ナショナリズム
その洞窟は、『リンドウの墓所跡』と呼ばれていた。
「ふおお・・・」
別に、どこかのおっさんがくたばった場所でもないのだが、その洞穴内部にはどうやら墓跡らしきものが見つかったので、そう命名されたようだった。
「いいんですか? こんな名前で!?」
ノノですら疑問に感じているのに、その名を冠せられた当人は、入り口の看板の前で稲妻に打たれている。
何やら中腰になって、人差し指を天に向かって突き上げていた。
「まあいいんじゃないの? リンドウさんがクリアしたことは確かなんだし。また名前を変えるほどのボスが棲み着いたら、そこで終わりになるけどね」
つまり、今回の件が内輪で片付つかなければ、あっという間に彼も伝道系 僧侶”失格”である。
「それより」
ダーラが、いつになく厳しい声を出して言った。
「本当にここに、この度の元凶がいるのですか?」
・・・ああ。
シアンは、しばらく中の気配を探った後に、そう答えていた。「間違いないと思う」
パーティーが青年に導かれ、最後にたどり着いたのは、スタート前にクリアしたことになっていた、何の特徴もない洞窟だったのである。
宝も地形も単純そのもの、敵にいたってはフィールドを歩いている魔物の方が強いという、意味をまったく見出だせない場所だ。
「これまでにいくつかポイントがあったが、今回のラスボスは、おそろしく学んでいない。
前に成功して味をしめたせいか『”産業廃棄物” 洞窟 だと人間に信じさせたら、もう誰も来ないんじゃね?』計画を立ち上げている。周囲の魔物のグレードだけは上がったようだが、進歩の意味がわからないんだろう」
同じやり方で人間が、同じように負けることはない。
・・・そこまで人も 打たれ弱くはないが、高ランクの敵が押し寄せれば、実害は前の魔王を超えてくるかもしれない。
・・・この尋常ではない敵たちは、交配を早めたにしても、多すぎる気がするが・・・
キラー系の魔物を掛け合わせたからと言って、同じランクの子が産まれるわけではない。
それくらいは、人間も非道な行いをやってきているのだ。
「言っとくけど、敵は阿呆だからね。でも阿呆だからこそ厄介なとこがあるから、みんな注意して」
シアンは、よく見れば、岩壁がいくぶん洗練されたようにカットされたその洞窟に、足を踏み入れていった。
「北の一族・・・?」
そう呼ばれた、かつての五大妖のうち、『アシュー』たちのことを聞いて、ダーラは青年の方を向いていた。
『リンドウの墓所跡』は、どうやら枯れた地下水脈がもとになっているらしく、じめじめした部分も中には残っている。
「・・・そうだ。もともと奴らは、魔王軍からは別の集団として生息していたと話している」
シアンは説明しながら、どこまでが命乞いの言い訳だったのか判らないが、と肩をすくめていた。
「とにかくおかしな奴らだった。完全に魔王軍から独立して、「ワシらは誰にも従うことなどせん!」と、こそこそコミュニティーを構築していっててね。まあ正直、”スターブルク”の国でも辺鄙な北西の砂漠地帯に住んでたから、魔王的にもどうでも良かったんだろ」
「じゃあ、わりと無害な魔物だったんですね?」
「いや」
ダーラの無邪気な言葉に、青年は重く首をふっていた。
「あいつらは、どっちかと言えば人間的にもっとタチが悪かったな。魔王は人を滅ぼすのがゴールだったが、アシューは人類が好きで、魔物と人をよく交配させていた」
ダーラの目が虚ろな殺気を宿し、しかしシアンはすぐに手で抑えるように示していた。
「もちろん、女だけじゃあないよ。男だって、ずいぶん酷い病気で死んだんだ。けど、特に有力なものは産まれなかったって聞いたんだけどなあ」
「シアンさまは・・・」
両拳をぶるぶると震わせながら、ダーラが下を向いていた。歩く速度がやや落ちて、前を飛ぶノノとリンドウから距離が離れている。
「シアンさまは、そんな卑劣な魔物を逃がしてやったのですか!!」
目に青白い気迫をうかべ、彼女は声を荒げた。
その殺気は、敵への怒りか、それとも青年への純粋な叫びか。
「当然探したさ」
シアンは淡々と、だが奥底は読めない口調で話している。
「とりあえず喫緊の問題だった魔王を倒しあと、再びアシュー探索にうつったんだ。・・・でも、どうしてもって言う国軍に、止められたんだよ。『もう魔王は倒れたし、あなた達の仕事は終わった。 あとはゆったりした生活でも送ってくれ』ってな。 キナ臭い話になるけど、大妖を国外に放つのに成功したらしく、当時はスターブルクもかなり弱体化しててなあ・・・」
それ以上追って、下手に危機をなくせば、他国に攻められるところだったらしい。
唯一ここ、東の”ローデンシア”だけは弱くても信頼できたが、運悪く五大妖が逃げ込んだことで、協調も崩れてしまった。
「それで・・・スターブルクは、たった一つの同盟国からの、アシュー討伐を、その協力を拒んだというのですか・・・!」
「まあ、実際のところはすべて噂だけどね。国の上の情報は、どうあっても事実と違うものが流されたり、そういう時にもっと注目を集める政策を出したりして、国民の怒りをスルーさせるからなー」
どんなに大切なことも、「古いもの」に変えてしまえば、ほとんどの人は興味を失っていく。
それにアシューは、魔王討伐を急いでて一度逃がしたとき、さんざん脅しておいたし、今回はホントに新たな魔王でも出たか、と思ってたんだよ。
「えっ?」
そこでいきなり話に乱入したのは、もういなくなっていたと思ったノノだった。
彼女は、しめった空気の洞穴を飛び回ったせいか、おでこの水滴をキュッキュッと拭いて、疑問を口にしている。
「それじゃあ、『国軍が魔物を退治してくれない』っていう、私たち”ハウザー家”の悩みはなんだったんですか? てっきり頑張ってるのは自分らだけだって思ってましたけど・・・」
「いや、これだけ魔物がウロついているんだ。何かはしてると思うよ。・・・お嬢さんであるエステルさんには、危険なことには関わってほしくないし、親は知らせなかったんじゃないか?」
辺境にしては冒険者の多い酒場もあったし、わずかだが王都直属の騎士まで見かけた。
ーー敵ーー魔物に、迂闊に手を出して、暴発させるわけにもいかない・・・。現在は、しずかに軍を固めているかもしれない。
「とにかく」
ダーラがまた、心を引き締めたような口調で言っていた。
「この洞窟で敵を倒せば、すべてを終わりにできる、ということですね?」
「ああ」
全員の思惑が、一つに。
まさに今こそ重なろうとしていたのだが、無論このパーティーに、そんな芸当は不可能だった。
先行していたはずのリンドウが、真っ青な顔をして逃げ帰ってきたのである。




