想い
「宮澤、入るぞー」
「何よ、また来たの?
暇なのね」
「へへっ。
宮澤に会いたいもん」
「なっ…じょ、冗談やめて!
馬鹿じゃないの!!」
「あれ、俺本気なんだけどな??」
折り鶴
「宮澤何かほしいもんある?」
「何、いきなり」
「もうすぐクリスマスだろ?
プレゼント買いたいんだけど、俺センスないからさー、
宮澤がほしいものにしようと思って」
「い、いいわよ、そんなの」
「えー、そんなこと言うなよ。
あんまり高いもんは無理だけど、そうじゃないなら何でもいいよ!」
「別に…」
言いかけてやめた。こんなこと言うのはらしくないと思ったのだ。
「あ、千羽鶴また増えてる。
すごいなー」
椅子に座ると壁に新しいのが掛かっているのが目に入り、思ったことをそのまま口にする。そんな素直で屈託のない無邪気さが人から好かれる理由であり、彼女もそんな所が好きである。
だが、その素直さが裏目にでることも当然あるのだ。
「?
宮澤?」
「…千羽鶴って、元は回復を願うものだけれど、難病や不治の病が連想させられるわよね」
「そうか?
あー、うん、でも確かにそうかも。難病ほど神頼みもしたくなるもんな」
「何だか、お前は治らないんだって、言われてる気分」
「そんなことないよ、ネガティブだな」
暗い空気を吹き飛ばそうといつものように彼が笑う。しかし、それは逆に彼女の心を乱してしまった。
「そんな無責任なこと言わないでよっ!」
固く拳を作り、自然と言葉にも力が入る。一瞬びくりとした彼は、しかし真っ直ぐに彼女を見つめた。
「もう半年以上もずっと病院!
何が“早くよくなってね”よ!!私だって早くここから出たいし学校も行きたい!皆と同じように遊んで、美味しいもの食べに行って、かわいい服を着て───っ、それなのに…。
それなのに、一向によくならないむしろ悪くなる一方で、だんだん連絡もなくなっていつの間にか皆来なくなって、お父様はお仕事であちこち飛び回って忙しいのに、月に一度は必ず来てくれる…お母様はお体が弱いのにほとんど毎日来てくれて…私、何もできない。
お母様とお父様がこんなに尽くしてくれても、何も返せない、元気な姿をお見せすることさえできない!だから皆いなくなったの、こんな、私なんかと居ても楽しいわけがないもの…」
「…」
「治らないのなら、はっきりそう言ってほしい。
私、思うの。千羽鶴は回復祈願じゃなくて、あの世に行くときに迷わないように鶴に導いてもらいなさいって意味なんだって。
…千羽鶴を見ると、“ああ、私死ぬんだな”って、おもっえて、きてっ…」
「そんなことない!」
ベッドの手すりが音を立てる。立ち上がってしまってから、しまった、と思った。彼は一度謝ってから、深く息を吐いた。
「…確かに、千羽鶴は重い病気のときほど折られるかもしれない、けど。
だけど、そんな悲しい意味じゃないよ!祈ったって意味ないって言うかもしれないけど…でも、ただ回復祈願ってだけじゃないと思う」
静かに静かに、自分が思ったことを精一杯伝えられるように言葉を探しながら語りかけた。彼がじっと彼女を見つめる。しかし彼女の表情は長い髪に隠され、見えない。
「“早く元気になってほしい”って思うのは、宮澤のことが好きだからだろ?大切だから、治ってほしいし、一生懸命千羽も鶴を折るんだよ。
俺、千羽鶴は想いが詰まってるものだと思う。あなたのことが大切ですって言えなくても、これなら伝えられるから。一人じゃないよって言ってるんだよ、この鶴は」
上手く伝えられたかわからない。少しでも励ませたらと、幼い頃自分が母親にしてもらったのを思い出し、優しく彼女の頭を撫でた。
彼女は少し驚いたようだが、抵抗はない。ゆっくりとした時間が流れた。
「…触らないでよ、庶民のくせに」
「あ、ごめん──」
「ありがとう」
「へ」
「喉が渇いたわ、何か買ってきてもらえる?
お財布はそこにあるから」
「え?あ、お、おう。
待ってろ、すぐ買ってくるから!」
何だか恥ずかしくて、急いで病室を出ようとする。
しかし、言わなければいけないような気がして立ち止まり、振り返る。
「宮澤」
「なに?」
「俺はいつまででも、何ヶ月でも何年でも、
お前が治るまで会いに来るよ。
絶対一人にしないから」
「──…」
「ご、ごめん!生意気、だよな!
行ってきま…」
「ったら、」
「ん?」
「治ったら、遊園地に連れて行って」
「!
喜んで!」
彼がにかっと笑う。
つられて、約束よ、と彼女も頬を染めて微笑んだ。
それを見た彼は今度こそ慌てて病室を出た。
『約束よ』
「─────…っ、ぁ、んぐ、うっ」
涙がぼたぼたと零れた。苦しい、苦しい苦しいくるしいっ…!あいつが治るならなんだってやります、神様。鶴だって何千羽でも折るし、俺の寿命分けられるなら迷わずあげる!どうして、どうして俺は何もできないんだよっ!!何で俺じゃなくあいつなんだ…っ!
ごめん、ごめん宮澤っ…俺は好きな子一人、救えない。
彼が想ってくれていることは彼女も知っている。けれど、その想いに答えられるはずがない。
私は、彼の隣で生きていくこともできないんだから。
「私も、あなたが好きよ」
その言葉は誰の耳に届くこともなく、
静寂の中に溶けて消えた。
『 想い 』