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「荷物になるのでロッカーに置いてあるんですけど、いつ頃お渡ししましょうか?」

「それなら、一緒に駅まで帰ろうよ。急ぎの残業も特にないし。定時になったらロビーで待ち合わせということで」

「おーい、もうそろそろイイか?」

 斜め後方の少し離れた所から佐藤順也の声がして、わたしは振り返った。

「チーフ? そんな所でどうしたんですか」

「おジャマかな、と思って。話が終わったんなら田中、会議室の準備手伝って」

「ハイ!」

 元気いっぱいに答えた田中センパイは、「じゃっ」と身を翻す。

「佐藤チーフ! あの…わたしも手伝います!」

 わたしがそう言うと、佐藤順也は手をひらひらさせた。

「サンキュ、多加木。でも力仕事だし、人手は田中で足りたからこっちは大丈夫。席で電話番頼む」

「あっ…はい」

 仕方ないので自分の席に着いて、いくつかやりかけだった資料に目を通す。

 …なぜか田中センパイと一緒に帰ることになってしまった。駅までだけど。

 ついつい仕事とは関係ない事を考えていることに気付いて、片頬を軽く叩く。

「あら。何の気合い?」

 たまたま近くを通りかかった森藤さんに声を掛けられて、わたしはきょとんとして見つめ返した。

「気合い?」

「あらら〜。通じないか…」

 森藤さんは少し困ったように眉根を寄せると、わたしの隣の佐藤順也の席に座る。

「何か困るような宿題でも出たのかと思って」

「電話番の指示を頂いただけです。なので今までの資料を整理しておこうかな、と思って。急ぎの仕事ではないので、もし他にお手伝いできる仕事があれば手伝わせて下さい」

「ありがとう。助かるわ。実は今から経理部に行かなきゃならないんだけど、会議室に駆り出された人達が帰ってくるまで一人で頑張っててもらえる?」

 改めてそう言われてみて周りを見回すと、わたし達以外に誰もいない。

「はい。大丈夫です」

「じゃあ行ってくるわね。留守番よろしく」

「行ってらっしゃい」

 森藤さんはにっこり笑ってオフィスを出た。わたしは話しかけられる前まで眺めていた資料にもう一度目を通して、わたしなりの優先順位に並べていく。

 どの資料もそれほど急がないけれど、のんびり構えていたらあっという間に期限が来てしまいそう。…まぁ、そうなる前に佐藤順也のチェックが入るんだろうけど。

「あら。森藤さんは?」

 不意に声がして、わたしはドキッとした。(くだん)の一条さんだ。謝る絶好のチャンスだけど、今は忙しいところかもしれないし…。

「経理部に行かれました」

 とりあえず無難な回答だけしておくと、一条さんは困ったような顔をした。

「そう…彼女に確認しておきたいことがあったんだけど、時間がかかりそうかしら?」

 そんなことまで森藤さんに聞いていない。…でも、会議室の準備が終わる人達よりは遅く帰ってくるってことなんだろうな。

「分かりませんが、お急ぎなら経理部に電話してみましょうか?」

「ありがとう。でも、それなら私が直接行くことにするわ。経理部ね」

 一条さんがそう言ってオフィスを出ようとした時、わたしは思わず立ち上がり、大声を出していた。

「あ…あのっ!」

「え?」

 驚いて立ち止まった一条さんに、わたしは早口でまくし立てる。

「今までその…本当にすみませんでした。わたし、色々誤解してて失礼な態度ばかり…。その、本当にごめんなさい!」

 最後にガバッと頭を下げた途端、もっと言わなければならない言葉がたくさんあったことに思い至る。

 ああ。もっと順序立てて丁寧にかつ理路整然と謝りたかったのに、こんな滅茶苦茶な謝りかたって今時の小学生でもしないんじゃないだろうか。

 頭を下げているせいもあるけれど、頭に血が集まって顔が熱くなる。うう。恥ずかしいしみっともない。しかも直ぐに下げた頭を上げられないほどの失礼な態度をとってきた手前、どのくらい頭を下げているべきなのかも分からない。頭の中がぐるぐるしてきた。

「あの…なんだか良く分からないけれど、ごめんなさいって気持ちは良く分かったから…もう顔を上げて?」

 困ったような声に顔を上げると、一条さんが本当に困った顔をしてわたしを見ていた。

「多加木さんは入社したばかりだし、色々な誤解があっても仕方ないと思うの。でも、この前みたいに気軽に質問してもらえれば協力し合えるし誤解が解けるきっかけも出来るわ。ゆっくりでいいのよ。佐藤チーフだけでなく部署の人みんなと打ち解けていけば」

「あ、あの会議資料…おかげさまで採用されました。本当にお世話になりました。ありがとうございました!」

 もう一度頭をガバッと下げてまたすぐ上げると、今度は一条さんの嬉しそうな笑顔が見えた。


「由美ちゃんって、意外と男前だねぇ」

 上機嫌でチーズケーキが入った袋を持った田中センパイの冷やかしはまだ終わらない。

「男きょうだいがいるせいですかね…」

「え? そうなの? お兄さん? 弟さん?」

 そう。実はあの場面をしっかり見られていたのだ。

 一条さんの笑顔の向こうに居合わせた、佐藤順也と田中センパイに。

 せめてもの救いは、その少し前の謝罪は見られていなかったこと。

 それでもこの二人にとっては、わたしが一条さんにお礼をきちんと伝えただけで大進歩ということらしくて、あのあと佐藤順也が某有名カフェ謹製のプリンをご褒美にくれた。

 わたしの態度はどうやら、今まで周囲を相当ヒヤヒヤさせていたらしい。

 経理部から帰ってきた森藤さんも心なしか嬉しそうだったような気がする。

 当然佑香の耳にも入ってしまって、「よくできました」と社内メールが送られてきた。

 沢山の人達に心配してもらって、申し訳ないやら嬉しいやら。

「…あ。駅」

「え?」

「駅です。田中さん。お疲れさまでした」

「待って待って由美ちゃん!」

 自動改札の前で頭を下げるわたしを、田中センパイは慌てて引き留めた。

「はい?」

「あの…さ。今日は意地悪なこと言ってゴメン」

「意地悪?」

「拗ねてみっともなかったよね。由美ちゃんは一生懸命なだけだったのに」

「はぁ…」

「お詫びに今度、夕飯奢らせて」

「そんなことしてたら、キリがありませんよ。いつもお世話になっているから、そのケーキでチャラということで」

「そうじゃなくて! 由美ちゃんを誘いたいんだ」

「えっ…」

 真顔で見つめ返すと、田中センパイは見る見る赤くなる。

「ええと…わたしでいいんですか?」

「由美ちゃんがいいんだ。都合のいい日、後で教えてくれないかな。じゃ、今日はコレ、ありがとう」

 真っ赤な顔のまま手にしていたケーキの手提げ袋を少し上に持ち上げてみせると、田中センパイは改札の向こうに行ってしまった。

「なーんだ、ヘタレな奴。ホームまで一緒に行けばいいのに」

「えっ!?」

 突如登場した佐藤順也にわたしは驚く。

「どどどどうして…! まさか後つけて…」

「バーカ。会社終わったら駅に来るの当たり前だろ。田中の奴、浮かれすぎて頭悪くなってるな。お前もだけど。うわ、顔真っ赤だぞ」

 ニヤニヤ笑いを浮かべて佐藤順也はわたしを見る。こいつに盗み聞きされるのは今日はこれで三度目だ。

「…どうして今日に限って残業してないんですか?」

「ノー残業デーだもん。誰かさんが残業しなくなったから俺も残る必要ないし」

 …信じられない。絶対野次馬根性だ。

「だから俺()これからデート。んじゃな」

 佐藤順也はさっさと自動改札を通り抜けて行ってしまった。

「いいなぁ~由美ばっか」

 またもや背後から声を掛けられ、わたしは驚いて振り向く。

「佑香! いつから」

「今だよ。改札通らないの?」

「と…通る。佑香、今日はその…色々あって、聞いてほしい話がいっぱいあるんだけど」

「そう来なくちゃ。じゃ、新しくできたカフェに行こ。パンケーキがオススメらしいよ」

「うん、行く!」

 わたし達は続けて改札を通る。いつもと同じ雑踏の中、少しだけいつもの気分と違う自分が新しい景色を見せてくれる予感に、わたしは何だかワクワクした。

長い間ご愛読いただき、ありがとうございました。

3年も引っ張ってしまいましたが、やっとのことで完結です。

またいつか、少しだけ成長した主人公のお話が書けたらなぁ…と思います。


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