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チーズケーキの作り方は簡単だ。
材料を混ぜ合わせて、型に流し込んで、あとはオーブンで焼くだけ。
レアチーズケーキとかニューヨークチーズケーキ、スフレチーズケーキとなると若干手間が増えるけれども、常温に戻した基本の材料をひたすら混ぜてから焼く(または冷やす)、という手順に大きな差はない。
ブラウニーも、大体同じような作り方。
つまり、アメリカの家庭で良く作られる(らしい)ケーキは作り方が簡単で、カロリーが異常に高い。
いつだったかアメリカのお菓子作りの本を手に入れて、グラムに換算し直して砂糖の量を量ってみたらすごいことになってしまい、怖くなって砂糖だけその半量にして作ったけれどもそれでもじゅうぶん甘かった。
高校生の時、アメリカから来た交換留学生の子が日本のケーキは甘くない、とか言っていたのも納得だ。
噛んだだけでザリザリと音を立てそうなほどの砂糖の量が、彼等にとって「甘い」の基準。
お菓子作りをする人なら良く分かっていると思うけれど、お菓子は材料そのもののカロリーが高い上に大量の砂糖が入るから、食べたら太るのは当たり前。
チーズケーキをホールで一気食い、って田中センパイは言っていたけれど、あんな高カロリーなもの、途中で食べられなくなってくるに決まってる。
ここ近年の乳製品の値上がりのせいでケーキ作りには暫く縁遠くなっていたけれど、せめて今日ご馳走になったケーキセットの代金分ぐらいのお礼は、と、わたしは自宅の最寄り駅にあるスーパーに寄り道していた。
わざわざレシピ本を買わなくてもクリームチーズの外箱に書いてあるレシピでじゅうぶんおいしいベイクドチーズケーキが出来るから、わたしはクリームチーズの外箱を見ながら生クリーム、レモン、と次々と買い物かごに入れていく。
バターは家にあるから、後はグラハムクッキーを買って…と。
お菓子売場に向かおうとして、わたしはその途中の文房具売場に立ち寄った。
えーと…。多分、このあたりに。
多機能ボールペンとノートと祝儀袋が雑然と並べられているコーナーから小さなメモ帳を見つけて、わたしはぱらぱらと捲ってみた。
使い勝手がどうとか以前に、これ、あんまり可愛くない。
…それに高い。こんな厚さで100円超えなんて、薄給の身には有り得ない。
100円ショップで可愛いのを見つけるまでは、今まで通り備品の付箋でお茶を濁しておこう。いずれケーキのラッピング材料を調達するために行くことになるんだし。
わたしはメモ帳を元の場所に戻して、再びお菓子売場に向かうことにした。
とりあえず材料を全て並べて、ほぼ暗記したレシピを頭の中で反芻してみる。
最初の材料はコレ、次はこれで…段取りは合っているよね。
取りかかってしまうと無心になれるから、お菓子作りは楽しい。
無心になれるのと楽しいっていうのはちょっと違うのかな…? でも、色々な考え事をしながらでも手順通りに体を動かしてさえいれば、結果的に美味しいお菓子が出来上がる。焼き上がるまでの待ち時間に道具を洗えば台所も綺麗に片付いてしまうし。
考え事をしながらでも、頭の中を真っ白にしてただ体を動かしていても、出来上がる物は同じ。
料理は愛情、という世間の風潮からすると納得しづらい結果ではあるけれど、作業に没頭して無心になった場合は出来上がる頃には頭も気持ちもスッキリしているし、もやもやしながら作っていても出来上がったお菓子を一口食べてみたら、まぁいいか、って思えて次に向かって頑張れる。
わたしの仕事もそうだったらいいのに。
もやもや、ぐだぐだしながらでも、やり遂げた暁には美味しいご褒美みたいな達成感が得られたら、人間関係なんかに振り回されないで明日の仕事に前向きになって取り組めるのになぁ…。
…って言っても、わたしの仕事、基本雑用だし。
あーあ。田中センパイはああ言っていたけど、人間関係抜きで仕事だけに集中出来るようになっていれば、生産性もぐっと上がって、勤続年数とか関係無く本当に仕事が出来る人がマトモな評価を受けられるようになるんじゃない?
仕事の効率より周りの機嫌を最優先、って考え方ってどうよ?
だんっ、と、生地の空気抜きで型ごとテーブルの上に叩き付けると、思いのほか大きな音がした。
いけないいけない。テーブルに傷でもつけたら母親に叱られちゃう。
とりあえずここまで出来たらあとは焼くだけ。今回はプレゼント用ではなくて試食用として四角い型で焼き上げることにした。焼き上げたら一晩冷蔵庫で寝かせて、細長いスティックケーキに切り分けて、ワックスペーパーでお洒落にラッピングする予定。
そして明日のお昼休憩、佑香のところにお裾分けに行こう。日頃のお礼をこめて。
佑香が美味しいって言ってくれたらいいなぁ。
わたしは気を取り直して、予熱を終えたばかりのオーブンに型を入れた。




