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第1話

ポジティブって、何?


それが、生まれて初めてした、母親に対する彼の質問だった。

シアン=ノーグローブ。21歳、職業勇者。


国中くにじゅうのみんなは、まだ16歳だったころに魔王をうち倒した少年を、誰よりも称賛していた。

それは、自国の王をも忘れるほどに。・・・ともすれば、絶世の美姫や、過去の英雄たち以上にさえも。

まだ成人してもいなかった少年が、そんな歓待の熱に浮かされ、調子に乗ってしまわないのは、とても難しいことだったに違いない。


「ああ・・・みんな、それにしてもヒドかったなあ・・・」

しかし世間は、巧みなまでに彼を持ち上げ、ようやっと腰を上げようとしたところで、御輿みこしを地にたたき落としたのだった。


「・・・そろそろ飽きたんじゃね?」

「もう平和になって二年は経つし、あいつに気なんか使わなくていいだろ」


しょせんはオレたちと同レベルだった、貧民なんだから。

物事は収まるべき場所に収まり、貴族のふるまいも身につけられなかった勇者は、結局のところ自宅のあばら家に帰ることになったのだった。


「・・・ただいまー」

いつものように、誰も返事をしてくれない玄関へと入っていく。

一人で自分を育ててくれた母は、魔王直属の五大妖と戦っていたときに ーー 一匹は逃してしまったが ーー 苦しみながらも帰らぬ人となっていた。

ポックリいってくれればまだ良かったのだが、転移性の肉腫で苦労し、それでも息子が世界を救うために戦っている合間、寺社に祈願してくれたらしい。


(おかん・・・しんどかったやろ。

けどおかげで俺は、勇者としては割と成功できたと思うわ。

人としては、まるで欠陥品やったみたいやけどな)

社交界でも煙たがられた訛りをまる出しにして、シアンは仏壇に手を合わせていた。


「今日もまた、ぎょうさん売れ残ってもたからな・・・」

もう見るのもイヤなたい焼きだが、ほかに供える食べ物があるわけでもない。

そっと一匹母の遺影の前に置き、りんを高らかに鳴らしてみた。

「・・・ナンマン、ナンマン」

まわりに家のない村はずれに住んでいるので、いくら鈴を打ちまくっても怒られることはない。

明日はええ匂いのする線香買ってくるからな、と彼は座布団から立ち上がったのだった。






「・・・今日は、かつおだしの生地の、新作がありますよ~。

お昼ごはんや、おみやげにピッタリの、高菜ちりめん鯛焼きは、いかがですか~?」

翌日、シアンは早くから街道に出ることにしていた。

何しろ、もうとっくにこの商売では、あとがないのである。


売り上げがこの日の伸びなければ、貸し付け屋から『屋台をとり上げるぞ』と宣言をされていたのだ。

「あっ、旅人さん。ここの店は、他にないものを置いてますよ!」

ふと足を止めた客に呼びかけ、エプロンで手をごしごしと拭くが、

「ふつうのたい焼きはないの?」

そんな質問に言葉が詰まってしまった。


「えっ。 ウチは、よその甘いもの屋では出せない、本格鯛ごはんで揃えてますんで・・・」

「じゃあいいや」

てくてくと歩いていった客の背中に、悲しい視線を泳がせることになった。


(・・・普通のがまったく売れんから、思い切ってこっちに切り替えたのに・・・。やめたとたんにちょくちょく餡子あんこな客が来やがるとは・・・)

商売とは皮肉なもんやな、と青年は木イスに座り込んでいた。

それに、この訛りもはやく直さないと、道行く人には理解してもらえない客もいる。


「・・・よう。どうしたんだい、大将?」

それはまるで、死人のような顔をしていたからだろうか。

「今日はまた、借金しこたま背負って毒キノコ自殺しちまった、みたいなつらになってんぞ?」

同じ街道ぞいに屋台を出している、タコ焼き屋の親父が声をかけてきた。

しんさん・・・」

青年は、差し出された竹笹のふねから、まだ湯気をもうもうと上げているタコ焼きをつまむ。


「商売って、むずかしいね。なんで伸さんの『わさびダコ』は大ブレイクしてるのに、俺のはぜんぜん駄目なんだろう」

どこかで数千万はくり返されているようなグチを、青年は親父につぶやいていた。

「そりゃあおめえ・・・」

伸さんは困ったような表情で、頭のうしろをかいている。

「オレも、この道で長く失敗してきたからなあ・・・。

ポッと商売はじめて成功しちまうやつも中にはいるが、大抵そういうのは別の場所で頑張ってきたような奴だし。

たとえ成功しても、調子に乗ってすぐつぶれちまうお馬鹿も・・・」

そこまで話したところで、ハッとしたように親父は口を押さえていた。

・・・いや。いいよ、伸さん。

シアンは首をふりながら、無言で笑っていた。

そう。青年はそのお馬鹿なことをやらかした、裏の世界では有名な猛者もさなのだ。

しかも神話級の。


彼は魔王を倒したあと、仲間の皆が「少なすぎる」とぼやいていた報償金で各地を遊び回っていた。

そして一度金が尽きたころ、人知れず驚くべき成功を、またおさめていたのである。


”至高の霊薬” ともてはやされた ーー 『神曲薬(ソーマ)

それは、健康被害や中毒性をほとんど残さないという、酒や麻薬以上の奇跡とされたドラッグだった。


特殊な効果としては、天上の音楽が幻聴として聞こえてくることから、ある種の人々の中では、不老不死の薬より高値がついてしまうこともあったくらいだ。

(・・・あんな、適当に鈴蘭すずらんのコゲ根や、毒虫を混ぜたような粉末が・・・)


田舎者だったシアンは、ただ家に出現しまくるムカデよけに作った薬が、それほどの価値を持ってしまったことに、たじろいでしまっただけである。

そして、そのレシピと権利がどれほどのシロモノかも知らずに、くさった売人に薦められるがまま、手離してしまったのだ。


「・・・ふっ。

こんな程度のものなんて、またいくらでも作り出せるさ」


ーー そんな風に、強がったことを憶えている。


(でも、お金は大事だよね)

世の中が平和になって、何か自分の人生に一区切りついたような彼は、もはや新しいものを生み出していく気力など、ありはしなかったのだ。


「おっ。・・・ウチの方に客が来ちまったみたいだな。

シアン、今日は仕事あがりに、美味いもんでも食いに行こうぜ。駄目な煮詰まり方をした時は、頭のなかを酒でふっとばすのもいいもんだぞ」

そう言って、タコ焼屋の伸さんはむこうへ行ってしまった。


「はあ・・・いいなあ。あっちのつぎの客は、女の子のふたり旅か・・・」

青年はイスから立ち上がることもできずに、じっと商売仲間であり、敵でもあるヒゲ親父の笑顔を見つめていた。


もはや、自分の店の寸胴ナベに入った生地きじが減ることは、ないのかもしれない。

俺は朝の4時から、ゴミを仕込んでいたのだろうか。


「くうっ」

涙がにじみそうになってきたので、彼は思わず上を向いてしまった。

・・・そういえば、はるか昔に語られたという、人の心を救う名言があった気がする。



空は、誰の上でも青いわ。



「まさに!」

目に染み入るような蒼穹をながめ、シアンはゆっくりと手をかざしたのだった。


「ふあああーっ!」

どこからか降ってきた、そんなおかしな声にも、とっくに夢想に染まろうとしていた彼の心はみじんも反応することはない。

ぺちっ、と顔に何かが飛んできたが、彼はそのまま手の甲で、それ(・・)をはたき落としたのだった。


「せ、戦士を~。・・・戦士を発見いたしました~」


なんだコイツは?

地面に落ちた妖精フェアリーのような小動物を見て、シアンは複雑そうな顔をしている。

「・・・いま帰ります、勇者さま・・・」

そのままパタッと倒れてしまい、小さな行き倒れの妖精は、意識を失ってしまったのだった。






「けっこういけますね、コレ」

もぐもぐと赤ん坊のような口を動かして、その少女はたいを一匹たいらげてしまった。

自分の体と同じくらいの焼き物なのに、なかなか食い意地の張った妖精らしい。


「あっ、お酒ありますか?

できれば、この味ならぬるかんあたりがマリアージュ的にいい感じなんですが・・・」


「おい」

あまり調子に乗るんじゃないよ。

俺だって、酒なんて1ヶ月以上も口にしていないのに。


「それより、何者なんだお前は?

この国には、フェアリーなんて入ってきちゃ駄目だって決まりがあったろう。・・・そっち側の国とは、国交断絶になるまでケンカしちゃったんだからな」


ファンタジー路線をつっ走る隣の国と、『ゴールドエンド』とまで呼ばれる、欲と現実主義のわが国が、手を取りあえるはずもない。


青年は屋台のイスにすわったまま、めんどくさそうに足を組みかえたのだった。

ぼんやりと街道に目をやれば、少しずつ陽が高くなって、人通りも増えてきたように思える。

・・・やはり、客は入らないか・・・とシアンが考えていた時、妖精はしゃべりはじめたのだった。


シアンさま ーー。

そんなことを考えておられる場合では、ありません。

・・・あなたは、屋台の人ではないのです。

わが国に戦士として求められており ーー


ふよふよと宙を舞い、なにやら熱く語っているのだが、青年にとってはどうでもいい話だった。

適当に聞き流しながら、シアンは客の呼び込みを再開している。

ーー ちなみに、勇者は間に合っておりますので、いりません。

あなたにやって頂きたいのは、出自が深窓の令嬢である、わが国のしとやかなる女勇者を守る、タンク(肉壁)であり「顔面戦士」ーー


「こら」

誰が顔面戦士だと、ぴっと羽をつまみながら妖精を捕まえていた。

「え・・・? えへへ・・・」

こりこりと頭をかきながら、彼女はごまかすように笑っている。

それでも、ゆずれない何かは持っていたらしい。

「お願いいたします、シアンさま。 まだわが国『ローデンシア』では、甚大な被害は出ておりませんが、どうやら魔物が統率された、巨大な動きを見せているようなのです。 そんな中で、もし新たな魔王が覚醒してしまったり、いわくつきのダンジョンなどが増えてゆく前に・・・と、愛国心あふれる商人たちが立ち上がっているのです!」

「商人!? なんで商人なの?」

変なところに反応して、青年は驚いている。


そんなことはどうでもいいです、と妖精は首をふっていた。もちろんお金がからんでいるが、そこはありがちな話である。

「世を救う力がありながら貴方は・・・! たい焼きが売れないのは、世界に背を向けているからなのですよ!」

「ーー !」

訳のわからない理由だったが、とりあえず社会で成功していない彼には、返す言葉がなかった。

「・・・じゃあ・・・そっちの『ローデンシア』を助けたら、俺の運勢が変わるっていうのか?」

そういえば、となりの国の妖精は、未来を見通せると聞いたことがある。

「そんな小さな話ではありません」

そう答えた彼女は、両手を動かし告げたのだった。

あなたの生活は、これから激変するでしょう。

自分が本当はどれほどの存在だったのか・・・世界に ”ささやかれる 道” を歩くことで、どれほどの損失を取り戻せるのか・・・。

まずは国境を目指しましょう、と妖精は道の案内に入ったのだった。













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