第3話 笑う演出家
アリステル王国の戦闘部隊には任命式が存在する。通常は、兵士養成学校を卒業したての時に行われ、その後各々の部隊へと配属される。しかし、コアのように隊長が入隊の合否を決める場合や、部隊を異動する者がいる場合は、もう一度任命式が行われる。
ルドルフ、レオ、ニーナ、アスカの4人は、王室に繋がる廊下を歩いていた。アスカは、心配そうにルドルフの引きずるものを見つめている。
「あの、それ大丈夫なんですか?」
アスカの指さした先には、眠っているゼクスがいた。
レオは、ゼクスを一瞥し、ため息を吐く。
「ゼクス。いい加減起きなさい」
「いって。なんスか」
ゼクスは、レオに叩かれた頭を押さえたまま、起きる。
「あれ、ここどこですか?」
ゼクスは、周りを見渡す。ルドルフとレオは、再度ため息を吐く。
「ここは…廊下。アスカの、任命式……」
「あっ、そうだったな。オレまた起きてなかったんスか? すいません」
ゼクスは、苦笑いをしながら謝る。
「全く、朝弱いのを直せと言っているだろう」
ルドルフは、呆れたように言う。
ゼクスは、朝が弱い。緊急の収集がない限り、いつも昼まで寝ている。昼間は、『第4戦闘部隊待機室』に詰めているが、夜は自由行動のため、ゼクスが夜に何をしているか、なぜ朝起きれないのかは誰も知らなかった。
アスカは、ゼクスの思いがけない弱点に、苦笑いをする。
「ん?」
急に、ニーナがアスカの後ろを見つめる。
「何ですか? ニーナさん」
ニーナに見つめられ、アスカの心拍が上がる。
「誰か…来るよ」
「え?」
「アッスッカー」
「うわっ」
ニーナの言葉の通り、アスカの背中に青年が抱きついてきた。
短く切った灰色の髪に灰色の瞳。背は、アスカと同じくらいだ。腰には、2本の刀を提げている。
「ラーク!」
アスカは、青年の顔を確認する。
「聞いたぜ、アスカ。コアに入隊できたらしいな。おめでと!」
ラークは、まるで自分のことのような喜びようだ。
「さすがに、情報が早いね。ありがとう」
「ん? あんま嬉しそうじゃないな。あっ、トラウマ克服しないといけないんだっけな」
「そんなことまで知ってるの? いつもどこから仕入れてくるんだか」
アスカは、苦笑いをする。
「っと。すいません」
アスカが、ルドルフたち4人の視線に気づき、4人の方に向き直る。
「僕と、同期の」
ラークも、ルドルフたちの方に向き、真剣な顔をする。
「第1戦闘部隊所属、ラーク・イストックです」
「第4戦闘部隊隊長ルドルフ・ヴェルヘンだ。第1戦闘部隊ということは、君が今年の首席か。噂に聞いてるぞ。そうとう優秀だそうだな」
第1戦闘部隊は、各年の兵士養成学校を首席で卒業した者が配属される。ラークは、学科、実技共にSの今年の首席卒業生で、アスカと同じ16歳だ。
「絶対支配の二つ名を持つコアの隊長のお耳にまで届いているとは。光栄ですね」
ラークは、恥ずかしそうに頬をかく。
「絶対支配…?」
アスカが首をひねる。
「ルドルフ隊長の二つ名だよ。今まで負けたことがなく、絶対に相手を支配することから、ついた二つ名だ」
「隊長のこと、よくご存じなんですね」
ラークはレオの方を向く。レオの微笑みに、ラークは笑顔で返す。
「隊長だけではないですよ。第4戦闘部隊レオ・イリアス副隊長。二つ名は黒き智将。敵味方共に恐れられる程の参謀らしいですね」
ラークはゼクスの方を向く。
「ゼクス・ショークブルク。二つ名は惨劇の道化師。名家ショークブルク家の次男。朝が苦手なのは、兄に勝つために夜中に鍛錬しているせいでしたっけ」
「なんで、それを」
ゼクスは驚いた顔をする。コアの一員ですら知らない、ゼクスの弱点の理由。それを、ラークは簡単に答えた。
ラークはニーナの方を向く。
「ニーナ・キャベル。二つ名は静かなる台風。無口無表情なのは、聞こえてしまう音のせいですか?」
「どうして…そのこと」
ニーナの無表情が歪む。
「そして」
ラークは、一旦下を向く。一呼吸置いて、顔を上げる。その顔は、変わらず笑顔だった。
「カルラ・ストラス」
「お前!」
ルドルフは反射的に拳銃を取出し、ラークの頭に銃口を向ける。レオは剣に手をかける。
「なぜ、お前がその名前を知っている」
ルドルフとレオの顔は、怒っているような、悲しんでいるような判別のつかない表情を描いている。
ゼクス、ニーナはカルラ・ストラスという名前に何の反応も示さなかった。ルドルフとレオが激昂するほどの名前なのに。コアの一員ですら知らない名前を、ただの新卒のラークが知っていた。
ラークは、表情を崩さない。
「俺は、敵ではないですよ」
ラークは、手でルドルフの銃を下ろす。銃は、重力に従って下りていく。それは、ルドルフが警戒を解いた証でもあった。レオも、剣から手を放す。
「ラーク。あなたは、誰の味方なんですか?」
ラークは、アスカを見つめる。
「俺は、アスカの味方です」
アスカの呆然とした目とラークの強い瞳が合う。アスカには、ラークの意図が分からなかった。ラークはそれを読み取り、苦笑する。
「そして」
ラークは、アスカから目を放し、全員を見渡す。
「アスカがコアの一員である以上、俺はコアの、アリステル国王イニス様の味方ですよ」
呆然とする全員を見て、ラークは笑みを深める。
「では、俺はこれで。これからアスカの任命式なんですよね。引き留めてすいませんでした」
ラークは、王室とは反対方向に去って行った。
ルドルフが溜め息を吐く。
「噂以上の情報収集能力だな」
レオは苦笑いをする。
「あれが、笑う演出家。隊長に対するあの度胸。手強いですね、彼は」
ラークの本質は頭の良さでも、力の強さでもない。人並み外れた情報収集能力だ。どこから仕入れてくるのか分からないが、ラークに知らない情報はないとまで言われている。その情報収集能力といつも笑顔のラークから、付いた二つ名が、笑う演出家だった。
「あの、すいません。ラークが」
アスカが遠慮がちに言う。
「アスカ。なぜ彼はあそこまであなたのことを」
「あっ…」
ラークのアスカに対する態度は、明らかに普通の友人関係とは異なっていた。
「分かりません。ラークとは養成学校で出会いましたが、その時からラークは僕に対してだけあんな感じでした。剣術も勉強もなんでも教えてくれました」
「そういえば、彼も腰に刀を提げてましたね」
「ラークは二刀流です。アリステルの出身なのに、どこで身に着けたのか」
アリステル出身の者が身に着ける武器は、主に剣と銃だ。アリステルで刀を製造している所は一か所しかなく、教えている所は全くない。刀を身に着けようと思ったら東洋の国に行くか、自己流でするしかないのだ。
アスカは、父親の剣術を見よう見まねで練習し、身に着けた。しかし、そのアスカよりもラークの方が剣術は上手だった。
ラークが東洋人ではないかとアスカは疑ったことがあるが、ラークから東洋人ではないと言われ、それで受け入れている。ただ、謎だけは残っている。
「そんなことより」
ゼクスが口を開く。
「カルラ・ストラスって誰ですか?」
普段冷静なルドルフとレオが、あそこまで激昂した名前。ゼクスとニーナは、聞いたこともなかった。
「それは」
ルドルフとレオは気まずそうな顔をする。ゼクスは、目線を外そうとしない。
「10年も前に死んだ者の名だ。お前たちには関係ない。そろそろ行くぞ」
ルドルフは、ゼクスと目を合わさずに王室の方へ歩いて行った。ゼクスは納得していない顔をしながらも、しぶしぶ付いて行った。
王室に向かう廊下には、多くの人が行き交っている。しかし、その廊下から園庭に繋がる廊下に入ると、途端に人がいなくなる。
そこに、笑顔で歩いているラークがいた。周りには誰もいない。
「あれが、第4戦闘部隊。コアか」
ラークの顔から、笑顔が消える。そして、刀を1本抜く。
刀身は銀色に輝き、全てを切ってしまいそうなほど鋭い。
「とりあえずアスカに害はなさそうだな。まあ、害があれば切り捨てるまでだ」
ラークは、刀を腰に戻す。慈しむような、懐かしむような顔で柄に触る。その仕草は、アスカによく似ていた。
「大丈夫。アスカは守るよ。イオリさん」
ラークの声は、誰の耳にも届かなかった。