第1話 赤き制裁
アリステルは、南部に大きく広がる国である。現国王、イニス・アリステルが住むアリステル城を中央に据え、多くの村が集まって出来ている。
アリステル城には、国王を始め、戦闘部隊が常勤しており、オーリウスの侵攻に素早く対応できるよう整備されている。
「ったく。何でこんな朝早くから呼び出されるんスか」
アリステル城の王室に繋がる廊下を4人の青年が歩いていた。4人とも、戦闘部隊の制服に身を包んでいる。
眠たそうに呟いたのは、第4戦闘部隊所属、ゼクス・ショークブルク。今年、20歳を迎えたばかりだ。短く切った茶色い髪の毛。鋭い目つき。そして、身体の至る所にナイフを隠し持つ、ナイフ使いだ。
「…新人……来る」
ゼクスの呟きに、4人の中で唯一の女性が答えた。
彼女の名前は、第4戦闘部隊所属、ニーナ・キャベル。今年で18歳になるが、背だけ見ると、10歳くらいの子供だ。ふわふわの亜麻色の長い髪。無表情の顔。腰には、2丁の拳銃を提げている。
「マジかよ! ニーナ。隊長。どんな奴なんスか?」
ゼクスは、1番前を歩いていた男性に声をかける。
「アスカ・シノノメ。16歳。養成学校を卒業したばかりでコアを希望した変わり者だ」
答えたのは、第4戦闘部隊隊長、ルドルフ・ヴェルヘン。まだ26歳だが、10歳で第4戦闘部隊の副隊長になった天才である。角切りの茶色い髪。厳格そうな顔。腰には、ニーナよりも大きな拳銃を1丁提げている。
「うわ。楽しみだな。強いのかな」
ゼクスの顔に、鋭い笑みが浮かぶ。戦いたくて堪らない。そんな表情だ。
「ゼクス。そろそろ黙りなさい。部屋に着きます」
テンションの上がっているゼクスを諌めたのは、第4戦闘部隊副隊長、レオ・イリアス。4人の中で一番背が高く、今年24歳になる。肩まである金色の髪。温和そうな表情。一見、優しそうに見えるが、怒らせたら怖い優秀な参謀として知れ渡っている。
「はーい」
ゼクスが素直に返事をし、大人しくなる。
それを見計らって、ルドルフが王室のドアをノックした。
「入れ」
中から、男性の声がした。堂々とした、力強い声だ。
4人は、無言で中に入る。
王室には、奥に椅子があった。そこには、現国王、イニス・アリステルが座っている。その椅子までの道には、赤い絨毯がしいてあり、他には誰もいない。
4人は、イニスの前まで行き、跪いた。
「アリステル第4戦闘部隊。参上いたしました」
ルドルフの重々しい声が響く。
「ああ。いい。楽にしてくれ。朝から呼んで悪かったな」
イニスは、微笑みながら言う。その言葉を聞き、4人は立ち上がる。
「いいえ。私たちは、第4戦闘部隊であるのと同時に、アリステル王直属戦闘部隊コアでもあります。私たちの身は、王のものです」
レオの返事に、イニスは満足そうに頷く。
アリステル王国には、第1戦闘部隊から第9戦闘部隊までがある。それぞれの部隊が1つの特色を持っている。第4戦闘部隊の特色は、アリステル王直属の戦闘部隊を兼ねていることである。つまり、アリステル王国よりも、アリステル王を優先する部隊であるということだ。その特色から、彼らはコアと呼ばれている。
「今日呼んだのは、コアに入りたいという者がいるからだ。アスカ。入りなさい」
王室の奥のドアが開き、1人の青年が入ってくる。
「アスカ・シノノメです。よろしくお願いします」
アスカが頭を下げる。
アスカ・シノノメは、今年16歳となる、新卒の兵士だ。短く切った黒い髪。気の弱そうな顔。腰には、1本の刀を提げている。
「アリステル第4戦闘部隊兼アリステル王直属戦闘部隊。通称コアの隊長、ルドルフ・ヴェルヘンだ。よろしく頼む」
ルドルフが右手を差し出す。アスカは、その右手を握り返す。
「私は、副隊長のレオ・イリアスです。武器は、刀ですか。確か、東洋の武器。珍しいですね」
レオは、アスカの腰にある刀に目線を送る。
「東洋人の父の形見です。僕は東洋人とアリステル人のハーフなんです」
アスカは、慈しむような、悲しむような顔で、刀を撫でた。
「ルドルフ。本人の希望の配属とはいえ、最終的に決める権利はお前にある。使えないと思ったらいつも通りお前の権限でクビにしていいからな」
「はい」
ルドルフは、神妙な顔で頷く。
「アスカ。ルドルフに認めてもらえるよう、頑張れよ」
「は、はい!」
アスカは、緊張した顔で返事をした。
「ニーナ、ゼクス。お前らはアスカを案内してやれ。出兵の合図が来たら集合しろ。アスカもだ」
「はーい。分かりました。行くぞ、ニーナ、アスカ」
「はい!」
ゼクス、ニーナ、アスカは、王室から出て行った。
「さて」
3人を見送ったルドルフは、イニスの方に向き直る。先ほどの神妙な顔とは違い、親しい人物に話しかけるような慣れた表情だ。
「それで、どうして呼び出したんですか?」
「ん? だから新人を紹介するためだと」
「何、言ってるんですか。隊長。いつもは俺に任せっきりで、認めたら紹介しろって言ってるくせに」
ルドルフの口調がくだけたものに変わる。
ルドルフが10歳でコアの副隊長になった時、隊長はイニスだった。ルドルフにとってイニスは国王である以前に、親しい上司なのだ。付き合いの長い2人の距離感は、イニスが国王に、ルドルフが隊長になってからも変わらない。
ルドルフの態度に、イニスは軽く吹き出す。
「私はもう隊長ではないぞ、ルドルフ。用事は本当にアスカを紹介することだけだ」
「逆に言えば、直々に紹介するほどの何かが、あの子にはあるってことですね。隊長」
「お前もか。だが、その通りだ、レオ」
イニスは、レオを指さす。
レオは、イニスがコアの隊長、ルドルフが副隊長だった時からの隊員だ。レオも、3人だけの時は態度を変えるつもりがない。
「彼の養成学校での成績は学科Sに対して実技はCだった。つまり完璧な参謀向きだ。しかし、卒業試験。出向いた戦地で彼は敵を皆殺しにした」
「えっ」
ルドルフとレオは同時に声を上げる。
兵士養成学校の卒業試験は、戦地に出向き、実際の戦闘を評価される。先生が付いているとはいえ、死が伴う危険な試験だ。
「皆殺し! 養成学校を出たばかりのガキがですか?」
「しかし、事実だ。そして、それだけではない。彼は養成学校の先生が10人がかりで気絶させるまで攻撃を止めなかったそうだ。敵味方、関係なく」
「何かの間違いでは? 卒業試験で敵を皆殺しにしたなんて話し初めて聞きました。絶対支配の二つ名を持つ隊長でさえ、敵の半分しか倒せなかったのに……」
大体、敵を1人殺せれば良い方だ。そんな中、ルドルフは50人程いた敵の半分を1人で倒した。彼はまさに天才と呼ばれるに相応しく、ルドルフに付いた二つ名は絶対支配だった。
しかしアスカは、そんなルドルフを大幅に上回る力を見せている。しかも、養成学校にいる時には発揮されなかった力をだ。
ルドルフとレオは息を呑む。
「そうしてついた二つ名は、赤き制裁」
「そんな危険なやつには見えませんでしたけどね」
「だから、お前たちに見極めてもらいたいんだ。お前たちは一人一人がアスカを上回る力を持っている。アスカも丁度良くコアを志願した。危険かもしれないが、戦力になることは事実だからな。アスカ・シノノメは私たちの味方になりうるのか…」
強い者は歓迎される。しかし、強すぎる者、他にない力を持つ者は、疑われ恐れられる。
ルドルフとレオはイニスの真意を理解し、跪いた。
「王の命令とあらば」
イニスは、満足そうに頷いた。
王室を出たゼクス、ニーナ、アスカの3人は、アリステル城の中を歩き回っていた。
「オレの名前はゼクス・ショークブルク。20歳だ。よろしくな。んで、こっちのちっこいのは……」
「ニーナ・キャベル……。17歳。…よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
表情を全く変えないニーナに、アスカは戸惑った返事を返す。そんなアスカの心を読み、ゼクスはフォローを入れた。
「こいつ無口無表情なんだ。気にすんな。あっ、こっちが訓練場。あっちが待機室。まあ、追々覚えればいいだろ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ゼクスが指さした方向を、アスカは丁寧に確認する。
部屋はたくさんあるが、それぞれに『訓練場』『第4戦闘部隊待機室』『第9戦闘部隊専用戦略室』などのプレートが貼ってある。
『ウゥゥゥーーーー』
突然、サイレンが響き渡った。
『東の村インをオーリウスが侵攻を開始。空いている部隊は至急応援へ』
スピーカーからの声に、ゼクスが顔色を変える。
「出兵の合図だ! 行くぞ、ニーナ、アスカ」
「はい!」
3人は、走って外へ駈け出した。
東の村インは、約500人の村人が暮らしている。主に農業で生計を立てており、国内シェアの半分以上を占めている。
インに先に到着したのは、ルドルフとレオだった。
「これは、ひどいな」
至る所から上がる炎。倒れている村人。平和だった村の面影はどこにも残されていない。
「隊長! 状況は」
ルドルフとレオの元に、ゼクス、ニーナ、アスカが駆け寄る。
5人は、物陰に身を隠して座り込んだ。
「敵が多い。レオ、作戦を」
「はい」
コアの参謀担当は、レオだ。
「ゼクスが切り込んで、私が援助します。ニーナは1人で暴れてきてください。隊長は今日はゼクスとニーナの取りこぼした者をお願いします。アスカは隊長の傍に。着任してすぐの出兵で緊張するかと思いますが、自分の身は守れますね?」
アスカは、緊張した顔で頷く。右手は、無意識に刀を触っている。
「では、作戦開始」
レオの合図に、各々が動き出す。
「アスカ。こっちだ」
心配そうな顔で周りを見ているアスカを、ルドルフが物陰に誘導した。
「大丈夫だ。ゼクスとニーナの取りこぼしなんて、そうは来ない」
「はははははははは」
ゼクスの笑い声が響く。
ゼクスは笑顔で、ナイフで敵を切り刻んでいく。
「あいつの二つ名は惨劇の道化師。笑いながら敵を殺す戦闘狂だ」
ゼクスは、戦うことが好きだ。強くなることにこそ、意義を感じている。そんな彼は、戦闘の中で喜びを感じている。そうして付いた二つ名が、惨劇の道化師だった。
「ニーナさんは」
アスカは周りを見渡す。ニーナの姿はどこにも見当たらない。
「ニーナは探しても無駄だ。戦闘の時、あいつの姿は見えない。静かに近づいていつのまにか銃で殺す。うるさいゼクスとは逆だな。二つ名は静かなる台風」
ニーナは、戦場でも無口無表情だ。だから誰にも見られず、静かに敵を殲滅していく。そうして付いた二つ名が、静かなる台風だった。
「惨劇の道化師と静かなる台風」
「アスカの二つ名も聞いたぞ。赤き制裁だったか」
アスカの身体が、かすかに震える。
「それは」
「しっ。敵だ」
ルドルフが、アスカの口を塞ぐ。
ルドルフは、腰から銃を取り出す。アスカも、真剣な顔で刀を抜く。
「来るぞ」
3人の兵士が道の角から姿を現す。
「くそっ。ここにも敵が」
「やるしかないぞ」
兵士は剣を抜き、ルドルフとアスカに襲い掛かる。
「無駄だ」
ルドルフは、2人の兵士を銃で殺した。1人の兵士は、アスカの方に切りかかる。
「アスカ!」
アスカは、兵士の剣を刀で受け止める。
「うっ。重い」
徐々に、アスカの腕が下がっていく。
「なんだ。戦いは初めてか? すぐに楽にしてやるよ」
兵士は力のないアスカを嘲笑う。
「楽になるのは、お前だ」
ルドルフは兵士を後ろから撃つ。
「くそっ」
兵士は最後の力を振り絞って、アスカの腕を斬った。
「アスカ! 大丈夫か?」
ルドルフがアスカの腕を見る。
「良かった。かすり傷だな」
かすり傷の腕を見て、ルドルフは安心したように呟く。アスカの腕からは、血が少し出ているだけだ。
「あっ、あっ」
「アスカ」
ルドルフは、自分の血を見て固まっているアスカの顔を覗き込む。アスカの目は虚ろで、何も映していない。純粋な黒が浮かんでいる。
「あっ。お父さん。お母さん」
「アスカ? 大丈夫か!」
アスカの目から、涙が流れ、血を潤す。
「アスカ? どうした」
ルドルフが、アスカの肩を掴む。しかし、アスカは、自分の血を見つめたままだ。
「あっ………。あっ、うわぁぁぁぁぁぁ」
アスカは叫んでルドルフの手を振りほどく。
「アスカ!」
アスカはルドルフの声を聞かずに敵のいる方へ走っていく。
ルドルフは後を追いかける。
「レオ! ゼクス! ニーナ!」
「隊長」
レオ、ゼクス、ニーナは突然来たアスカの戦闘を呆然と眺めている。
アスカは泣きながら、敵を斬り殺している。その瞳は、敵を見ていない。空虚な瞳だ。まるで、リミッターが外れたように、刀を振り回している。
「なんだ、あいつ。あんなに弱そうだったのに」
敵の血で血まみれのアスカは敵を全員倒し、4人の方を振り向く。アスカの目は泣き腫らし、真っ赤に染まっていた。
全身を赤く染めたアスカは、その場に気を失った。
「これが、赤き制裁」
ルドルフの呟きは、静かな戦場に響き渡った。