第2話 トラウマ
『第4戦闘部隊待機室』は、2つの部屋をくり抜いて作られている。デスクが3つと、ソファが1つ。そして、ベッドが2つ置かれている。
アスカは、『第4戦闘部隊待機室』の1つのベッドに横になって眠っていた。時折、身じろぎをするものの、健やかに眠っている。
「んう」
アスカの黒い瞳が開く。
「あれ。ここは」
「起きたか」
アスカは、身を起こして声がした方を向く。そこには、ルドルフがいた。
「隊長」
ルドルフは、ソファの上で1枚の紙を見ている。
「隊長。僕は」
「覚えて、いるのか?」
ルドルフは、紙をソファの上に置き、立ち上がる。ベッドまで近づき、アスカの目を見つめる。
「覚えています」
アスカはルドルフから目を逸らす。
「ご迷惑をおかけして、すいませんでした。僕は、クビですか?」
アスカは、再度ルドルフの目を見つめる。
アリステル城には、『訓練場』と呼ばれるものがいくつもある。それは、兵士によって武器の種類が様々であり、武器に合わせた訓練場が作られているからである。そんな中、多種多様の武器の訓練に合わせた訓練場が1つある。
そこで、2つの金属音が鳴り響いていた。
「トラウマ?」
ゼクスがナイフでレオに切り込む。しかし、レオは剣で軽くいなす。
「そうです。アスカの経歴を調べたところ、出身は西の村コールスでした」
「コールス? どこッスか? それ」
「ゼクス。あなたいい加減座学も真面目に勉強しなさいって言ってるでしょう。そんなんだから私に勝てないのですよ!」
レオが、ゼクスを剣で吹き飛ばす。ナイフで受け止めながらも後ろに飛ばされたゼクスは、膝をついてバランスを取る。
「強さに頭の良さは関係ないッス。いいから教えてくださいよ。コールスって何なんですか?」
レオは、ゼクスの問いに答えずに、ゼクスに振りかかる。ゼクスは、ナイフで受け止める。
「副隊長」
ゼクスはレオの目を見つめる。
「10年前。何がありましたか?」
レオはゼクスに問いながらも切り込んでいく。ゼクスはレオの斬撃を受け止めながら答える。
「10年前。それくらいなら俺も知ってます。オーリウスが突然アリステルに侵攻を始めたんですよね」
「そうです。でも、オーリウスもいきなり中核に切り込んできたわけではありません。ある村を標的にしました」
「そのある村って」
「そう。オーリウスの最初の標的になった村がコールスです」
レオは攻撃を止める。ゼクスは唖然とした表情でレオを見つめる。
「なら、アスカのトラウマっていうのは」
「隊長の話しによると、アスカは血を見てから、両親の名前を呼んでいたそうです。アスカは10年前に両親を亡くしています。おそらく、血を見てその時のことを思い出したのでしょう」
オーリウスの侵攻によって両親を亡くしたアスカ。血を見ると、その時の記憶が思い起こされ、ストッパーが外れてしまうようになった。
「それが、赤き制裁の真実」
ゼクスは呟いて、レオを睨む。
「何ですか? ゼクス」
レオは睨まれながらも、飄々としている。
「隊長も副隊長も、アスカがトラウマを持ってるって知ってましたよね?」
ゼクスの問いに、レオは微笑む。
「ゼクスにしては、カンが良いですね。それでなぜ、怒っているのです?」
「オレが怒っているのは、知っていながらあいつを戦場に出したことです。わざわざトラウマな状況に曝さなくたって良かったはずです。アスカの傷口を広めるような真似をして」
「なるほど。ゼクスはそこまでアスカのことを気に入っている訳ですね。そして」
レオは、突然右手で剣を振るう。金属音がして、真っ二つになった銃弾が床に落ちた。
「ニーナも」
レオとゼクスは同時に訓練場の入り口に目を向ける。そこには銃を構えたニーナが立っていた。無表情だが、手は力んでいる。
「私たちの話しを聞いていたんですね。ニーナもゼクスもそんなに怒らないでください。私たちにとっても、想像以上だったのです」
ルドルフとレオは、事前にイニスからアスカについて聞いていた。しかし、赤き制裁になることについて、詳しくは聞いていない。まさか、血がきっかけだとは思わなかったのだ。そして、その力についても。
「でも、同時に、期待以上のものを手に入れたとも思ってますよ」
「期待以上のもの?」
ゼクスとニーナは首をかしげる。
「強すぎる力を持つ者は、恐れられる。それは、あなたたちもよく分かってますね? でも、隊にとって大切なのはチームワーク」
強すぎる力を持つ者は、他の者から敬遠される。だが、チームワークを養うには、敬遠されていけはいけない。
「ゼクスもニーナも、アスカのために怒りました。それだけ、アスカを大切に思っている証拠だと思います。それは、簡単には手に入らないものです」
「ということは、アスカもコアの一員に?」
ゼクスの目が輝く。
「さぁ。それは、隊長の決めることですからね」
レオは意地の悪そうな顔で笑った。
一般的に、戦闘部隊の入隊の合否は、国王であるイニスが決めている。しかし、コアへの入隊の合否だけは代々隊長が決めることが出来るようになっている。それもコアの特色の1つだが、いつからの決まりなのかルドルフは知らなかった。
「アスカ。どうしてコアを志願した。お前の成績なら、参謀メインの第9戦闘部隊の道もあったはずだ。自分のトラウマを知っているのなら、なおさら」
第9戦闘部隊の特色は、主に参謀の素質がある者によって構成されている。戦場での役割も、他の部隊が動きやすいように作戦を立てることだ。
アスカの学科の成績は最高位のS。ストッパーが外れた時の戦闘能力を抜きにすると、完全に参謀向きだ。
「確かに、卒業の時、そっちの道を進められました。卒業試験で明らかになった僕のトラウマを、先生たちは恐れていました。でも、僕はどうしてもコアに入りたかったんです」
「どうして」
アスカはベッドの横に置かれている刀に目を向ける。刀を通して、別のものを見ているようだった。
「僕は小さいとき、コールスに住んでいました。父と母と、平和に暮らしていました。でも」
アスカは刀から目を話し、ルドルフを見つめる。
「隊長なら、ご存知ですよね」
「西の村コールス。オーリウスの最初の標的になった場所だな。当時、侵攻なんて思ってもいなかったアリステル王室は、戦闘部隊を派遣するのが遅れてしまった。その結果、多くの民衆が犠牲になった」
ルドルフは、当時を悔やむように拳を握る。
当時、ルドルフはコアの副隊長だった。もちろん、コールスに派遣され、そして多くの犠牲者を見た。助けられなかった人。コールスの光景。全て、ルドルフの心の中に残っていた。
「はい。僕の両親も、その犠牲者の1人です。僕も殺されそうになりました。でも、その時コアの人たちが助けにきてくれました」
アスカは、ルドルフが10年前もコアだった事実を知らない。
「地獄のような世界で、コアはたった1つの希望になりました」
しかし、アスカの言葉は、助けられなかった多くの犠牲者を悔やんでいたルドルフの心を、確かに救った。
「だから、僕はコアを志望したんです」
ルドルフは、無言でソファに置いた紙を取り、アスカの前に掲げる。
「アスカ。不合格ではない。だが、強くなれ。強くなって、トラウマを克服しろ。正常な状態で、あの力を出せるようになれ。コアに入りたくて兵士を目指したお前なら、出来るはずだ」
「は、はい!」
アスカは精一杯の力で頷いた。