第8話 『一目惚れ と 自覚』
――――――――ホムラ国 陣営
「殿下!レン殿下!大丈夫でございますか?」
胸を強く抑え、ゼェゼェと荒い息を繰り返す主君に、従者は不安げに声をかけた。
天幕の寝所で、起き上がることも出来ない状態の主君に、従者は医者を呼ぶべきか逡巡する。
「いい・・・。明日には、ツッ・・・!!、回復する・・・」
それを察したのか、何とか体を起こし枕にもたれ、大きく息を吐いた。
ビッショリと汗が浮かび、豪奢な金の髪が額に張り付いていた。
美しい顔を痛みに歪めながら、煩わしげに髪をかきあげて、従者を一瞥する。
従者は、いまだ不安げにこちらを見つめていた。
「シュウ・・・、あれはなんだったのだ?ツッッ・・・、あと・・・一息で、無国の防衛線を壊滅できたはずだ。クッ!!ハァ・・・、何がおこったのだ?」
息を吸うことさえ辛いのか、何度も息を詰めながら、シュウに訊ねた。
「レン殿下、我々が見たのは・・・闇です。殿下が放出した魔力がどんどん闇に侵食されていくようでした。魔法を受けるでもなく、消滅させるのでもなく、すべてを塗りつぶしていくような、圧倒的な闇の魔力でした」
レンの荒い息使いのみが部屋に響きわたる。
「とりあえず、殿下はお休み下さい。4日後には国境です、それまでに回復しなければ・・・」
「フンッ!ツッ!明日には回復している!ッ!!~~~、それにしても、その魔力の持ち主は人間か?」
「我々から見れば、殿下のお力も闇の魔力の持ち主も、十分に人の枠から外れております。ですが、あちらがあれほど強力な魔法使いを味方にしたのならば、今後は無闇にお力を跳ばすのはおやめ下さい」
従者の言うことはもっともだ、だがこちらに、これほどの反動がくるのならば、あちらの魔法使いもダメージを負っていないのか?
「・・・シュウ!探りを入れろ!このままにはしておけん!」
レンは、強く拳を握り締めながら虚空を睨み続けた。
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ミズトが団長の天幕に着くと、丁度団長が外に出てきた所だった。
「団長、国境は異常なしです。結界の確認をしてもらいましたが、損傷はないようです。王城の方にも連絡しましたが、異常なしでした。あの攻撃はここを狙ったものですね。ここが、戦いの要と知っているから、真っ先に手を打ってきたのでしょうか?」
ミズトの報告を聞き、一先ず胸を撫で下ろした。
これで、国境が破られていたら、大惨事だ。
「おそらくな。今回は、ヨルさんがここに到着していた事と、あの力に対抗できる力を持っていたという偶然が重なった為、奇跡的に難を凌げた。あれほど強大な力をぶつけられれば防ぐことは難しい、もしヨルさんがいなければ、ここは壊滅していただろう・・・。」
グレン団長の言葉にミズトが難しい顔をする。
「ですが、これからが大変ですよ?ヨルさんの力はホムラ国にとって脅威になるでしょう。あれほどの攻撃を還されたのですから。ですが、またあのような攻撃があったら、ヨルさんを頼らざるを得ないですし・・・、ホムラ国も、すぐにでも探りをいれてくるでしょう。」
「ああ、守らなければな。だが彼女は人形ではない。部屋の奥で守られるだけの自分など、受け入れないはずだ。自ら戦う意志でここに来たのだから」
守ることと、隠すことは違う。
彼女にも意志があるのだ。
強い意志を感じたミズトは、グレンの変化に目を見張った。
「あれ!?団長、自覚したんですか?」
「!!なんだ、その、さも、ありえないという反応は!」
ミズトに指摘されたグレンはまるで、少年のように照れていた。
「いや、以外でした。団長のことだから、まだ出会ったばかりだとか、勘違いだとか、気のせいだとかいって気付かないふりしてると思ったんで。あと、いい年した男が照れてる姿はなんか気持ち悪いんでやめてください」
副官の毒舌に、言い返す気力もわかず、大きく息をついた。
「とにかく、これからがたいへんだ。絶対に護らなければいけないんだからな」
「いっその事、団長の横に留めておけばいいんです。結果的にヨルさんの能力はすでに国内外に知れ渡りました。あれほどの力を持つものを隠す必要などありません。堂々と団長の横に置けばいいんですよ。それが牽制になります」
確かに、王城や騎士団の人間達はヨルの纏う色にすぐなれて、彼女にかまうだろう。
今のうちにしっかり牽制しておけと、ミズトは言っている。
余計な虫が付かないように。
「未来の為にも、今を乗り切りましょう」
「あぁ」
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今後の細かい打ち合わせを済ませ、天幕に戻ったグレンは、いまだ眠るヨルの顔を覗き込んだ。
一瞬、目を開けたステラと目が合ったが、スルーだ。
そっと頬に手を滑らせると、くすぐったいのか、わずかに身を捩る。
あのとき抱き上げた体は、とても温かく柔らかかった。思い出すだけで、グレンの胸に暖かい何かが込み上げてくる。
じっとヨルを覗き込んでいると、ヨルの睫がかすかに震え、ゆっくりと目が開いていく。
まだ焦点が定まらないのか、何度か瞬きを繰り返し、夜の瞳を空に彷徨わせている。
だんだん覚醒してきたのか、覗き込んでいたグレンに焦点を合わせると、パチリと目を開きアワアワと暴れだした。
「え?なんで?グレンさん?アレ????」
顔を真っ赤にして慌てている姿はとても可愛い。
そんなヨルの瞳を見つめながら、グレンは優しく語りかけた。
「大丈夫、落ち着いて。体は辛くないか?魔法を還した所で意識を失ったんだ。ステラがいうには、魔力を大量消費したために体が休眠状態になったっと言っていたが・・・痛いとか、苦しいとかはないか?」
ヨルは混乱していた。魔法を還したのは覚えている。
その後は記憶がないので、グレンさんが言っている通りなんだろう。
でも、目が覚めたらいきなりグレンのドアップだったのだ。
驚いて、心臓がバクバクと煩い。
(ビッ、ビックリした・・・。グレンさんの顔ドアップで見ちゃった・・・。もともと整った顔だなって思ってたけど、やっぱり凄い格好いい・・・ん?ステラ?)
いまだに鳴り止まぬ鼓動を宥めながら、ステラを探せば、自分が寝ていた枕の横で丸まって眠っていた。
「えぇ!?ステラと話したんですか?」
信じられないといった顔でグレンとステラを交互に見る。
「あぁ、ステラは君を守る栄誉を私に与えてくれたよ。君の力は国内外に広く知られてしまった。悪いことに君を利用しようとする人間がいるかもしれない。だから、人の世界では私が守る。」
信じられないぐらい驚いた。ステラは基本的に私以外の人間と会話をしない。町長相手にもだ。
それを、グレンには簡単に私を託した。
(この人は大丈夫ってことなの?ステラ)
ステラをジッと見つめてみるが、会話に参加する意志はないらしい。
小さく嘆息しながら、自分の体に違和感がないか確認してみた。
「ありがとうございました、体の方は大丈夫みたいです。倒れてしまうとは思わなくて・・・、ご迷惑をおかけしました」
「いや、礼を言うのは私達だ。ヨルさん、君がいなければここは壊滅していた。ありがとう」
頭を下げて礼を言うグレンにヨルは恐縮してしまった。
自分より年上で、しかも男性に頭を下げられるなど人生初だ。
「とんでもないです!人の役に立てたなら嬉しいです。あと、朝も言いましたけど、私の事はヨルと呼び捨てにして下さい。年上の方から『さん』付けされるのは、ちょっと・・・」
俯き、少し恥ずかしそうに語るヨルに、グレンはニコリ(ニヤリ)と笑った。
「では、ヨルと呼ぶかわりに、私の事もグレンと呼ぶこと!そして、敬語も禁止だ」
「ええぇ!?」
なんとも言えない顔でグレンを見つめるヨル。
嬉しげにニコニコしているグレン。
「・・・・わ・・・わかり、ました」(負けた・・・)
ヨルはガックリと肩を落とし嘆息した。
少々強引な、グレンの思惑にまんまと引っかかってしまった。
「では、ヨル?これからのことだが、さっきの金の魔方陣を還した結果が、君の力を大勢の人に知られる結果になった。当然ホムラ国からも目を付けられる恐れがある。国内からもヨルの力を利用しようとする輩が現れるかもしれん。なのでだ!しばらく私付きの魔法使いでいてもらう」
瞬きをパチパチと繰返しグレンを見返すヨル。
「え!?それって・・・?」
いまいち状況が理解できていないようだ。
そんなヨルに、グレンは優しく言った。
「守る為に傍にいて欲しいんだ。そして、私たちの事を守って欲しい。ヨル、君の力が必要だ」