syu - gen - dou
先ほどの戦闘に勝利して、シアンはかるい足どりで進んでいた。
地下道はうす暗く、まだまだ奥へと続いてはいるが、こちらにはリンドウという洞窟の攻略者がいる。
分岐点もいくつかは残っているようだが、さほど迷うこともなく目的の場所へ到達できるだろう。
「あの~」
それでも、どこか気後れするように後ろを歩いていた仲間から、先頭をゆく彼に声がかかっていた。
「さっきシアンさんが使っていたのは、身体強化の魔法ですか? ・・・それにしては、強化のかかり方が異常だったような気がするんですけど」
「ああ・・・」
ノノから訊かれた質問に、シアンはまたいつもならしないような、馬鹿陽気な笑顔で答えていた。
付与魔術などと違って、身体能力が活性化する魔法は、本人の意識まで高揚してしまうものもある。
人それぞれに差異はあるが、特に酒に弱いシアンのような人間は、陶酔に耐性が少なく、特攻してしまわないように注意が必要だった。
「あれは キルド っていう魔法でねえ・・・。魔力はそんなに消費しなくていいから、「お得な技だね」とか人に言われるんだけど、呪文が!」
そこで手を叩いて噴き出していた。
頭がおかしくなっているのだろう。
「呪文が中二すぎる」
ひとしきり悔しがったあと、咳き込むように説明を終えていた。
「・・・ま、まあ凄いことですよね。あんなに簡単に業魔を倒せるんなら、大妖のアシューもきっと大丈夫ですよ!」
ダーラとリンドウをふり返りながら、ノノが手に持ったカンテラを揺らしていた。
ーーそこからは、誰かがそうしようと決めたわけではなかったが、皆が静かに歩いていくことで、時間がすぎていった。
「・・・」
敵も出なかった。
分岐点も、ずっと先だった。
ーーコトッ。
何となく退屈だと思い始めたころ、唐突な近さで、その音は聞こえた。
「ひっ!」
シュザッ、と尋常ならざる速度で跳び退いたのは、リンドウとダーラである。
二人は、何もないただの石壁に向かって、それぞれメイスと素手のファイティングポーズを取っていた。
・・・いや、二人がそんな警戒するような魔物がいるなら、とっくに瘴気がダダ漏れになってるって。
壁から崩れおちた小石を指して、シアンはやれやれと拾い上げていた。
妖精だけは明かりを持ったまま、きょとんとした反応をしているが・・・さっきから二人が黙っていたのは、話すネタがなかったからではなく、緊張していたからなのか?
そんなリンドウとダーラを見たことはなかったので、シアンは気づけなかった。
「ーーちなみに、これからの魔物は、ぜんぶ二人に任せるから」
しれっと言った青年の言葉にも、
「な・・・! 何をぬかしておられるシアンどのっ!!」
「はい、分かりまし・・・ええっ!?」
まるで首筋にツララが落ちてきたような、はじけるほどの反応をしてくれる。
「あのような敵がまた出てきたら、ワシはともかく、ダーラどのは命に関わる事態になってしまうぞ!」
・・・いや、たぶん先に死んでしまうのは回避が下手なアンタだろうけど・・・。
青年は肩を上下させながら言った。
「あのねえ・・・。業 系モンスターについては、さっき話したじゃないか。 とてもじゃないけど、側に魔物がいられるような存在じゃないって。野放しならまだしも、こんな狭い洞窟に呼んでるってことは、中の奴らはほとんど逃げ出したか、皆殺しにされたと思っていいよ」
自信満々にシアンは説明するが、とてもではないが、そんな経験のない二人には納得できない。
「おかしいぞ・・・今日のそれがしのメイスは、どうやら祝福が足りないようでござる。たまには労ってやらんと、いざというとき道具には裏切られてしまうからのう・・・」
「私も・・・別にやられるのは構いませんが、ムダ死にだけはしたくないので、せめて皆さんの命が助かる場合にお使いください」
そんなことを言い、みんな黙ってしまった。
ーーシアンも、できることなら「全部まかせろ」とか言いたいところだ。
しかし、アシューもさすがに、雑魚とまで呼べる敵ではない。
頭が悪いのは大局観のなさだけで、悪知恵も、その実力も、そこそこには警戒しなければならないのである。
「舐めきって倒せる相手でもないし・・・。あっ、でもほら! やっぱり残ってるのはしょっぱい奴らなんだよ。コウモリ的なのが出てきたんじゃないか?」
どうやら暗闇の向こうから、空を飛ぶ何かが現れたようだった。
皆は表情を引き締め、そちらの方に体を向けていった。
「あ、あれなら問題なくいけそうですね」
「ほら、リンドウさん。シアンさんがラストは任せろって言ってるんですから、せめてあれくらいは退治しましょうよ」
ダーラとノノが、お互いにこくりと頷いて、拳を前にかまえる。
・・・ん?
とくに妖精は、何をやろうとしているのか、リンドウに担がせていたでかいお椀みたいなものを取り出していた。
「さあ~、ついに披露する時がやってきましたね~」
どうやらそれは、奇妙な形をした盾のようである。よくあるものよりは丸く、そのきつい曲線の中央に、おかしな格子状の模様が入っていた。
shu-gen-dou! と彼女はいきなり叫んでいた。
「ワーウルフのいた草原で、見つけて持ってきたのです。古来、この地より東から伝わったとされる、臨・兵・闘・者の教え! その攻撃と防御が一体になったとされる『早九字の盾』。今ここで、私は妖精の星となります!」
そんなコスパ武器なんで隠してたんだ、とシアンはつっ込んだが、もう戦闘は乱戦によって幕を開けていた。




