スタートゴール
「撤収だ」
その廃墟のあるポイントに達したとき、青年ははっきりと告げていた。
既視感 ーー というほどではないのだが、その状況を見た瞬間、仲間との別れを確信してしまったのである。
「な、何を言ってるんですか?シアンさん」
ノノがびっくりしたように、後ろから声をかけてきた。
彼女たちは今、幸運なものを見つけた、と三人で目配せしていたところなのであった。
「あれは、ゴールドエンド 『セーブル』ですよ? シアンさんの国 ーー 本来は”スターブルク”って名前ですが・・・そこで『毛皮の王様』って言われてるくらい、希少な動物じゃないですか!」
これまでに回収した宝と、同じぐらいの値段で売れるかもしれませんよ!
そんなことを言われて、シアンは苦笑いしている。
ああ、俺たちもこんなふうに必死になったんだよなあ・・・。
ぽりぽりと頬をかいて、彼はずっと道の先にいる、灰銀の動物を見つめていた。
「信じるかどうかは、みんな次第だよ。この廃墟の、放射状に広がった道が分かるか?」
シアンは、建物の左右に、自分たちが見ているのと同じ景色があるのを教えてやった。そして、その道が集まっていく広場に、問題の”黒貂”がいるのである。
「あの動物は、絶対に捕まらないようにできている。飛び道具や魔法は、ひそかに張られた障壁に落とされるし、こっそり近づいても左右の建物からモンスターがわらわら出てくる」
「・・・なんでご存じなんですか?」
ダーラが、やや訝しげな顔をして言う。
「そりゃあ、これを仕掛けたやつを知っているからさ。引っかかって魔物にサンドイッチされたパーティーは、おびただしいほどいたからね」
狭い路地で、逃げ場のないくらい進んでから、前後を 重量級 などに覆われる。
もう年末の商店街のような血みどろの惨劇が、あっちこっちで生じるのである。
ちなみに、清掃役 (黒貂のエサやりも兼ねた)ゴーレムまで用意されているという、せせこましい罠なのである。
「・・・そして」
これが本題だ、というように青年は真面目な顔をしていた。
「ラスボスの居場所が分かった。ここを攻略する意味がない」
そう告げて、シアンは寂しげに肩をすくめたのだった。
「あそこは果たして、あのままで大丈夫だったのでしょうか・・・。
せめて、区域の主をこらしめてからにした方が良かったのでは・・・」
もう廃墟をあとにしてから週を跨いだというのに、ダーラはそんなことを言っていた。
彼女は、兄妹の多い家の長女ということで、とても面倒見のいい性格のようである。
先日までいた、遷都によってさびれた廃墟は、ほかにチラホラと冒険者がいたようなのだ。
「ひぎゃー」とか「ぐほぅ」とか、なかなか楽しそうな悲鳴を、遠くから幾度か聞いている。
「ダーラどの」
そこで、話をしていたシアンと彼女のすき間に、何故かごりごりと体を入れながら、リンドウが混じってきた。
なんだよオッサン。あんたは彼女が好きなのか?
「あの冒険者たちも、我々と立場は同じなのである。 命はもとより捨てる覚悟! それでもなお、前に進む勇気が、彼らに明日の糧をもたらすのである!」
ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら、僧侶は笑っていた。
どうやら彼は、いつもの武器であるメイスを取り戻したので、機嫌がいいらしい。
今の僧侶たちは、頭に「?」を浮かべながらも、『サドン』方面へと進んでいるところだった。
『サドン』 ーー そこは、彼ら一行が、この国でスタートしたはずの町であったのだ。
「・・・シアンどの! これは、内密な話なのかもしれませんが・・・」
長いあいだ、みんなは無言で歩いていた。
そんな時に、ぽそっとリンドウがつぶやいたのは、変に青年ににじり寄ってきてからのことである。
(なんだよ、リンドウさん)
ほとんど全員に丸聞こえの僧侶の声に、シアンはそれなりの音で答えていた。
「シアンどのの ”戦闘閾値” は、いったいどれくらいなのだ?」
「60,000」
そう即答され、逆にリンドウの息が詰まっている。
「6万!?」
離れた場所で聞き耳を立てていたダーラが、跳び上がっていた。
「わ、私は・・・」
あわてて彼女も話すが、それはシアンの半分ほどの数値だった。
「32,000です・・・」
それでも冒険者としては、立派な数値なのだろう。
(まあ、俺もギルドで測定されたのは、旅立ってすぐの頃だったんだけどねぇ)
あれこれめんどくさい手続きがあるので、依頼を受けるランクの不自由さえなければ、更新はしない。
「戦闘閾値って・・・もともとは、ただの戦闘火力のことだったんですよね?」
ノノが頭を傾けながら言うが、シアンは説明するのもだるいとばかりに頷いていた。
「ーー もともと、高火力の魔術師が、盗賊なんかにポコポコ暗殺されるから、おかしな決まりが生まれたんだ」
『日常生活のレベルから、”生きる強さ” とは何なのかを考えよう!』
ということで、軽い筆記から、実地検査までひと通りこなして、冒険者に新たな数値をつけたわけである。
「それが6万の 閾値 ですか・・・」
ほへえ、と感心しながら、ノノは青年を見ている。
おい、よく判ってないだろうから言うが、俺だってバカじゃないんだぞ。親父は高所建築 ーー 砦なんかで早くに事故死したけど、運動能力はそうとうあったし、知性は母親からって話もあるから、村の教師レベルの素養はあるんだ。
それに、戦闘数値は旅の初期に測ったものだし、まだまだ ーー
「それがしは、28,000である・・・」
でかい体をしゅんとさせながら、リンドウは話していた。
「・・・」
皆がしんとして、気まずそうに目をそらしている。
自分から話を振っておいて、ムードを盛り下げてどうする。
「まあ、リンドウさんはあれでは? 宝箱の筆記試験とかで、「罠があるかないかの判断は、開けてから」とか書いちゃったんじゃないですか?」
「それのどこが悪いのだ!?」
ハッとした顔をしながら、ダーラを振り返っている。
図星だったらしく、『敵に囲まれたら虐殺突破』、『負傷した仲間は切り捨て気味で』など、次々にダーラのお世話になる回答を返していった。
・・・まったく。今頃なにをやっているんだよ。
青年はてくてくと、街道を歩いていた。
ここまで、休息は充分に取りながら帰ってきた。
”新” 魔王はおそらく、これまでのような力ではないのだろう。 前の魔王が倒されてしまったのに、五大妖の中の一匹が、「ワシならやれる」と思ったのだ。
『人間を支配する』という、大願を ーー
「なめるなよ」
シアンは珍しく、そこで凶悪に頬をゆがめていた。
どれほど人間が、歴史の中でそれを繰り返してきたと思ってる。
手を固く握りしめながら、青年は日が射す街道を見つめていた。
自分の力が、日常では何の役にも立たないのは、悲しいことだ。
・・・でも彼は、平和の中で生きることになって腐るとしても、今はただ、生きている魔物をかたづけるために足を進めるしかなかった。




