悪鬼
「はいはい。すぅみませんでしたー」
「何ですかそれは!? 私のおかげで、5日近くも無駄な旅をしなくてすんだんですよ!? 感謝の言葉はないんですか!」
ノノがめずらしく、頭から湯気をたてるような勢いで怒っている。
それもそのはずで、シアンが毎日、「無理無理」とひやかしていた任務を、彼女は見事に達成してしまったのだった。
「ついに、人狼の居場所をつき止めましたよ! 他の魔物はみんな、バラバラなことを言っていたんですが、『バンシー』だけは、誰に聞いても一定の方向を指していたみたいなのです!」
そう言って、ノノが夕暮れの馬屋で合流してきたときは、皆がキョトンとした顔をしていた。
そして、
「ああ。そういえば、このところ別行動していたのはそのためだったっけ」と10日ぶりに思い出すことができたというわけだ。
「まったく・・・。みんな、妖精をなんだと思ってるんですか。今回の手柄になった『バンシー』だって、むしろ魔物ではなく妖精で、家人の死を教えてくれる、ありがたい存在なんですからね」
それが嬉しいことかどうかは分からないが、まあとにかく、存在している以上は何かの役には立っているのだろう。
皆は半信半疑で聞いていたが、ひさしぶりに明日は目指すものができたので、表情がすこし明るくようだった。
「ノノ、お手柄だったな。今日は食堂で、参鶏湯 頼んでいいぞ」
いつだったか、彼女が駄々をこねて欲しがったメニューを、シアンは勧めてやる。
「えっ!いいんですか!?」
無論、ノノは目を輝かせて、気分をころっと変えたようだ。
「それなら、この地方特産の『若鮎の岩塩焼き』と、『神仙炉』も封印解除でお願いします!!」
「最後のは脚下」
にべもなく言い捨てて、シアンは馬の手入れを終えた。
贅を極めた中央都市ならともかく、この僻地で、旧世界の宮廷料理シンソルロなんて、まともな材料を使っているとは思えない。
それより「参鶏湯」、「若鮎」だけでも、彼らが出入りしている店では相当な高額品なのだ。
たーだーし。
ボスの巣穴にたどり着けなかったら、おまえはこれから禁酒! ごはんは三分がゆだけになります!
もし探索がハズレになったとしても、暇つぶしだけは確保しておこうと、青年は意地悪く宣言していたのだった。
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「シアンどの・・・これは」
「ぬう。ここまで来たら、もう外れでも良かったって気がするんだがな・・・」
リンドウが丘から頭をのぞかせ、青年はしばらくして、ほかの二人 ーー ダーラと妖精に、拡がるように手で合図していた。
彼ら一行が、すでにこの地に来て20日も経とうとしている。
ノノが言っていたように、あと5日ほどもあれば、すべての探索を終えようかという時期だった。
そして今日 ーー みごとに妖精は、その行程をあまり価値のないくらいには縮めて、人狼がいる場所にみんなを導いたのである。
「まず周りを固めてからつっ込もうと思ったんだけど・・・。なんか、その必要もないみたいだな」
シアンがふたたび敵を確認しながら言うと、横で腹這いになっていたリンドウも、瞳を燃え上がらせながら頷いていた。
「あやつーー。
こちらが来ているのを知って、挑発しておるようですぞ! ・・・おのれ、あのような態度を取るのなら、わが新武器 ”棒君”をたたき込んでくれるわ!!」
そう言う僧侶の脇には、いつものメイスではなく、堅いが軽めのこん棒が置かれていた。
・・・おい。 あんたいつ、その槌頭に釘を打ち込んだんだよ・・・。けっこうヒドイ武器だぞそれ・・・。
青年は、リンドウにその場にいるように伝え、自分はさらに横に回ってから、戦いを始めることにした。
「おう、やっと出て来やがったのか。ここんとこずっとチョロチョロしてる奴らがいるってんで、ノミみたいに気持ち悪かったんだよ。むしろ、こっちから出向いてやろうかと思ってたぐらいだ」
どっかりと、地面に突き立てた牛刀のような巨大武器にもたれて、その男は待っていた。
周囲に手下などは、連れていない。
どうやら、小細工抜きで真っ向からやり合うつもりでいるようだ。
「・・・あんた、まえに出会ったときは、犬みたいに逃げ出したくせに」
ぷっ、と口に手をあてながら、シアンは噴き出していた。
「ばっ!?」
人狼は、色をなくして叫ぶ。「バカ野郎!? あれは、誰でもああなるだろうがよ!! 道を歩いてたら、いきなり奇声をあげて突進してくるやつがいるんだぞ!?」
必死に弁解しているが、まあ、言われてみればそんな気がしないでもない。
人間の中でも、とくに剛胆な《極道》の者でさえ、ギョッとするかもしれない。
「ふっ。まあいいさ」
無意味に格好をつけて、シアンは腕を組んでいた。この男?には、聞いておかねばならないことがあったのである。
「お前 ーー いつからかは知らないが、五大妖の命令で動いているだろう」
その言葉に、ぴくりと人狼の耳が立つ。
・・・やはりか。
じりじりと向こうでリンドウが動いているのを見ながら、青年は指で止めていた。
まだ襲いかかっちゃダメだ。確証が得られないと、最後のダンジョンに向かうのは徒労になる。
「何を言っているのか、さっぱりだな。人狼 はオレのやりたいようにやるだけだ。
数で押して来るならそれなりの対応は取るし、腕試しの馬鹿がいるなら、身のほどを教えてやらないとな」
「ははっ、お前が言うのか。この下っ端が」
シアンはわざと、相手を嘲笑した。
「何だと!?」
「お前は所詮、便利に使われる犬なんだよ。少ないエサで、ほいほいと喜ぶ・・・」
「黙れ!」
人狼は武器をとっていた。
「お前に何が分かる。あのーー」
『ダッシャア!』
ごがあっ!!
ええーっ!?
いきなりそこで、人狼の後頭部にこん棒がめり込んでいた。
「ほれ! とどめじゃあっ!!」
ばしいッ!!
しこたま釘を打ち込んだ簡易モーニングスターが、その倒れたボスの横顔を押しつぶす。
・・・あ、あんた・・・。
「あんたは人じゃない・・・!」
シアンは、目の前に広がった惨劇に、一歩のけぞっていた。
そこには一瞬で事切れた敵が、だらりと舌を伸ばして、横たわっている。
ーー まあ、大仰なリアクションをしたからって、どうなるものでもないんだけど。
「リンドウさん・・・何ことしてくれたんだよ」
青年がこめかみに手を当てたのを見て、その男はにかっと爽快なVサインを返してきた。
「ーー!」
はああ・・・。
これでまた、シアンらは確信をもって前に進めなくなってしまったのだ。
だがリンドウは別に、こんな感じで仕方ないのかって部分もあるんだけど。
大きく肩を落としながら、血まみれの死体に手を合わせて、青年は目を閉じてゆく。
・・・現状でも、これからの道は、ちゃんと狭まってきているのだろう。
丘を囲んでいた二人が、集まって来るのを待って、皆は手を打ち合わせていったのだった。
”オマエは、自分のペースで進むことに、執着しすぎなんだよ。
無駄ってやつは、最高の贅沢なんだ。それを楽しめない奴は、けっきょくいつも何かと競争することになるんだぜ”
ふと、そんな声が、そこでシアンには聞こえてきた気がする。
しかし、どこかの故郷にいるタコ焼き屋の親父の言葉にふり返ったのは、彼だけだった。