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「ええっ? 由美が作ったの? スゴい!」

 翌朝、いつもより早起きしてチーズケーキの味を確認し、佑香用に可愛くラッピングしたものを改札を出た所で渡すと、佑香は驚いてわたしを見た。

「ラッピングもカワイイ。凝ってるね〜」

「いや…それほどでも」

 尊敬の眼差しを受けてすっかり照れてしまったわたしは、ははは、と軽く笑ってみせる。

「お菓子作りの出来る人って、尊敬するなぁ。私なんて面倒臭がりだからとても…」

「でも佑香はお料理教室に通っているんじゃなかったっけ? そっちの方が凄いよ」

 確か佑香はフレンチの教室に通っていた筈。

「教室じゃあ、洗い物ばかりしてるよ。それでも包丁捌きくらいは良くなるかも、と思ってたけど、実際に使うのはペティナイフだったりするから普段の料理で使えないし。どうせ習うなら和食にしておくべきだったわ」

「え? 包丁が違うの?」

「うん。まな板もあんまり使わない。でも、キッチン鋏は良く使うかな」

「へぇ〜。包丁捌きの為だったら、お母さんに習った方がいいね」

「うん…。でも、ウチの母親、料理が下手なの。父親の方が得意なんだけど父親から直接教わろうとしたら拗ねちゃって面倒なことになるし。それに料理教室に通うようになってから分かったんだけど、私もどうやら母親似みたい。レッスン代のこと考えたら惜しいけど、教室に来ている人達とのお喋りが楽しいからまぁいいか、って開き直ることにしたわ」

 意外な告白にわたしは目を丸くした。何となく、佑香は女の子っぽいことなら何でも器用にこなせる子だと思っていたから。

「何だか意外。狙った相手の胃袋摑んで結婚まっしぐらだと思っていたのに」

「私だってそのつもりだったよ。料理上手はポイント高いもん。今度はお菓子教室にしようかなぁ」

「料理は残念だったけど、お菓子作りならきっと大丈夫だよ」

「残念って言うな」

 わたしの失言に佑香は思いっ切りむくれる。

「ゴメンゴメン。いつか何か食べさせてくれるかな〜と期待してたからつい」

「全く作れないとは言ってないでしょ? ポットパイとかだったら簡単だから、いつでもご馳走するよ」

「それってフランス料理なの?」

「だと思う。教室で作ったことあるし」

「じゃあ、それでお願いね」

 二人できゃあきゃあ言いながら会社に辿り着き、いつものように佑香と別れて階段を上ってオフィスに入り、先に来ていた佐藤順也に挨拶してから自分の席に着くと、わたしは出勤簿に捺印する為に引出しから印鑑を取り出した。

 ここの会社はタイムカードは使わなくて、出勤簿に捺印するだけの自己申告システムだ。

 最初はびっくりしたけれど、社員を全面的に信用して成り立っているシステムだからズルをしている人は見たことが無い。

 …いや、あるか。

「おはよう、多加木さん」

 いつもより二割増にっこりと、振り掛けたばかりの香水の匂いを漂わせながら声をかけてきた一条さんはズルの常連だ。

「…おはようございます」

 いつも遅刻ギリギリに出社する癖に、どうして今朝に限って早く来ているんだろう。昨夜は残業だった筈だから、今朝は絶対にギリギリか超過気味に出社すると思っていたのに。

 素早く印鑑を押して彼女に出勤簿を引き継ぎ、そのまま立ち去ろうとしたその時、彼女はわたしにだけ聞こえる声でさらりと「昨日のクッキー、ありがとう」と言った。

 何よ。

 これじゃあわたしがまるで、頑固で分からず屋の子供みたいじゃない。

 わたしはあなたみたいに遅刻ギリギリで出勤したりしないし、無駄話で他の人の仕事の邪魔をしたりしないし、仕事をサボったりもしない。

 なのにどうしてあなたが正社員で、秘書なんて花形の仕事を兼務してて、佑香と仲良くなったりするのよ。

 避けているわたしを困った子を見るみたいにして、避けられていることに気付いているなら話しかけてこないっていうのが本当に気がきく人のすることなんじゃないの?

「いえ、別に。たいしたものじゃないので」

 頭の中ではそう返すつもりだったのに、無言のまま、わたしの足はその流れのまま真っ直ぐに自分の机に戻ってしまう。

 席に着くと、その様子を見ていたであろう佐藤順也の溜息が聞こえた。

 …無視してしまった。

 人として割と最低な部類に入る行為。

 どう考えても契約社員が正社員に取ってもいい行動とは思えない行為。

 こんなのわたしらしくない。

 分かっているけど、何故かあの人を目にするとそういった行動を取ってしまう。

 あの人が、嫌いだ。

 わたしの嫌なところを見事に引っ張り出してくれる一条紗英が本当に嫌いだ。

 心機一転したつもりで出社しても、その決意はあの人を見るだけで崩れてしまう。

 結局、毎日いつも振り出しに戻って、同じ思考をぐるぐるさせながら悶々と仕事をしている。

 考えなければいいと分かっていても、あの気に障る声が聞こえると苛々してしまう。

 田中センパイはああ言うけれど、こんな状態で上手くやっていくなんて無理。

「多加木」

「はっ…はいっ」

 佐藤順也に呼ばれて、わたしはぐるぐるした思考からやっと解放された。

「今日は資料を纏めてみて」

「え?」

「データを渡すから、それで会議資料を作ってみて、って言ってんの」

「わたしが?」

「単純作業は嫌なんだろ? いい資料が作れるんだったら、今度から多加木に任せるよ」

「あ…じゃあ、フォーマットを」

「俺のフォーマット使ったら、ただのデータ入力で終わっちゃうじゃんか。イチから作るところから始めてみて。参考程度なら別にいいけど、なるべく俺のフォーマットは真似しないようにな」

 え?

 えええ〜?

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