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仄ペシミズム

作者: 左傘 蕨

 あぁもうみんなみんな大嫌い。


 降りしきる雨の中。いつもなら五月蝿いさざめきもしっとりと吸い込んで響くのは雨音だけ。

 色とりどりの傘が咲き乱れて。

 ヒソヒソとかすかに聞こえる誰かの声ばっかり頭の中で響いてる。


 もう五月蝿いよ。黙ってよ。

 みんな、しねばいいのに。


 ----


 ざあざあと音を立てて大粒の雨粒が落ちていた。シャッターの降りた軒下でそれをぼおっと見上げる。

 髪も制服も冷たく張り付いてこれ以上なく鬱陶しく、気持ち悪い。新しく下ろしたばかりの靴も、サイズがあっていなかったのか足に小さな傷を作るだけ。

 ……あぁそうだ、次を面倒臭がって少し大きめのサイズを買ったんだ。


 どれもこれも神経を逆撫でするばかりで不愉快。

 冷たく冷え切った体も、鈍いのか鋭いのか良くわからない痛みも、どれもこれも。


 吐き気がするくらいに気分が悪い。


 さっきまでちらほらと、降り出した雨から逃げるように駆け足で消えて行く人もいたし、一つの傘に二人で入って仲睦まじく笑顔を浮かべた人もいた。

 けれど今となってはもう終わった話。あたりもすっかり暗くなって暗い中にぼんやりと濁った街灯の灯りが揺らめくばかり。

 人影がないことが、何故か安心感を与えてくれて。

 人の声がひとつも聞こえないことがこれ以上なく不安な気持ちを煽り立てる。


 幸せそうな人をみれば自分の持ちえないものを当たり前のように持ち合わせて幸せを甘受していると言う事実を嫉んだ。

 急ぎ足に何処かへと向かう人をみれば向かう先があることを、帰る先があることを妬んだ。

 現状を恨む声が聞こえれば、恨まなくて良い当たり前を越えて来たことと恨まなくて良い未来を夢見ていられることに羨望を覚えた。


 そしてなにより。


 恨んで妬んで嫉んで。それでいて結局何者にもなれない自分を呪った。



 ざあざあと連なった音で地面を打つ雨粒がはぜてじわりと痛みの滲む足を濡らした。

 ぴちょん、と。じっとりと水を含んで重たい髪から冷たい雫がおちる。

 しどどに濡れたからだは冷たくて、いつも燻っている筈の芯の方の温もりも感じられない。

 不愉快でどうしようもなくて、陰鬱。

 ぜんぶしね、って思ってるのと同時に何も変わらずに独りだけ居なくなれたら、とも思っている。


「……帰りたいなぁ」

 帰る場所もないのに。


 雨は、嫌いだ。

 こうやって、嫌なことばっかり思い出して。思い出したところで意味なんてないってわかってる筈なのに。


 途切れない雨音が気持ち悪い。耳の裏側で水の音が神経を逆撫でするんだ。

 やり場のない苛立ちが募る。

 このままこの土砂降りの中突っ切ってしまおうか。行く当てなんてないから、今日の宿を探しながら濡れて行こうか。

 それも悪くないかな。

 きっと何も考えなくて良い。


 もしも、そのまま力尽きてしねたなら、それはきっと素敵なのにな。


 しぬ気概もないくせによく言うよ。


 嗚呼もう、やんになっちゃうな。

 もう、何も見たくないや。


 ---


「今晩は。良い夜だね」


 があがあと耳の裏に雨音ばかりがへばりつく真っ暗闇の中に別の音が混じった。

 閉じていた目を開いて、声に目を向ける。


 幽かな明かりに照らされたのは、少し小さめの人影。

 薄汚れた色に見えるのに艶やかな髪がしっとりと垂れている。一つに括られたそれがふわりと、首を傾げた動きにあわせて揺れた。


 良い夜、だなんて。

 巫山戯てるのかな。頭が沸いているのかな。どっちでも良いけど。


「返事をしてくれないか。……まぁ初対面だものね、良いよ。……でも、少し話をしない?雨が止むまで暇なんだ」

 何処か寂しげな笑顔はなんとなく、いつかみた縋るような面影と重なる気がした。


 雨が止むまで。

 馬鹿みたいだけど。でももしそれで少しでもこのわけもわからない苛立ちから目を背けられるのなら、それも悪くない気がする。


 何より、延々と頭の中で響く雨音が少しでも薄まるなら。その方がずっと良い筈だから。


「良いよ、少しくらいなら付き合ってあげても」

 不覚にも、そんなこと思ってしまった。


 ---


「話しかけたのはわたしだからね。わたしから少し話そうか」

 錆びかけ、薄汚れ、落書きがこれ以上なく似合う、降りたシャッターに背中を預けた彼女は何処か、遠くを見るように目を細めた。

 此処にいるのに、ここで無い何処か遠く昔に思いを馳せるようなその仕草は、とても嫌い。何もかも嫌いって言い張る中でも、特に嫌いだ。

 まるで、目の前にいる誰かを認識していないかのようで、とても不愉快。


「わたしは、さがしてるんだ。探して、捜してるんだ」

 此処で無い何処かに目を向けたまま、名前も知らない彼女はぽつりぽつりと言葉を吐く。その様は誰かに聞かせるためでなく、まるで自分に言い聞かせるよう。


 彼女の幽かに赤みを帯びた目がゆらゆらと揺れる。


「人をさがしてる。関係をさがしてる。おもいをさがしてる。……居場所を、さがしてるの」

 途中で小さく息を吸った彼女は俯き加減にそう、呟いた。年相応に頼りなさげに、弱々しく。

 何処と無く飄々として人を食ったような印象を受けていたのに、それとはまるで似てもつかない。

 少し、面食らってしまう。

 なにより、

「少し、意外。初対面の人にそんなこと話すとか……」

 馬鹿なの?

 口には出さなかったけれど、きっと最後に言いかけた言葉は伝わる筈。

 ほら、弾かれたように顔をこちらに向ける。

 そして、きっと睨むんだろうな。こうやっていつも周りの機嫌を損ねるんだよ。


【しかし彼女(・・)に目を向けると彼女(・・)は驚いたように目を見開いていた。

 そして、まるで、懐かしむように。

 どうしようもなく泣きそうな顔で。それでも嬉しそうに。彼女(・・)はほんのり、零れるように笑った。】


 ……景色がだぶるような気がした。重なるようにまったく別のふたつの絵が揺れて、そしてもとの独つに戻る。そんな錯覚を覚えた。


 なんで、笑う。

 そんな泣きそうな顔で。

 なんでわたし(・・・)じゃないナニカをわたしに重ねて。遠くを見るの。

 わたしを通り越して、その目になにを映して、そんなに嬉しそうに。

 心が、一瞬で醒めた気がした。


 さいてい。な、気分。


 ざあざあと。雨の音が帰ってくる。なにも聞こえないような気がした。なにも聞きたくないような気がした。

 目の前の何もかも。目の前の彼女も、真っ暗な、透明に見える。


 ひどく、とおい。


「馬鹿でも良いよ。……少し、懐かしくて。何より、よく似ている。君は、わたしに。そして()に、とても。だからかな?だから、きっと話した」

 うわんうわん、と頭の奥で彼女の声が聞こえた。


 ……自分(わたし)


 少しだけ引っ掛かった。

 散り散りになりかけていた思考を少しだけ掻き集めて思う。彼女の言う彼、が誰かはわからないけれどきっとわたし、と言うのは彼女のことでしょう?でも、それってなんか、可笑しい。そんな気がする。


「……ぇと、あなた、は……」

 ほんの少し声を出さなかっただけなのに少しだけ掠れた声がでる。それに、呼び掛けようとして名前も知らないことに気付くなんて、ね。


 名前を知りたいとも思わない。この場で少し言葉を交わしてあしたには忘れてような、そんな関係に過ぎないことは重々わかってる。そんなことにいちいち心を割いてるようじゃあ到底、やっていけないことだってわかってる。

 思い返したみたところでここら数年どころかここ数日、今日一日。それらの出来事を殆ど記憶に留めずに、空っぽのまま日々を浪費するわたしがこの少しの会話をあしたまで記憶に留めているなんて、そんなこと思えないから。


 だから、これで良い筈なのに。

 どうしてこんなに、少しだけ、虚しい?


 名前を知らないことがなんだって言うのか。知ったところで呼びかける筈もないのに。

 馬鹿馬鹿しい。

 勝手に期待しちゃって、本当にばかみたい。


「……コノメ、」


 透明に暗んだ景色の中で、融けて解けた輪郭がゆっくりと映像を結び直す。

 映ったのは、少し寂しそうな顔をした彼女。

 寂しそうに笑顔を浮かべた、彼女は真っ直ぐにあたしをその目に映して。

 わたしに向かって言葉を吐いて。

 わたしだけを見た。


 心が揺らぐ気がした。


 わたしを見てくれるかも、なんて。そんな妄想、してる暇ないのに。

 少し、だけの喜びをもって、それには気付かないふりをして。彼女に指を一つ、向ける。

「……コノメ?」

 寂しそうに、笑顔を浮かべた彼女はゆっくりと頷く。


 なら、わたしも少しくらい、この状況に甘えたくなったって、良いでしょう?


 小さく、息を吸って吐く。

 彼女に向けていた指を自分に向け直した。

「シキって、呼んで」


 笑顔を浮かべられた気はしない。けど、きっと、これで良い筈。

 どうせ、すぐに終わるから。


 ----


「あなたはどうして笑ってるの」

 ふと、口を突いて出たのはどうでも良いようなこと。もともと聞く予定だったこととは全く別のこと。

 少しだけ、気になることではあったけど。


 凄く彼女は哀しそうな顔をしているから。

 それなのに笑ってるから。

 哀しそうに壊れそうに、みてすぐわかるような作り物の笑顔を、まるで義務のように張り付けているから。

 それが不思議で仕方なくて。


 わたしには出来ないことだけど、泣きたい時に泣いて笑いたい時に笑うのはきっとそれが普通だと、誰かが言っていたのに。

 何故、出来損ないみたいな、取り繕うような表情を見せられたところで気に障るだけだと言うことに気付かないのか。

 いっそ無表情でいたほうがわたしには良いのにどうしてそれに気付いてくれないんだろう。


「わたしが笑う理由?」

 少しだけ、不意を突かれたようにその顔から笑顔が剥がれて本当の顔が見えた気がする。けれど、それもすぐに隠れて元の気に障る笑顔が浮かんだ。

 でも、言葉や表情の端々から、チラリチラリと少しだけ。迷子の子供のような頼りなさ気な表情が見え隠れする。

 その小さな変化が何故だか酷く目についた。


「理由、ね……」

 何かを思い出すかのように目を少し細めて視線をフラフラと彷徨わせる。

「理由なんてない。……って、言えたら良いんだけど……そうもいかなそうだね」

 私の顔を少し伺うと彼女はまた、小さく笑った。

 でも、うまく笑えてない。ぎこちなくて、無理に、でも確かに笑いたいから笑うと言うような違和感だらけの……これは、何?

 さっきの滑らかな美しい人間味のない笑顔と全然違って、笑い方を知らないまま、無理して笑おうとしてるような、そんな印象を受ける。

「笑ってるところを見て欲しいんだ。上手く笑えるようになったから、だから」

 ぎこちない、けど優しくて泣きたくなるような笑顔を浮かべたまま、彼女は。


「きっと、()はわたしに笑っていることを、望んだから、かな?」


 わたしを通して遠くの誰かを見るでもなく、わたしだけを見つめて、そう言った。


 きっと彼女は、彼、と言う人のために丁寧な作り物みたいな笑顔を浮かべていたんだろうな、と。そう思う。

 だから、彼女がわたしの向こうだけを見つめて笑っていたってそれは間違いじゃあないとも思える。


 だから、だから。

 ……だからなんだって言うんだろう。


 自分で聞いておいてこんなこと思うのもなんだとは思うけれど。

 答えを聞いても、なんだかどう仕様も無いくらいに。そう。ただ、どうでも良かったみたいだ。

 答えを聞いてはみたものの、興味が湧いたわけでも、そもそも興味があったのかすら怪しくなってきて。

 ……こうやって考えることも纏まらないし興味もないからいつも駄目なのかな。


 ---


 生きてるみんなと、死ねないわたしを呪ったわたしにはあっているのかも、知れないけれど。

 何事も、興味が無かったわけではないと、断言できる。でも、すぐに無くしてしまう。興味も全部。

 何でだろう。自分が少し嫌になる。長く付き合ってきた変えようもない無様なわたし。自分に目が向けられないことに憤って、自分に目が向けられたかと思えば一気に醒めてしまう。

 まるで夢みたいだ。一番良いところで目覚めて、それでも夢は続いてたみたいな、最悪な悪夢。

 どんなに失敗しても、手遅れでも、辛くても泣きたくても醒めても、冷めても。終われない。


 なんとなく、わたしは不愉快で愉快で、吐きそうなくらいに、呆れた。ちょっとだけ、今日もまた色々諦めて。今日も、わたしはかわれない。


 彼女の目を見て、笑顔を浮かべたつもりになる。

「素敵だね。生きてることに希望が見出せてるみたいで羨ましいよ」

 人生所詮イージーモード。

 いくら失敗を重ねたところでだから何?ゲームオーバーなんてないよ。あるのはロードとコンティニュー。繰り返しなんかじゃない。続くんだ。

 それなら小さくても生きていく意味を見つけなくっちゃあ、到底やってられない。そうでしょ?


「賢いね、羨ましいね。……恵まれてるんだね」


 普段のわたしならこんなこと言わない。けど良いじゃないか。やっぱり私は羨むばかり。手も伸ばさないで。今日のわたしもこうやって台無しにしたがる。

 わたしの人生(ゲーム)はもうバットエンドのその先のエンドロールみたいなものだし。

 目の前のお綺麗な顔がわたしの言葉で歪めば良い。

 まるで妬んだ、凶行。


「狡いよ、みんな。わたしには貰えなかった当たり前を甘受して。目の前にいて認識されることの意味すらわかってないくせに当たり前のようにそれを受け取って。声が届くことの意味も、届かないことの意味も知らないで。それでいて不幸だなんてのたまって、特に失敗も無いままに希望なんて見出して。……何も知らないくせに、手遅れになるなんて考えたことも無いくせに、なんで」

 目の前が、滲んだ。

「なんで生きてるんだよ!しねよ!死にたいなんて言っちゃって、しねば良いじゃん!」

 でも、これはきっと、言えなかった。ずっと殺してたこれは、本音。

「……わたしと、代わってよ」

 そして、これは、願い事。



 目の前の彼女は、少し動かないでいて、その後伺うように手を伸ばして、その手をわたしの頭に置いた。

 そして叩きつけた言葉に、小さく応える。


「……ごめんね、それは無理だよ」

 ……わかってるよ、そんなこと。わかってて叩きつけたんだ。そんな応えなんて、欲しくなかった。

「でも、わからなくはないかな」

 それなのに、見えない顔に、不器用な笑顔が浮かんでるような気が、なんとなくした。

「羨ましいって言われたけれどね、実際わたしだってそんなに素敵な人生を歩んできたわけじゃないよ。一歩間違えなくても君とさして変わらないしあわせじゃないものを沢山受け取った自信はある。……もしかしたら、わたしの方が悲惨かもしれないしね。だから、わからなくもない」

 わたしは顔を上げた。

 目の前には、やっぱり予想通りの不器用な笑顔を淡く顔にのせた彼女。

「君さ、きっとわたしの笑顔、気持ち悪いとか嫌だとか思ったでしょ。わかるよ、わたしも気持ち悪いって思うし。けど、ね、わたし、これと無表情以外の表情、わからないんだ。浮かべられないの。だから、泣ける人とか怒れる人とか羨ましいなって思うよ。君も、凄く羨ましい」

 なんでも無いような顔して、笑顔のままに言うことじゃ無いようなこと。

 きっと周りからの影響がなくても人は表情を浮かべる。大きくなるに連れてそれを隠す方法を学んだり、感情の起伏を減らして表情に表れにくくするとか、はたまた表情を浮かべるのが下手だったりと、人の顔に表情が現れない理由は幾つもあると思うけれど。


 それでも、他のを知らないって言うのはどう言うことだろう。

 想像すら、できなかった。


「ちょっと前まではこれすら浮かべられなかったんだ。凄いでしょ?」

 それなのに、無邪気にどうして笑えるんだろう。

 彼女の言う彼って、どんな人なんだろう。


「あの時やっとわたしはわたしになれたんだよ、きっとね。帰る場所なんてなかったから帰る場所をつくって、初めて、思ったんだ、幸せにならなきゃってね」


 嗚呼、きっと

「あなたは強いんだね。ひとつのきっかけで、かわれるんだ」

「わたしが強いんじゃない、彼が強かったんだ」

 また、彼女の話には彼がでてくる。けれど、なんだか今だけはきける気も、しなくもない、気がする。


 でも、もし願うのならば、そこまで目の前の彼女に強かったと言わせる、彼女を助けたであろう彼にあいたかった。彼女が彼よりあうより先にあえてたなら、わたしは変われてたかもしれない。助けて、もらたんじゃ、ないかななんて何の根拠もない夢を少しだけ、みたくなってしまった。



「だから、今度はわたしの番だとは、思わない?」

「……え?」

「わたしが貰ったものをそのまま彼に返すことが叶わないなら、わたしは彼が手を差し伸べなかった、差し伸べるべきだった人に代わりに、手を差し伸べようと思うんだ」

 その貰ったものを返すような思考がいまいちわからないのがどうしてわからないんだろう。


「わたしに出来ることなんてほとんどないこと、知ってるよ。でも、出来ることだってあるから」


 じゃあ、何かな。今はもういないらしい彼とやらの代わりにわたしを助けてくれるとでも言うのかな?

 そんなこと、出来るのか。そんなこと、あって良いのか。


 無理だって思ってるのに、どうしてだろうちょっとだけ、期待してる。


「……なにが、したいの?」

「居場所をつくりたいの。わたしの居場所。いつか帰って来てくれるなら、彼にあげるための、居場所。幸せに、ならなきゃいけないんだよ」

「他人にそんなこと話すなんて馬鹿?」

「名前を知ってるから他人じゃないよシキさん?」

 散々自分の理想みたいなものを声高らかに謳って、ずっと人のことを二人称で呼んでたくせに改まってシキさんだなんて。なんだか可笑しかった。可笑しくて、ずっと前に忘れたつもりだった笑い方さえ思い出せそうな気がした。


「そう、じゃあコノメさん」

 ちょっとだけ改まって、そして彼女を真似て少し巫山戯てみる。

「わたし、散々あなたのことを詰ったけど、手を差し伸べてくれないかな?」

 どうせ救いも何もない毎日だったんだから、少しくらい夢見ても良いじゃないか。後悔することを考えるなんて今更だ。後悔はしてから考えれば良い気がする。


「……なんか、言いたいこと先に言われちゃった感じかな」

 口調だけは少し不機嫌そうに、でも、顔は笑ったまま、彼女はわらう。


「じゃあ、改めて。……ねぇシキさん。わたしと一緒においでよ。わたしは、」

 彼女はわたしに手を差し伸べた。

 ねぇ、もしも。


「君に居場所をあげる」


 もしもこの先にあの子(・・・)の言う奇跡があるなら、みてみたいんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵だなあって、思いました。前半の、一人でいるときのどこかぼやけた攻撃性から一変、 後半の温かさといったら! こんな出会いがあえばいいのに。
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