ただ目の前を
馬を手に入れてからも、一行の単調な日々は、ほとんど変わることがなかった。
この地には、思ったよりこまかい起伏も多く、ねらっていたほどには横に広がることもできなかったのだ。
(こりゃあ、辺り全域を調べるのは、20日くらいかかりそうだぞ・・・)
シアンは、いつものように惚けた表情をしながら、そんなことを考えていた。
いちおうの計算はしていたのだが、馬の常歩に揺られていると、もう何もかもがどうでもいいようにも思えてくる。
ザッ、ザッ。
2、300m向こうでは、リンドウが手綱を変に引いているのか、たびたび視界から消えながら前へ進んでいた。
あれでは、また昼休憩のときにでも、脚を交換しないといけないだろう。
「ーー 前進」
敵は、人が入れるサイズの巣穴にいるんだからね。あんまり無駄な捜索をしないように。
そんな合図を出しながら、青年は自分の使用馬に触れて、昼からは重たいオッサンでがまんしてくれ、ヘカトンメイスはこん棒に変えさせたからな、と謝っていたのだった。
一日、一往復でいこう。
それが、下はともかく、乗馬している人間には無理のないペースだった。
さいわいと言うべきか、水と草はいくらでもそこらで調達できる。
雨季前ということで、重たい水だけは運ぶのを心配していたのだが、どうにか現地調達で移動の燃料も確保できそうだった。
「・・・馬って、こんなに水を飲むものなんですねえ」
ノノが感心したように、休憩の水場でのんびりと話している。
「お前また・・・そうやって首なんかに乗って、せっかくの休みにお馬さまを疲れさせるんじゃないぞ」
いまは誰よりも、彼らが一番重要なのだ。
一日中運動させていれば、4、50リットルの水は飲むし、ときどきおやつにリンゴなんかもあげたりしている。
とりあえず故障するような疲労は見せていないが、また別のものを探すとなれば、宿屋の親父はしぶい顔をすることだろう。
「・・・」
「あ。 おっきい糞を落としました」
そんな風に、回復するための時間が過ぎていったが、乗り手のほうは長いこと、フルゲージ状態でくすぶっている。
「・・・それで? ノノさんの方は、何か収穫があったんですか?」
手を握りしめながらダーラが尋ねていたが、妖精の方はまったくそれを無視したようだった。
おい。寝てしまったのかお前は。恐いもの知らずだな。
馬の首根をゆりかごにして、たまに上下するのを楽しんでいるらしい。
「・・・それがですねぇ」
仕方なくシアンが立ち上がり、ぎゅむっと頬をつかんでやると、質問されていることに気づいたようである。
「コミュニケーションを取れる魔物はいたんですが、みんなの指す方向は、バラバラみたいです・・・」
「そうですか」
ちょっと悲しそうに眉をさげて、ダーラは下を向く。
今ノノが言ったのは、シアンが特別に妖精に課した任務のことであった。
旅立ってからすぐに出た話だったのだが、「弱くて会話のできる魔物がいるようなので、私がボスの居場所を聞き出してきましょうか?」と彼女は言ってきたのだ。
それは、いいかもでござる!
ーー いや、ザコばかり相手にして、そんなんで見つかったらラスボスも真っ青だよ。
しばらくその提案について、パーティーの中では危険だ、ちょっとずつでも皆で経験値を上げていこう、などという意見もあったのだが、どこまでも続いているようなこの草原には、あきらめの声も出てきていた。
わりと慎重派だったシアンも、さすがにここにきて、ノノの出動を許可してしまったのだった。
(・・・まあ、そんなにうまくいくとは思ってなかったけど・・・どうやら、”第二の魔王” ーー誰がいちばん最後に待ち構えているかは、見えてきたかもしれないな)
その時、青年は馬を休ませる傍ら、地面に寝転びながら風を感じていた。
ぬるい空気は、それほど心地よい眠りをもたらさなかったが、力を抜いて雲を見上げていると、自分もどこかへといなくなってしまうような気がする。
昔は、シアンもそいつと同じように、何かの野望のようなものを持っていたのだ。
「でも・・・いつからだろうか。自分の気持ちや、夢なんかが全く世の中には通じなくなって、ああ、俺はとっくにもてはやされた時代に捨てられていたんだなって、知ったんだ」
古い、馴染みの相手に、彼は知らず話しかけていた。
「ーーお前も、相変わらず人間に勝ちたいなんて思うなら、昔のやり方が通用するなんて思うなよ。一度 潰えた野望なんてものは、同じようには二度と燃えないんだ」
一匹の大妖のことを、彼は思い出していた。
『ドレイク・プラント』はふつう、声の響く峡谷や、取り返しのつかない森の奥に生息するものだ。
そして今回、町を襲わない、やけに統率されたモンスターたち。
魔王の腹心 ーー 五大妖に、そういう手を打ってくるせこい奴がいたのである。
(同じことが、もし自分の国で起こっていたなら、ラストダンジョンにもすぐ気付けただろうか・・・)
シアンは目を閉じ、ただ草穂がゆれる音だけを聞いていた。
この旅は、思いの外 楽しいものになっていた。
だが、夢や祭りは、終わりがあるからこそ余韻に浸っていたくなるものだ。
「ーー そろそろ、前に進もうか」
青年は、おだやかな目をしたまま、そんな声をかけている。
故郷には・・・もうずっと前から誰も待ってはいないから。
もはや行きたい場所もない彼は、目の前の仲間に向き合うことだけが、生きることだったのだ。




