題 「日焼け」
今年も夏がやってきた。
雨上がりの街には強い太陽光が降り注ぎ、不快指数が限界を超えてしまったんじゃないかと疑うほどに蒸し暑く、着ているセーラー服も汗でじとっと重くなっている。夏が来る度に涼しくなれと祈りはするものの、この国の夏は年々暑くなっているように感じる。
私は胸元をぱたぱた扇ぎながら隣を歩く友人の美波に話しかける。
「暑いね」
「そうだね。でも今日は午前授業で良かった。サウナのような教室にいるのは嫌だもんね」
そうは言うものの、美波の額に汗はなく、表情も涼しげに微笑んでいた。
「どうしてうちの学校にはクーラー無いんだろう。あーこれだから貧乏私立はー!」
美波のひく自転車がカラカラと音を立て続けている。
「その代わり水泳の授業が多いから良いんじゃない。夏穂は水泳の授業好きでしょう?」
「まぁね。でもやっぱり教室にクーラー欲しいなあ。水泳の授業があったところで、冷たいのは水の中だけ。ひとたび陸に上がってしまえば真夏日の熱波は私たちに降り注ぐんだ。しかし、教室にクーラーがあったらどうだろう。水泳後に教室に戻ると水の中同然の涼しさが私たちを待っているんだよ。教室移動がなければずっとその涼しさの中にいることができるんだ……」
熱弁する私を美波はしばらく黙って聞いていたが、突然、美波のひく自転車の音が途絶えた。
「……美波、どうしたの?」
歩みを止めた美波は木陰のちょうど被るところでうつ向いて立っていた。
「こんなことを聞くのは、どうなんだろうって自分でも思うのだけどね、夏穂に聞きたいことがあるんだ。」
「どうしたのさ、改まって。」
日向にいる私の肌は、夏の日差しにジリジリと焼かれているのがわかる程度に痛い。
不安げな表情の美波は言葉を続けた。
「ほ、ほら、少し前にさ、夏穂、田県先輩が好きだって話してくれたじゃない?最近その話を聞かないから、どうしたのかなーって」
「なあんだ。そんなこと」
私が美波に田県先輩の話を最後にしたのは半年以上前のことである。よく覚えていたなぁと違和感を感じつつ、話を続けた。
「新年度入ってすぐに、私、田県先輩に告白したんだ」
「えっ」
蝉の大合唱が全方向から響いてくる。
美波がそしてどうしたの、と聞いてきたので私は答えた。
「フラれちゃった」
美波は一瞬嬉しそうな表情になりかけたがこらえて、
「それは、残念だったね。ドンマイ」と返した。
美波も田県先輩のことが好きだと私が気づいたのは去年の夏のことである。
それをわかりつつ、私は田県先輩に告白をした。それはフラれることがわかっていたからだ。きっとその理由を美波はわかっていない。
「でも夏穂はどうしてフラれてしまったの?夏穂はポジティブで可愛いのに」
美波は必死に隠そうとしているのだろうが、幼いときから付き合いのある私には美波の裏の感情が丸見えである。美波はきっと期待している。しかし、私はその期待を打ち砕くことを言うしかなくなってしまった。こんなことで壊れる友情ではないが、長い友人を傷つけてしまうのに、少し覚悟を要した。
黙りこんでいる私の顔を美波が心配そうに覗きこんでいる。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「あのね、田県先輩は小牧先輩と付き合ってるんだって。だからフラれちゃった」
美波は明らかな涙目になってしまった。私はもう少しソフトな言い方をすべきだったと反省した。
「そ、そっか。あの小牧先輩が……」
小牧先輩は引っ込み思案でたまにギャルにからまれるような人だったので、私も最初聞いたときは驚いた。
「田県先輩から告白したんだって。だから小牧先輩を恨むようなことをしてはダメだよ」
「恨むだなんて!そんな!」
美波はどうやらまだ隠しているつもりらしい。
「……美波、思っていることはしっかりと言うべきだと思うよ。美波は隠しているつもりかもしれないけれど、私には丸分かりなんだから。」
夏にしては冷たい風が私たちのいる路地に勢いよく吹き込み、美波のセーラー襟をなびかせた。美波の手が震えている。
何かに耐えきれなくなったのかわからないが、美波は自転車にまたがり、私に何も言わずに走り去ってしまった。
私の肌は既に、日焼けで赤くなりはじめていた。