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Prologue 【終わりの始まり】

——その日、人類文明は滅亡した。


 2016年5月1日日曜日、午前9時15分。

 何の予兆もなく、世界中を巨大地震が襲った。




 巨大地震発生から15分後。日本に、終焉が押し寄せる。


「……繰り返します! 今日午前9時15分に発生した大地震、震源地はウルグアイ沖、東に600kmとみられていましたが! その地点からプレートの境界関係なく世界中へ広がるように、もの凄いスピードで無数の震源が移動しているとのこと! 政府は国家非常事態を宣言! 速やかに高台の開けた場所へ避難するように呼びかけています! まもなく、ここ東京にも震源の波が到達しっ! これよりすぐ後っ、大量の津波が日本に到達するとのこと!」


 ヘリコプターからの中継は、大国の首都を上空から映し出す。

 そこには安寧があった。

 天気は快晴。なんとなくみればいつもの東京そのものだった。高層ビルが建ち並び、人や車はせわしなく街を行き交う。目を凝らせば、飛行機が上空をどこかへ飛んで行くのが見える。

 しかし、いつもの東京ではなかった。


 ふと。どこからともなく人が現れ、人や車の流れとは別のどこかへと急ぐ。


 はじめはまばらだった。ぽつ、ぽつと目立たない程度。

 がしかし次第に動揺の波が広がるように、車は停止し人々は一斉に必死で逃げだす。建物から人があふれ出る。あるいはだれかを探してか、流れに逆らって建物に戻るものもいる。

 平和な世界は混沌に濁る。人の波が引いてゆく。人々の抜け殻が残されていく。全ての人々が命がけで高台をめざす。自らの、大切な人たちの命を守らんがため。

 が、世界は待ってくれなかった。



——刹那。静けさが全てを支配する。



 発端など無かった。全てが平等に、残酷に終わりを告げられた。

 世界が揺れ始める。

 ビルの、タワーの先端がぶれた。

 地下や空へ逃げ遅れた人々の乗る車は衝突し合い、横転し、建物に激突する。あらゆるガラスは粉々になり光の雨を生む。立っている人々は強制的に地を這う。あらゆる建物は下から崩壊し、斜めに倒れ、土煙が上がる。工事現場のクレーンが倒れ、大量の鉄骨が地に降り注いでトラックを、車を、人を貫く。

 停止していた列車は横転・脱線。高速道路には一瞬で放射状のひびが入り、ガレキとなって崩れ去る。

 虹色と称された巨大な橋も、多数の乗用車やトラックを道連れに折れ、砕け、海へ。ビル群を越えるほどの、津波のような水しぶきが上がる。

 透き通るような青い空はかえって不気味で不釣り合いで、あまりにも異質だった。


 突如、世界が歪む。

 水面の波紋のように、はるか上空が揺れる。ゆっくりと、波は広がってゆく。波紋の中心から、波を追うように空が黄緑色に、あるいは赤色に染まってゆく。透明な水にインクを垂らすがごとく。上空のあらゆるところで波は始まる。波に触れた雲は吹き消されてなくなる。世界はゆっくり、じわじわと浸食を受けた。


 そして大地に波が到達する。

 大地に、ヒビが入った。コンクリートがヒビ割れるように、瞬く間にぼろぼろになる。それが波に押されるごとく広がる、広がる。

 やがて割れ目は巨大な渓谷となり、全てを飲み込みはじめる。建物だったもの、車だったもの、人だったもの……。一定以上の大きさの物体は砕かれてゆく。粉々になったなにかの破片たちが波のように地面を覆っていた。山なども地滑りを起こし、ヒビ割れに山肌は壊れる。木々はとっくに折れてしまった。

 逃げ場などどこにもなかった。

 始めの地震など予震に過ぎなかったのだと東京だったものは語る。


 と、その揺れはついにヘリコプターへと到達し、どんな原理なのか空中のヘリコプターが大きく傾く。

 地を向いて回転する画面。響くリポーターの絶叫。その間もなお地上は揺れる。地上が近づき近づき、近くの電波塔が谷にのまれたと同時、ぶつんと画面は途絶え砂嵐に変わった。



「……うそだろ」


 少年——永崎信は瞠目する。

 朝起きてすぐテレビをつけた信は見た。絶対的に続くと思っていた日常の終わりを。

 夢だと疑った。なにもかもがわからない。でも、震える手足が、全身が、声が、全てを現実だと叫ぶ。

 ここが西日本だろうと、そんなのは関係ない。


 とにかく、逃げなければ。


 すぐ近くの机の下に潜り込みたい衝動をなんとかおさえる。惚ける自分の頬を叩き、手の皮膚を噛みちぎり目を覚ます。

 心のうちからわき出す恐怖にただただ従い、震える足で飛び上がり窓から家を転がり出た。



 駆ける。駆ける。無心で、ただただ裏山へ。

 風を切る。息が苦しい。膝がガクガクする。


 自分の家の建つ場所にこれほどまでに感謝したことなどなかった。全力で走ってすぐふもとにたどり着く。そこからは神社の階段をひたすらのぼる。心臓がかつてないほど速く鼓動。吐く息は雑音となって耳を襲う。熱い。体が熱い。何も見えない。汗が目に入る。でも、ただただひたすらにのぼる。3段、いや4段とばし。


「っ……!」


 足が先に出て体は間に合わない。ふと後ろに倒れかける。

 転んで後頭部を打ったいつかの光景が脳裏をよぎった。


「うおおおおっ、らあっ!」


 頭から落ちる寸前、階段に手をついて跳躍。数段下に着地。

 足首が痛い。ねんざかもしれない。左手首も痛かった。

 それでも良かった。助かった、と思う間もなく全力で再び駆け上る。


 2段でも3段でもなく、4段とばし。今までいくら転んでも何度だって立ち上がったんだ。走れ永崎信!

 2、2、3、4、4、4、4。なんでもなかった階段がとてつもなく長い。


 流れる景色がだんだんと遅くなる。脇腹が痛い。足首が痛い。喉が痛い。目が痛い。手首が痛い。見えない。聞こえない。

 それでも走った。全ては自分の命のため。


 ついた。たどり着いた。神社に。

 振り返り三原の町を見る。


——だめだ。


 脳裏に東日本大震災の津波がちらつく。全てを飲み込むあの波は、きっとここまでやってくる。根拠はないがそう感じた。


 だから、永崎信はただただ走る。神社をそれて山道へ。竹やぶだ。岩だ。傾斜が厳しい。四本足で必死に登った。斜面は竹を掴んで、あるいは足場にしてのぼる。登ったら、駆ける。ときたま後ろを確認、最短で頂上へ行けるコースを進む。

 爪の皮が剥ける。竹に頭をぶつけた。斜面から滑り落ちる。落ちた先で右腕をうつ。痛い。


 血が、指から流れ出る。アドレナリンが脳から染み出て痛みをごまかす。

 全てをかけて、登った。


 ふと人工物が見えた気がする。

 一抹の不安を抱えつつ全力でそこへ。ひどく長く思えた道のりの先には果たして、どこからか伸びてきた登山道があった。


 自然と口元がつりあがる。


「っ……!!」


 叫びは声にならない、それでも走った。笑いながら走った。


 階段を上る。駆け上る。ふと家族のことを思う。

 親戚ともに旅行に出かけている……が、ばあちゃんちにはいつも一人は留守番がいなかったか。


 それを思った瞬間、全身にぶわあっと冷や汗が吹き出す。

 足が止まりそうになる。振り向きそうになる。

 でもそれは許されなかった。


 軋んだ脚を無理矢理動かす。心を無にして再び速度を上げる。何も感じることなどないかのように走った。心を無にして走った。


 もうわけがわからなかった。日常がつまらない? ふざけるな。その日常が幸せだったんだ。もう逃げたい? ばかを言うな。そう言いつつ逃げていなかったじゃないか。消えてしまいたい? うるせえ。そんなことを言ってる暇があったら未来の俺に時間をくれ。


 辛くて辛くて、縋った先である大切な人まで失ったと思っていた。でもそんなのは本当に大切な人じゃあなかった。家族に救ってもらって、それでもやっぱり家族よりその人に助けてもらいたかったなと思った。

 俺がバカだった。本当に大切だったのは自分で、家族だったじゃねえか。


「……っ!!」


 かすれた声でおたけびを上げ、全ての迷いを捨て置く。帰る場所などもう捨てた。戻れない。走れ!!


 濁った視界、木々の隙間からようやっと光が見えて、望みに望んだ最後の一段を——。




 途端、大地が揺れた。


 一斉に山中の鳥達が飛び立つ。木々から葉が大量に落ちる。視界が揺れ、あのときの脳震盪が再び脳裏によぎる。

 平衡感覚がない。

 体が前に後ろに引っ張られ、再び倒れ足が地から離れかける。




 人生最悪の浮遊感。同時、世界が止まったように感じる。


 死んだな、と思った。

 ここまで来たのに。一生懸命生きてきて、誰よりもがんばって、自分と向き合って苦しんでみんなで泣いて笑って、今日だってなんにもわからない全部投げ打って自分信じて走って走ってきたのに。

 あっけなくここで滑り落ちて、あの東京の惨状のように理不尽にのまれてなにもなかったかのように消えてゆく。

 そう、思った。


 でも、そんなのはいやだった。


 綺麗さなんていらない。悲劇に飲まれる自分に酔うな。どんなときも、ぼろくそになっても生きろ。どんなに汚くても生き残れ。生にしがみつけ! 今までのように! 俺は生きる俺は生きる俺は生きる俺は生きる俺は生きる!!!


 目を見開く。何も見えない。でも、確かにそこに何かあると信じて。

 全身の筋肉を使う。少しでも倒れるのを遅く。死ぬのを遅く! ただただ右手を伸ばす。裏切られたって構わない。全力で生きろ!!


 いつだって一人でできることなんて限られていた。だから思った。ここまでやって来られたのは、だれかが助けてくれたおかげなんだと。

 だから、信じた。


 魂が叫ぶ。今だと。

 出した右手を、全身全霊で握りしめる——







——手のひらは、熱を掴んだ。


「くっ……おらあっ!!」


 誰かが、全てをかけて助けてくれる。

 だから、全てをかけて助けられる。


 手だけは、離さなかった。






 全身に、暖かさ。


「よくやった。もう、大丈夫だ」



 なによりも優しい全てが心にしみ込んで体を包み込んで、心地よさと安心感、解放感に何もわからなっていく。

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