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「えー。由美、知らなかったの?」

 早退した翌日、例のごとく出社前に合流した佑香にランチに誘われたわたしは、小さなビストロ風のお店で絶品ランチを楽しんだ後、セットメニューのアフターコーヒーを飲みつつ、医務室で聞いた話を佑香に振ってみた。

 予想通り、と言うべきか、佑香は立て板に水の如くすらすらと喋り始める。

「一条さんと佐藤チーフはいとこ同士なのよ。で、田中さんは佐藤チーフと同じ大学の先輩後輩という間柄で、一条さんとも昔からの知り合い。そして田中さんの妹さんが佐藤チーフの彼女の親友なの」

「佑香、ちょっと待って。どうしてそんな個人的な事まで知ってるの?」

 佑香のいる課はわたしが在籍している課と直接関わり合いはないはずだ。佑香はわたしと同じくコネなしでこの会社の求人に応募して、受かった同士…のはずじゃなかったの?

「一条さんから聞いたから」

 しれっと答えた佑香に、わたしは衝撃を受けた。

「どうして一条さんから…」

 一条さんと佑香こそ、最も接点が無い間柄のはず。

「あー…それは…」

 急に居心地が悪そうになった佑香を放心状態で見つめ続けていると、佑香は決心したようにわたしの目を見た。

「あのね。言わないで済むなら黙っているつもりだったんだけど…やっぱ、由美が全く知らないのもフェアとは言えないから、言うね」

 いつになく真剣な佑香の表情に、つい緊張が走る。

「な…何?」

「会社に入ってから一ヶ月経った頃かなぁ…。生理痛でどうにも辛くて、医務室に行ったら一条さんも来ていたのね」

「あー…」

 そういえば佑香は生理中はひどい貧血になるって言ってた。わたしは生理痛とかは軽い方だけど、世の中には寝込むほど酷くなる人も確かにいる。

「私が医務室に来る前からずっとお喋りしてた様子だったから、正社員はお気楽でいいなと思いつつも最初はあんまり気にしていなかったの。自分の事でいっぱいいっぱいだったし、すぐにベッドに潜り込んで何とか痛みに耐えてたんだけど、やっと薬が効いてきて眠っちゃおうかなぁ、と思った時に知ってる名前が聞こえてきたのね」

「それって…」

 わたしの悪口?

「あ、悪口じゃないよ」

 あっさりと浮かんだ考えを否定されて、でもわたしの話じゃないという否定はされなくて、わたしは泣きそうな気持ちになって佑香を見た。

「違うって。なんて顔してるのよ。一条さん、悩んでたの。というか、困ってたのかな。新しく入ってきた子が全然打ち解けてくれないの、って口調は軽いんだけど内容は全然重くてさー。新しい環境だから緊張しているだけじゃないの? って女医さんのアドバイスに私もそうだそうだ、って心の中で賛成しているくらいで。…だけどさー、一条さん、全然納得しないっていうか、ああ見えて鋭いっていうか…。由美に軽蔑されているような気がする、って言うんだよね。だから私つい」

「つい?」

 わたしは思わず身を乗り出した。

「二人の話に割り込んだの。由美の話、やめてほしくて」

「えええー?」

「だって、イヤじゃん。そのまま黙ってたらきっと嫌な話になっていくだろうし。由美の事、悪く言われるのって許せないし。そしたら、女医さんもあっさり話に参加させてくれて。あのひとも嫌だったんだろうね。というか、私の届書見て、由美と同期だって気付いたからなんだろうけどね。それから月イチで医務室で顔を合わせるようになって、三人で世間話をしているうちに一条さんがああ見えて実は気にしぃだってことがよく分かって、私は逆に好感持ったんだけど。でも由美はああいうタイプ、苦手だよね」

「う、うん。苦手…」

「でも一条さん、親切でしょう? 色々手を貸してくれようとしない?」

「それは…」

 昨日さんざんお世話になったばかりだ。医務室まで付き添ってくれて、わたしに代わって係長に書類の提出をしてくれて…。

 でもわたしは医務室から戻って早退するまで、極力あの人の目に触れないようにしてこそこそと退社した。

 そして今朝は昨日の仕事の穴埋めのつもりで、挨拶もそこそこに仕事に没頭して…。

「でもわたし、あの人にけっこう仕事の邪魔されてる…。二日酔いの原因作ったのだって…」

 蚊の鳴くような声、って、こういう声を言うんだろうか。

「とりあえず苦手な相手でも、挨拶とお礼くらいはちゃんとしておこうよ。一条さん、ここのお店のスイーツが大好きなんだよ。クッキーならお値段も手頃だし、それに、由美から話しかけるだけでも一条さんは喜ぶと思う」

「う、うん。そうだね…」

 佑香がわたしをこのお店に誘った意図に初めて気が付いて、わたしは少なからずショックを受けた。

 わたしは今まで、佑香の何を見てきたんだろう。

 婚活に熱心な、お気楽で憎めない同期? それだけ?

 違う。

 わたしは何も見ていない。見えていない。

 わたしはただ仕事に没頭しているフリをして、実は何も見えていない自分を肯定していたいだけなのかも知れない。

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