第8話 森での出会い
戦闘部隊の兵士は、城の敷地内の寮に1人1部屋与えられる。9時から18時までは城の内部にいなければいけないが、勤務が終われば各々が何をするかは自由である。
とは言え、オーリウスの侵攻はいつ来るかは分からない。そのため、たいていの兵士はスピーカーの聞こえる城の敷地内にいることが多い。
「あれ、ゼクスさん」
「おう。アスカ」
寮のお風呂に向かおうとしていたアスカは、玄関でゼクスを見つけた。ゼクスはいつもの戦闘部隊の服装で外に向かおうとしている。
「こんな時間にどこに行くんですか?」
現在、20時。勤務が終わり、自由な時間だ。
「ちょっと、訓練にな」
ゼクスが夜に訓練をしていることは、ラークが言っていた。しかし、この時間になると城には入れてもらえない。
「どこで訓練をしているんですか?」
「付いてくるか?」
ゼクスは、ニヤリと笑い、外に出て行った。
アスカは、慌てて刀を取りに帰り、ゼクスの後を付いていった。
アリステル城の周りは森と川で囲われている。城と各村は森と川を隔てて存在しており、一般人が気安く城に入ることはできない。
もちろん、即座に村に出兵できるように通路は縦横に確保されている。しかし、第5戦闘部隊が四六時中警備をしており、兵士といえども自由に行き来はできない。
「あの。森に向かってどうするんですか?」
寮を出たゼクスは、そのまま真っ直ぐ森へと向かって行った。
森には木々が雑然と並んでいる。手入れをする者はおらず、通路となる場所以外は木が生い茂っているため、森に入る者はほとんどいない。
ゼクスは、生い茂る木々を気にすることなく進んでいく。アスカは、付いていくのに精一杯だ。
「アスカ。着いたぞ」
ゼクスとアスカは木の間を抜ける。そこは、木が全くない、広場になっていた。訓練場くらいの大きさはある。円状の広場で、空の星を遮るものはなにもない。
「すごい」
おそらく、城と各村の中間辺りに位置している。通路からも外れており、訪れる者はゼクスくらいだ。
「たまたま、見つけたんだ。誰かいるところを見たことないけどな。俺の秘密の訓練場だ」
ゼクスは、誇らしい顔で言う。
「それ、僕に教えていいんですか?」
「お前も、強くなりたいんだろう? なら、大歓迎だ」
ゼクスとアスカは、一緒に訓練を始めた。
「ふわぁぁぁぁ」
翌日の朝。城の廊下を歩いていたアスカは、あまりの眠さに欠伸をした。昨夜ゼクスに付き合って訓練をしていたため、寝るのが遅くなったからだ。
「何だ。大きな欠伸だな」
隣を歩いていたゼクスは、平気な顔をしている。朝起きるのは苦手だが、起きたら眠気が吹っ飛ぶ体質らしい。
「っと。すいません」
ゼクスとアスカは、同時に『第4戦闘部隊待機室』に入る。中には、ルドルフしかいなかった。
「アスカ、ゼクス。今日は、休みだぞ」
「えっ」
戦闘部隊には、何か月かに1度の休みが存在する。9つある戦闘部隊が月替わりで1日の休みを取るのだ。休みを取る日は、各隊長が決めることが出来るが、必ずオーリウスの戦闘のあった次の日にしなければならないというルールが存在する。そのため、休日になるのは前日まで分からず、前日の夜に連絡がまわることが多い。
「聞いてないですけど」
「お前ら、昨日の夜、寮を抜けてどっか行ってただろ。だから、俺が今日ここで待ってたんだ」
ルドルフは、呆れたように言って、立ち上がる。
「あ、すいませんでした」
「という訳で、解散」
アスカとゼクスを残して、ルドルフはあっという間に部屋から出て行った。
「アスカ、寮に戻るか」
「はい」
アスカとゼクスは、疲れた声を出した。
「んー。いい天気だな」
午前中に一眠りしたアスカは、ゼクスに教えてもらった森の広場に来ていた。
周りは木に囲まれ、天井には太陽が輝いている。まるで別世界のようなその場所で、アスカは体を動かしていた。
「あれ。あなた、誰?」
突然、木の中から女の子の声が聞こえた。アスカは、慌てて周りを見渡す。風は吹いてないのに、1か所の木々が揺れていた。
アスカは、刀に手をかける。アスカの喉が鳴る。その瞬間、木の間から女の子が出てきた。
「君は、だれ?」
金色の髪を腰まで伸ばし、瞳は緑に輝いている。綺麗なドレスを身に着けているが、所々に葉っぱが付いていた。
「私の方が先に聞いたわよ」
女の子は、口をへの字に曲げる。
「あ、はい。僕は、アスカ・シノノメ」
「アスカ? じゃあ、あなたがお父様の言ってたコアの新人」
「なんで、そのこと。お父様って?」
への字だった女の子の口が、一の字を形作る。言葉に出すのを恐れているようだ。それでも、意を決したように口を開いた。
「私は、アリス・アリステル。今の国王、イニス・アリステルの長女よ」
「じゃあ、王女様!」
アリス・アリステル。10歳。現国王、イニスと女王、アンナの間に生まれた第1子だ。アリスの下には、弟が2人いる。面倒見が良く、優しいが、好奇心も強く、おてんばな性格だった。
「なんで、あんたこんな所にいるのよ。勤務はどうしたの?」
「今日は、休みです」
「敬語、やめて」
「でも、王女様ですから」
一介の兵士が、王女に対して敬語なしでは話せない。しかし、アリスは意見を曲げなかった。
「だって、おかしいわよ。あなたの方が年上なのに」
「でも」
「なら、こうしましょう」
アリスは木の間に手を突っ込み、2本の棒を持ってくる。その1本をアスカに手渡す。アスカは、不思議に思いながらも受け取る。
「勝負よ。先に手を土に付けた方が負け。あなたの武器も刀みたいだし、丁度いいでしょ」
「な、何言ってるんですか。王女様と戦えるわけ」
「だから、敬語やめてって言ってるでしょ!」
アリスは、棒を振り回す。アスカは間一髪のところで避ける。
「ほら、あなたも反撃しないと負けるわよ」
アリスの太刀筋は、アスカを追い詰めていく。アスカが本気を出していないとはいえ、その太刀筋は10歳の女の子のものではない。まるで、毎日訓練しているような。
「ちょっと待ってください。王女様。落ち着いて」
「落ち着いているわよ。あなたも兵士なら、反撃してみなさい」
アリスは攻撃の手を緩めない。
「くっ」
アスカの棒が、アリスの棒を受け止めた。
「あら、ようやく反撃する気になったの? でも、遅かったわね」
「えっ?」
アリスは、不敵に笑い、棒ごとアスカを押した。
「わっ」
アスカの足元が消えるのと同時に、アスカの身体も地上から消える。
「これで、私の勝ちね」
アスカは、大きな穴の中に落ちていた。
「これ、いつの間に」
「ここは、私の庭よ。いろんなところに罠があるの」
アスカは、穴から這い出る。
ゼクスは知らなかったが、森の広場は、アリスの遊び場だった。昼はいつもここに来ている。広場の中にはアリスの作った罠がたくさんある。アリスの罠に引っかからなかったゼクスは、幸運だった。
「なんで、敬語にこだわるんですか。あ、こだわるの?」
うっかり敬語になったアスカをアリスが睨む。
「私、友達が少ないの。ずっと、お城の中にいるから」
アリスが生まれたのは10年前。オーリウスの侵攻が始まった年だ。城の外は危険がいっぱいだと教えられ、城の敷地外に出ることを禁じられていた。そのため、同い年の子と遊んだことはほとんどない。周りにはいつも大人ばかりだった。
「だから、友達が欲しくて。あなた、出会った時は私を知らなかったわよね。それなら、そのまんまの私を好きになって欲しかった。本当は、名前だって言いたくなかった。でも、名前言わなきゃ、友達にもなれないから。でも、名前言った誰も友達になってくれない」
強気だったアリスの目に涙がたまる。それでも、流さないように、抑え込めているようだ。
敬語を使う人は友達ではない。友達が欲しいアリスにとって、敬語を使われるのは自分の望みを否定されているようなものだ。
アスカは、アリスの前にかがんで目線を合わせる。
「僕は、アスカ・シノノメ。君の名前は?」
「アリス・アリステル」
アリスは、アスカの言葉の意図が分からず困惑する。
アスカは、アリスの手から棒を取り、空っぽになったアリスの手を反対の手で握る。
「アリス。僕と、友達になってくれない?」
「う、うん!」
アリスの目にたまっていた涙が、堰を切ったかのようにあふれ出した。