第3話 そして魔王は姫を攫った
暗い部屋の中。
オレは気配を研ぎ澄ませて、ある人物を探す。
気配を殺し、そっと目的の人物に近づき、手に持ったものを振りかざす。
そして鳴り響く不協和音。
カンカンカンカンカン!
「朝です、起きてください、陛下!」
オレは手に持った鍋とお玉をぶつけ、不愉快な騒音を発する。
こうでもしない限り、目を覚まさないのだ、この人は。
「う、うーん…あとごふん……」
「そう言って起きた試しがないではありませんか!起きてください!いい加減起きろクソ陛下!!」
「……ねぇ、今クソ陛下って言った?」
「言ってません。ああ。起きられたようですね。さあ、早く着替えて仕事を」
しれっとオレは嘘をつき、陛下をベッドから追い出す。
ベッドから追い出さない限り、隙をみて寝ようとするのだ。
これは経験談である。
毎朝毎朝こうなので、朝から疲れて仕方がない。
この仕事、辞めたい。
切実な願いである。
「ふわあぁ……ユート。今、どんな感じ?」
「なにがですか」
「同胞たちの様子だよ」
「あぁ……先ほど入った情報によりますと、陛下の配下を名乗る者がとある小国を襲撃し、その国の姫を攫ったようです」
「ふーん……そう」
めんどくさいことしてくれるなぁ、と陛下は呟く。
「ユート、朝食はまだ?」
「昼食の間違いでは」
「どっちでもいいじゃない。とにかく何か食べたい。お腹空いてなにも考えられない……」
「……自業自得だろ」
「今なんて言った?」
「なんでもありません。すぐ用意いたします」
オレは陛下の食事を用意するために、陛下の部屋から一時出る。
そして近くにいた者に食事の準備をするように指示をだし、すぐ陛下のもとに戻る。
油断をするとすぐに寝だすからだ。
3度の飯より寝ることが好きな魔王陛下なのである。
陛下が食事を終え、満足したように息を吐く。
「ふぅ。お腹いっぱいになったし、寝よう」
「いけません。仕事をしてください」
「えー」
「えー、ではありません」
俺が怖い顔で睨むと、諦めたように陛下がため息をもらす。
ため息をつきたいのはこちらの方なのだが。
「……わかったよ。さっきの話の攫われたお姫様はどうしてるの?」
「姫君はとある場所に監禁されているようです」
「うーん……放っておいてもいいけど、人間にあんまり恨まれたくないしなぁ」
「噂によると、勇者が召喚された、というものもあります」
「ああ。知ってる。一応、僕魔王だし?勇者が召喚されたのはわかっている。密かに勇者たちの動向も探らせている」
「……知ってて放置しているんですか」
「放置してないよ。ちゃんと僕の居場所がわからないように情報操作してるよ」
「……それ以外になにか対策は?」
「特に何も?」
「……そうですか」
この魔王は、危機感があるのかないのか今一つよくわからない。
よいしょ、と陛下が立ち上がり部屋から出ていこうとする。
オレは慌てて陛下を追いかける。
「陛下、どちらへ?」
「ちょっとそこまで攫われたお姫様を救い出して、馬鹿な真似をした同胞に罰を与えにいく。ユートもついて来てね」
いや、ちょっとそこまで、で済む話じゃないだろ。
そんなツッコミをする前にスタスタと陛下は歩き出す。
「僕に黙って勝手な行動をした罰は、受けてもらわないとね」
フフ、と楽しそうに笑う陛下の顔は、完全に魔王のそれで。
この人がただの昼寝好きなだけではない、と改めて思い知る。
普段の行動から想像もつかないほど、冷酷なのだ。
オレは罰を受ける同胞が気の毒に思う。
気の毒に思っても、同情はしない。
陛下の意に反することをする方が悪いのだ。
ここでは陛下の意思が絶対。それをわかったうえで勝手な行動をするのはただのバカだ。
「ひぃいい!!魔王様、どうか、ご慈悲を!」
「ご慈悲?これ以上ないくらいに慈悲を与えてやっているというのに、貴様はまだ足りないというのか?」
オレは冷酷な目で苦しむ同胞を見て嗤う。
同胞はひぃと悲鳴をあげて地面を転げ回る。
「遠慮しなくていいんだよ?さあ、もっとお食べ」
陛下はにっこりと笑い、同胞の口に黒くて丸いものを放り込む。
それをごくり、と飲み込んだ同胞はひぃいいいとさらに大きな悲鳴をあげる。
「美味しいだろう?そのチョコレート。トリュフ、と言うそうだよ」
「あ……あぁ……」
同胞はガクガクと震え、パタリ、と地面に倒れ込んだ。
どうやら意識を失ったようである。
「一個でこの効果かぁ……人間の作りだす物はすごいなぁ」
「……食べないでくださいよ?人間の作る“オカシ”なるものは我々魔族にとっては毒なのですから」
「えー。別に死ぬわけじゃないんだし、いいじゃない。ちょっとしばらく動けなったり魔法が使えなくなるだけでしょ」
「それでも我々にとって脅威であることには違いありません」
「ま、それもそうか。ああ、そうそう。勇者のうち、2人は“オカシ魔法”を扱うみたいだよ。気を付けないとね」
「なんですって……?それを早く教えてください!早急に対策を練らなければ……!」
「そんなに焦らなくてもまだ大丈夫だよ。それより、お姫様を探さないと」
なんでこんなに呑気なんだ、陛下は。
オレは頭痛を感じて額に手を当てる。
しかしそんなオレは思いっきりスルーして陛下はきょろきょろと辺りを見て、歩き出す。
ここは先ほどの同胞が所有している館である。
無駄に部屋数があるのでその中からお姫様を探し出すのは正直骨の折れる作業だ。
しかし、陛下は歩いている途中にある部屋を探す様子もなく、まっすぐどこかに向かって歩いている。
陛下にはお姫様のいる場所がわかっているのだろうか。
「ああ、ここだ、ここ。ここから同胞の魔力のにおいがする」
「におい、ですか?」
「そう。におい。さあ、この魔法を壊すか」
陛下がそう言って、扉をつん、と人差し指で触ると、バッと大きな魔法陣が現れ、粉々に砕けていく。
久しぶりに見た陛下の魔法は、いつ見てもすごい。
すごいことをなんでもない顔でサラリとやってしまえるこの人は、やはり魔族の王に相応しい。
これがこの人が魔王と呼ばれる所以なのだ。
陛下が扉を開けると、そこには美しい人間の姫がいた。
「……どなたかしら?いつも来る人では、ないみたい」
「…………」
「陛下?」
陛下が珍しく黙り込んでいる。
オレが訝し気に陛下を見ると、陛下はお姫様に見惚れていた。
まさか。
オレは嫌な予感がした。
「……これは、美しい姫だ。名前を、教えてくれないかな?」
「まあ。ありがとうございます。わたくしの名は、ミクと申します」
ミク姫は嬉しそうに頬を染め、そしてやはりうっとりとしたように陛下を見つめた。
ああ、またもや嫌な予感が。
「美しい方。あなたの名前も、教えてくださる?」
「僕の名は……プ…いや、スバル」
「スバル様……スバル様とおっしゃるのですね」
素敵なお名前、とミク姫は恍惚とした表情で陛下を見つめる。
陛下もそんなミク姫を見つめていた。
ああ、これは。
オレは頭を抱えたくなった。
「ああ。君を、助けにきたんだ」
「まぁ……嬉しい」
完全に二人の世界に突入している。
どうしてこうなった。
そして陛下。あんた、そのお姫様を最初見放す気でいたくせになにいけしゃあしゃあと、「助けにきたんだ」なんて言っているんだ。
陛下はオレを見ると、それはもう、とてもいい笑顔で言った。
「決めた。ユート。僕は彼女を連れて帰る。そして彼女を僕の花嫁にする」
「はあ!?」
「まぁ……そんな」
そこのお姫様!まんざらでもなさそうな顔するな!!
ていうか、花嫁にするって言ったかこの人!?
「ミク姫、どうか僕の花嫁になってください」
「まあ。そんな……とても嬉しいわ。でも、わたくし1人で決めるわけには……お兄様に許可を頂かなくては」
「では、君のお兄さんが許可をしてくれたら、僕と結婚してくれる?」
「ええ」
「なら今からお兄さんに許可を貰いに……」
「ちょっと待った!!あんた、魔王だろ!魔王がそんな軽いノリで人間の国に行こうとするな!」
「あ」
「まぁ……あなた、魔王でしたの?」
あ、ヤバイ。オレ余計なこと言った……。
陛下が一瞬オレを睨み、困ったようにミク姫を見つめた。
「魔王の花嫁は、嫌かな……?」
「魔王の花嫁は嫌ですわ」
ミク姫の言葉に陛下はショックを受けた顔をした。
「でも、あなたの花嫁は、嫌ではありませんの」
「わかった。君のためなら魔王の肩書きを捨……」
「勝手に捨てるなああああ!!!」
ころっと笑顔になった陛下にオレは渾身の力でつっこむ。
色々揉めた結果、ミク姫は攫ったまま、城に連れていくことになった。
オレの苦悩はさらに深まることになった。
この仕事、辞めたい。