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「はぁ…」

 別の電車に乗って寄り道すると言った佑香と駅のホームで別れた後に出た、思いのほか大きな溜息に、わたしは我ながら驚く。

 あれからクレームダンジュのレシピの説明の方に熱中してしまって、一条さんの事について話しそびれてしまった。

 …ううん、話したくなくて話題を逸らした、と言った方が正しいのかも。

 自分が悪かった事が良く分かっているだけに、佑香がわたしを責めないだろうということも良く分かっているだけに、佑香に逆に気を遣わせてしまうのも申し訳ないような気がして…ううん、そうじゃない。わたしは自分自身だけでなく佑香にまで失望されたくない。ただそれだけ。

 一番の相談相手である佑香に相談できないのは辛い。今日の出来事を一条さん経由で佑香に知られてしまうのは時間の問題だけれど、それでも今、佑香に相談する勇気は無い。

 いつもよりだいぶ早い時間の電車に乗って、流れていく車窓の景色を眺めながらぼんやりと考える。

 …とりあえず、こんな最悪な気分をいつまでも引きずらずに、何か気分転換になることでもしよう。

 わたしは家路の途中の駅で降りて、100円ショップが入っている駅ビルに寄ることにした。

 ここの100円ショップはラッピング関係が充実している。

 田中センパイに渡すホールケーキが入る大きさの箱と手提げ袋を見繕い、ちょっとしたコスメの小物や食器を眺め、文房具のコーナーに行く。

 メモ用紙の適当なのがないかな、できれば可愛いの…と覗いてみると、思ったよりも可愛いものがたくさんあった。

 色付きのメモ、動物の写真やイラスト入り、キャラクターっぽいもの、シンプルを通り越して単に素っ気ないもの…こんなにあると、目移りしてしまう。

 暫く悩んで、わたしはパステルカラーの表紙で中身は白無地のメモを選び、買い物カゴに入れた。

 これでよし、と。

 ケーキ作りは心配要らないから、後は仕事。

 佐藤順也を感心させるような資料を作ってやる。


「うーん…」

 手付かずの表計算ソフトを眺めながら唸っていると、パソコンの画面の左下にメール受信の通知が出た。

 佑香だ。

 社内メールで連絡くれるなんて珍しい…とメールソフトを開いてみると、業務連絡を装った件名に、しっかりとクレームダンジュの画像が貼り付けられていた。

 うん、上手上手。

 できたよー、という短い一文に、よくできました、という返信をしてメールソフトを閉じ、再び表計算ソフトと睨めっこをしていると。

「多加木」

 佐藤順也に呼ばれて、わたしは振り返った。

「はい」

「ちょっと来い」

 オープンスペースの打ち合わせコーナーまで誘導されて席に着き、正面に座った佐藤順也を見る。

「資料はどんな感じ?」

「今、考えているところです」

「イメージは決まってるのか?」

「大体…。見やすいものを、と考えているので、今の二色刷りではなく原色を抑えた優しい色にして、もっと色の種類を増やそうと思っています」

「あれはプレゼン用じゃなくて毎月定例の会議用だ。知りたいのは数字の動き。原色にしている理由は前月との比較を分かりやすく目立たせる為だ。ま、その説明は別の機会にするけど…。とりあえず、次の会議までの残り時間を逆算して、多加木はどこまで進んでいないといけないと思う? 今、まっさらな画面をじっと眺めててもいい時間か?」

「イメージさえ固まれば、後は一気に入力できます!」

「そのイメージはいつ固まる?」

 わたしは言葉に詰まる。 

「いつだ?」

「…分かりません」

「昨日はノートに何やら書き殴っていたけど、それを作ってみるのもアリだろう?」

 ううう。やっぱりしっかり見られていたか。

「あれはやっぱり違ってて。結局、佐藤チーフが作ったものと似たようなものになってしまったので」

「だけど俺のとそっくり同じって訳じゃないだろう? とりあえず作ってみろよ」

「でもっ…」

「でも?」

 どうせ却下するくせに。

 黙り込んでしまったわたしに、佐藤順也は大きな溜息をついた。

「まさか、一発OKなものを作ろうとしてないよな?」

 まさかじゃなくて、まさにその通りなんですが。

「お前、俺が渡した資料をきちんと読み込んだか?」

「はい」

「何も疑問を感じなかったのか?」

「別に…。今までと特に違う部分はありませんでしたが」

 前月比が書かれてある所に変な数字が入っていたわけでもないし。何が言いたいんだろう?

「誰が、何の為に必要としている書類か考えたことがあったか、って聞いてるの」

「定例会議の時に使う資料でしょう? 課長職以上の偉い方が参考にされる資料ですよね? だから見やすくて綺麗な資料を…」

「例えば?」

「だから…さっきさり気なく却下されたっぽいですけど、色分けとか…。あと、ぱっと見た時に数字が小さ過ぎたり行間が狭過ぎたりするから、無理矢理一枚に詰め込むんじゃなくて二枚に分けたほうが、とか…」

「あ、そのクレームは出たことあるなぁ」

 佐藤順也は思い出したようにあらぬ方向を見て考え込んだ。そして暫く経つとにっかり笑ってわたしを見る。

「なんだ。ちゃんと案はあるんだな。いや、ぼーっと画面を眺められているだけじゃ、何がどこまで進んでいるか俺には分からないだろう? だから、都度報告はして欲しい。報告する内容が無いなら、そのことも報告して欲しい。進捗状況を知らせるのも仕事のうちだからな。とにかく、取りかからないと問題点も見えてこないからぐ取りかかってくれ。今日は定時までそれをやってみて、結果、未完成でも失敗作でも構わないから、明日の朝どこまで進んだか報告すること。以上」

 そう言うと佐藤順也は打ち合わせコーナーから立ち上がった。そして、わたしを置き去りにしてすたすたとオフィスを出て行った。

 そう言えば、今日は外回りだったなぁ。あの言い方だと定時内に帰れないんだろうな。

 と言うことは、これから集中して取りかかればそこそこのものは出来る…と言うか、出来てないといけないって事?

 わたしは慌てて自分のデスクに戻って、ノートを開いた。

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