて、彼は厳重にその無神経さを封印していった。
(・・・ふご。フゴフゴ)
リンドウは何やら反抗していたが、やがてそこらを手探りすると、メイスを杖に立ち上がろうとしている。
ーーそういやあ、いつの間にかノノたちの声が聞こえなくなってるな。
シアンはそこで、ふとしたように仲間のことを思い出していた。急いで耳をすませたが、どうやら妖精の方も、いまは燃料切れを起こしているようである。
ダーラの呼気だけが、暗闇の奥からひらめくように聞こえていた。
ーー派手な奴ほど、長時間は役に立たないもんだよな。
ある程度は自分にも当てはまっているので笑えないが、シアンは仲間を助けるために、カンテラを持って薄闇へと向かっていったのだった。




