たまには本気を出してみる
けっきょく、本格的な探索を始められたのは、3日後のことになった。
まずブレーキがかかったのは、近場の村に、まともな馬がいなかったということ。
みすぼらしく痩せたものはいくつか見つかったのだが、どれも手荷物運びくらいにしかならず、太りじしのリンドウなどが乗れば、足をガクガクさせて吐息で嘶く始末だった。
二つ目は、やはりこれもリンドウになるのだが、手旗をほとんど憶えられなかったことによる。
「進め」「止まれ」「集まれ」
せいぜい頭に入ったのはこの三つで、初日と二日めは、これまでと同じようにパーティーで徒歩探索が行われることになったのだった。
「・・・それにしても、晴れてよかったですねー」
なぜか機嫌が良さそうにそう話したのは、ダーラだった。
彼女は旅立ちのころに比べると、だいぶ固さもとれて、男性陣に打ち解けたように歩いている。
「このあたりは、ツンドラ や ステップ の草原と違って、樹根が張れない ”湿地草原” なので、雨が多いとききました」
そう言って上を見ると、遮るもののない鮮烈な青が、どこまでも広がっている。
空は迫ってくるほど低く、ところどころに浮かぶ雲は、まるで作り物のようにくっきりと縁が光っていた。
「しかし、うれしい誤算があったとすれば、ノノの情報話だったよな・・・」
シアンは同じように遠くを眺めながら、頭のうしろで腕を組んで言う。
どうやらこの”ノラヴィア丘陵”は、妖精の言っていた大きなサイズの方ではなく、縦横20㎞程度のものだったらしいのだ。
それでも、400 K㎡ の中から小さな穴ぼこを探すのは、簡単な作業ではないが・・・。
現段階では、村の宿場にお金を渡して、馬を街から回してもらうようにしている。
それまでは何もすることがなかったので、片道20キロの旅を、草原の向こう側で一泊することで、皆が了承したのだった。
・・・ふん?
もちろん、俺 一人なら、一日で 往復探索 も可能だったよ?
でも僧侶さんは変なアイアンショルダーまで装備してるし、さすがに魔物と戦う余裕を残しておくには、緩めの行軍しかなかったわけなのです。
「ーー 誰に言い訳してるんですか?」
ノノがじとっとした目で見つめてくるが、青年はとぼけたように、背筋を伸ばしていた。
「さあみんな! ちょっとでもマップを塗りつぶしていこうかー!まずは東から西へ、最下段ね」
その声に、だれも元気のいい答えを返そうとはせず、かすかに腕を上げようとしたダーラが、戸惑っていただけだった。
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『ドレイク・プラント』
そのモンスターの名を知らない旅人は、まずこの青年たちの住む、”テオグランド”と呼ばれる大陸にはいないとされている。
だが実際には、遭遇することなどまずないため、同じ種類の仲間である『食人植物』系と、間違って戦ってしまうことがあるのだ。
「あのいかにも不自然に繁っている低木は、たしか”キラー・プラント”ではないかな? 待ち系の食人植物にしては異様にフットワークが軽いため、『お前はそんな受け戦法とらなくても、自分から狩りにいけるだろう!』と冒険者たちからバッシングを食らっていたはず・・・」
どこのギルドでも、結構な懸賞金がかけられているでござる!
そんなことを言って、のん気に近づこうとしたリンドウの襟を、青年はむんずとつかんでいた。
一瞬、坂の上にいる繁みの魔物を見たとき、ぞっと毛が逆立ったのである。
「待って、リンドウさん! あいつの幹の太くなってる部分ーー人の口みたいになってる木の洞を見てみなよ。あれは普通のやつじゃない」
数体は重なっていると思われる低木は、そのやや寂しげな緑を揺らせ、そよそよと風を演出している。
実際には今は無風なのだが、その魔物はあまりの瞬発力ゆえに、たまに動いていないと体の血流(・・・養分?)が凝り固まってしまうらしい。
「あの赤い洞は、ドレイク・プラントだ。ほかの食人植物みたいに、「仲間をたくさん呼ぶこともあるし、危険だね」ってレベルの敵じゃない。
ヤツらと戦闘をして哭かれでもしたら、半日は 敵遭遇率 が上がりっぱなしになるという、最終ダンジョンクラスの難敵だ」
何でこんな場所にいるのか理解不能だが、これはまともに戦っていい相手じゃない。
「それは難儀ですね・・・。しずかに通り抜けますか?」
ダーラがそう尋ねてくるが、青年は手で制していた。
あいつとやり合ったことのある奴らは、みんな同じ意見で合意している。
すなわち 一見、完殺。
「故郷の冒険者仲間との取り決めがあるからね。ほかの人間がやられてしまう前に、あいつは潰しておく。みんな、他にモンスターがいないか、見張っててくれないか?」
そう言うと彼は、息を殺して単独で足を進めていった。
生半可な攻撃では、ダークエルフ坑道での”狂いネズミ”と似たような結果になってしまう。
そう考えた彼は、口の中で呪文を唱えながら、いくつかの魔印を片手で切っていた。
丘の中腹では、ダーラたちが後ろを警戒してくれていたが、シアンの右手から届いた白光は、仲間たちをもすくませるものだった。
(あれはーー、あの魔法は!)
『白光線焼!!』
青年が右手をかざし、その甲を左手で斬るように払うと、大地が条光に燃える。
「ぬおっ!」
チュドッ!!
その刹那、視界の音すら消えるような眩しさがあたりを覆い、リンドウがつんのめるようにふっ飛ばされていた。
・・・思いっきり、こっちに背中を向けてるから・・・。
パラパラと土埃が空から降ってきて、シアンはそこで硬直した姿勢から、剣を抜きつつ疾走に移っていった。
魔法は敵の線をなぞったつもりだが、端っこにいる相手の幹からは逸れてしまったようである。
のたうっている残りは ーー 3体も!?
幸い混乱しているような状態になってくれたので、叫び声をあげる様子はない。
自分の鈍りっぷりに情けなくなりながらも、手早く2体を斬り伏せると、青年は最後の一匹が息を吸い込むのを見て、地面を蹴った。
キァ・・・!
「待てぃ!!」
ギリオーバーなタイミングで、力いっぱいの直突をかましてやる。
気球がやわらかく萎むように、胴体を貫かれたドレイクハンドは、ふしゅう、とその枝葉を丸めていったのだった。
「・・・はっ、はっ、はっ」
ぱ・・・ぱちぱち!
「なぁ! なんとも ーー。シアンどのは、魔法戦士であったのかぁ」
妖精の拍手と、リンドウのそんな言葉が、かすれたように遠くから聞こえてくる。
・・・うーん。まあ、どうなんだろうな。
呼吸を整えるのがやっとで、当人はガッツポーズをすることもできない。
それでもまだ、青年には勇者限定魔法もあるし、いずれは戦士縛りもきつくなって、新しい職業が生まれるかもしれない。
混技剣士とか・・・。
ちょっぴりふらついた彼が嬉しかったのは、ダーラが視界の端で、驚くように目を輝かせていることである。
あとは、ねえ。このブランクさえなければ、格好良かったのだが。
シアンはここにきて、初めて自分の衰えに笑い、その場に座り込んだのだった。
ありがとうございました。
ちなみに”マーブル”は、直訳で「小さなガラス玉」「大理石」などの意味だそうです。(ぜんぜん知りませんでした。有名なあのチョコレートから、カラフルな意味だとばかり・・・)
ここでは大理石の方の、いろいろ混ざったようなマーブル模様の印象で、使わせて頂きました。