第6話 言葉の魔術師
アリステル城には、『第1戦闘部隊待機室』から『第9戦闘部隊待機室』までが存在する。しかし、それらの部屋が存在している場所は、全く規則性がなくばらばらである。『第9戦闘部隊待機室』は、城の最奥に位置する王室の1つ手前の部屋にあった。
その部屋の前に立ったアスカは、刀を触りながら固い表情を浮かべる。アスカは意を決してドアをノックした。
「はい」
部屋の中から、女性の声がした。
「失礼します。えっと、アスカ・シノノメと申しますが」
アスカは、扉を開ける。部屋の中には、1人の女性がいた。返事をした女性だろう。
『第9戦闘部隊待機室』は、1つの大きな机を椅子が囲むような作りになっていた。『第1戦闘部隊待機室』と形は似ているが、部屋は狭い。コアや第1戦闘部隊と違い、部屋は1室分しかない。
その女性は、一番奥の椅子に座っていた。
「君が、アスカ君か。噂は聞いてるよ。私は、コナー・ムッセル。第9戦闘部隊の副隊長だ。よろしく」
第9戦闘部隊副隊長、コナー・ムッセル。茶色い長い髪に、色素の薄い瞳。今年30歳になる。武器は剣だが、戦闘はあまり強くはない。しかし彼女は副隊長の任に就いているだけあって、参謀の能力は長けている。特に空間把握能力に優れているため、戦場での即座の判断、指示には定評がある。
「第4戦闘部隊所属、アスカ・シノノメです。よろしくお願いします。あの、ジャンさんは」
「ああ。もしかして、コア特別のいつもの訓練かな? それなら、これ。隊長からだよ」
コナーは1枚の紙をアスカに渡す。
「何ですか? これ」
「訓練の一環。そこに書かれている場所に行けばいいから」
「はあ。ありがとうございます。失礼しました」
アスカは、扉を閉めて外に出た。
「あれが、赤き制裁か。強そうには見えないんだけどなあ」
部屋には、コナーの不思議そうな声だけが響いた。
廊下に出たアスカは、コナーに貰った紙を見た。
『双子の妹だけが持っているものが、双子の仲の良さの秘訣』
「は?」
紙に書かれていたのは、その1文だけだった。コナーが言っていたような、場所は書かれていない。
「間違えたのかな? でも、訓練の一環って言ってたよな。なら、これは暗号?」
一見、何の意味のない文に見える。しかし、これをジャンが書いたというのなら、暗号という考えはあるのかもしれない。
「暗号と読めば。双子の妹だけが持っているものが、双子の仲の良さの秘訣」
アスカは、無意識に刀を触る。
「あ。園庭か」
アスカは、園庭に繋がる廊下へと入り、園庭に向かった。
園庭は、王室のすぐ隣に位置するため、廊下を歩けばすぐの所にある。噴水を中心に置き、ベンチで囲み、多くの草花が植えられている。空気も良く、居心地のいい場所なのだが、訪れる者はあまりいない。
それは、王室のすぐ横のため、畏れ多いと考える人が多いからだ。そんなことも考えないほど、普段からイニス達王族の傍にいる、例えば各部隊の隊長達は、園庭に訪れるほど暇ではない。必然的に、園庭ではいつも閑古鳥が鳴いている。
「あれ。ラーク」
「おう。アスカ」
園庭には、ラークだけしかいなかった。ラークは、ベンチに座って、1枚の紙を見ている。アスカは、ラークの隣に腰を下ろす。
「その紙持ってここに来たってことは、俺の紙もご所望だろ?」
ラークは、アスカの前に紙を掲げる。
「それ、もしかしてジャンさんの?」
「ああ」
ラークは、手の中で紙をもてあそぶ。
「その前に、答えを聞かせてくれ。ただ当てずっぽうでここに来たわけでもないんだろ?」
「うん。まず考えるのに重要なのは、これは僕のために作られているってこと。つまり僕の持つ知識だけで解けるようになっているんだ。なら、双子っていうのは、コンデルさんとエンデルさんのことだと思って。そして何もかも同じ2人の妹、エンデルさんだけが持っているのは、エンという文字。双子の仲が良いっていうのは、コンデルさんたちのをそのまま考えると、男女の仲が良いっていうこと。男女の仲が良いっていうのは東洋の国の言葉で、おしどり夫婦って言うんだ。この言葉は、もともと鳥に由来している。つまり鳥が2羽いる状態。2羽、庭。エンと組みあわせると、園庭になるってわけ」
ジャンがこの暗号を作ったのは、アスカを園庭に来させるため。アスカのためだけの暗号だ。アリステルには他にも双子は存在するかもしれないが、アスカの知っている双子は、ジョーダン兄妹だけ。そして、ジョーダン兄妹について知っている情報は、名前のみ。その知識を使って解くなら、この答えしかない。
「さすが、アスカ。言葉の魔術師に引けを取らないな」
「言葉の魔術師?」
「ジャンさんの二つ名だよ。あの人のすごい所は、話術。巧みな話術で、情報を引き出したり、相手を翻弄する。そしてその情報を扱うだけの頭の良さも兼ね揃えている。アリステル1の参謀と言われる所以だ」
ジャンは、話術に長け、言葉を思いのままに操ることができる。その上知識も豊富で、暗号解読も得意である。そうして付いた二つ名が、言葉の魔術師だった。
「まるで、ラークみたいだね」
「俺なんか、及ばないさ。俺の情報すら、持っている可能性がある人だからな」
「ラークの情報?」
「っと。俺、そろそろ行かなきゃ。これ、次の暗号。頑張れよ、アスカ」
ラークは、アスカに紙を渡して去って行った。アスカは、ラークの態度を不思議に思いながらも、紙に目を通す。
『口の中心では球技しかできない』
「場所。だよね。なら、王室かな」
アスカは、先ほどとは違い自信なさげに呟く。それでも、出た答えの場所に行かなければいけない。アスカは王室へと足を向けた。
王室は、イニスの部屋だ。呼び出された時や、任命式のような行事がある時以外は、通常入れない。
しかし、今回は呼び出されたようなもの。それに、アスカには王室以外の場所は思い浮かばなかった。
アスカは王室への扉をノックした。
「入れ」
「失礼します」
王室の中には、イニスがいた。
「ああ。アスカか」
アスカは、イニスの所まで行き、跪く。
「えっと。今日は」
「そんな畏まらなくていい。訓練だろう?」
「え、てことは、イニス様も」
「私も預かってるぞ」
イニスは、1枚の紙を取り出す。
「その前に答えを聞かせてくれるか」
「はい」
アスカは立ち上がる。
「口の中心では球技しかできない。球技というのは、ボールを使う競技。ボール。玉。玉を口に入れると、国という文字になります。そして、もう1つ。入れるだけなら、中という言葉を使えばいいはず。でも、敢えて中心という言葉を使っているのは、意味があるのだと思いました。国の中心というのは、王様。つまり王様の居る場所。それは、王室です」
暗号から導き出される答えは、国の中心。しかし、それだけではどこかは分からない。国の中心から王様を連想して、場所という概念を入れて初めて王室という答えになる。
「なるほど。結果オーライといった所だな」
イニスの言葉に、アスカは驚きの表情を浮かべる。
「違うんですか?」
「半分は正解だ。でも、これはアスカの力を測り損ねたジャンの責任でもある。だから、答えはジャンに聞きなさい。これ、次の暗号だ」
答えが違ったとしても、次に進むしかない。イニスは答えを教えてくれないだろう。
「ありがとうございます。失礼します」
「ああ。頑張れよ」
アスカは、王室から出て行った。
王室を出たアスカは、次の暗号を見た。
『末尾にいる強者のみが使える、見えない言の葉』
「これは、あそこかな。確か、最初にゼクスさんに案内してもらった」
アスカは、コアの待機室がある方へ足を向けた。
コアの待機室は、城の中腹にあり、様々な部屋が集まっている場所である。コアの待機室の隣には、『第9戦闘部隊専用戦略室』がある。
『第9戦闘部隊専用戦略室』は、第9戦闘部隊の隊員のみが使える、戦略室である。その中には多くの情報が置いてあり、作戦を立てる時に扱われる。第9戦闘部隊の隊員は待機室よりも、戦略室にいることの方が多い。たとえオーリウスとの戦闘が始まっても、戦略室で作戦を立てる役割を担うことの方が多いからだ。そのため、戦略室にはどの場所への通信も可能な、最新の通信機器も置いてある。
アスカは、『第9戦闘部隊専用戦略室』の前に立っていた。無言で、ノックする。
「おう」
中から、男性の声が聞こえた。アスカは、その声に聞き覚えがあった。
「失礼します。アスカ・シノノメです」
アスカが扉を開けると、部屋の中にはジャンがいた。
「意外に早かったのぉ。学科Sなだけはある」
戦略室の中は、紙の束で溢れかえっていた。一応棚には収まっているが、乱雑に詰め込まれている。おそらく口外秘密の情報も置かれているのだろうが、こんなに無造作でいいのだろうか。
棚の他には、1人がけのデスクがいくつかと、大きな机が置いてあった。ジャンは、1人がけのデスクの所に座っている。
「ジャンさん。ってことは、正解ですか」
「そうじゃ。さっそく、答えを」
『ウゥゥゥーーーー。北の村メニアをオーリウスが侵攻を開始。空いている部隊は至急応援へ』
ジャンの言葉を遮るように、サイレンが響き渡った。