第7話 『金 と 闇』
ヨルとステラが転移した場所は本部になっている天幕の、10メートル程離れた場所で、小さな天幕が沢山並んでいる場所だった。
日も沈んだというのに、魔法で灯された明かりの下を、人々が忙しなく行き来している。
いつものように目立たないようローブを目深にかぶり、人々の邪魔にならないように端を歩いて、魔方陣の気配を手繰る。
「うーん。もう少し奥だね。ちょっと距離を離しすぎたかな?あっ!奥に大きな天幕が見えるね、あそこかな?」
歩きながら、さっきから気になって仕方なかったことを、ステラに尋ねてみた。
「あのさ、ステラ。」
「何?」
「なんかね・・・ここの結界って、穴だらけじゃない?ツギハギとゆうか・・・。なんだろ?」
「魔法使いが足りないから、兵や騎士たちに結界の魔石でも持たせているんじゃない?」
「ああっ!うん。そんな感じ!まとまりの無い感じ、個々の守りなんだ!でもこれじゃ、あっという間に破られちゃうね」
「そのためにヨルや他の魔法使い達がここに派遣されたんでしょ?」
「うん!頑張る!」
喋りながら歩いていたら、あっというまに大きな天幕の前に着いていた。
入り口には2人の兵士が立っている。
声をかけるか一瞬迷ったが、ちゃんと到着の挨拶はするべきとゆうことで、見張りの兵の人に話しかけた。
頼まれてきたのだから堂々としていればいいとステラが心で伝えてきた。
やはり、ステラがいてくれると心強い。
「あの、グ、いえ、紅の騎士のグレンさんにスカウトされた魔法使いですけど・・・」
そういうと2人は一度顔を見合わせ、再びヨルに視線を合わせた。
「!あぁっ!ヨル・セラス・セラヴィーンさんですね?グレン団長から聞いています。今、会議中ですので、緊急の取次ぎ以外はできません。少しお待ちいただけますか?もうすぐ終わる頃ですから」
グレンは見張りの兵にヨルのことを伝えてあったらしい。
怪しまれることも無かった為、ヨルはグレンの心遣いに感謝した。
「フン!よく気の回る男ね!」
「私が、人に慣れてないのをわかってくれてるんだよ。優しい方だよね」
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「「!!!ッ!?」」
ステラと一緒に、他愛も無い話をしながら時間を潰していたら、突然上空からとてつもなく巨大な魔力を感知した。
肌が粟立ち、息が苦しくなる程の、高魔力だ。
ヨルとステラは慌てて空を仰ぎ見た。
「!!あれはッ!?」
空一面に巨大な金色の魔法陣が転移してきている。圧倒的な質量で、すでにこちらの結界が押しつぶされそうだ。
(金色の魔方陣?でも!この異常な魔力放出量はなに?このまま攻撃されれば、結界なんか簡単に吹き飛ばされて、ここが蒸発してしまう!)
考えている時間はない。止めなければみんな死ぬ。
答えは簡単だ。止めれる力があるのだから、迷うまでもない。
「ステラは危ないから離れててね」
ヨルはステラにニッコリと笑いかけると、金色の魔法陣に視線を戻し、自らの魔力を解放した。
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辺りが一瞬で騒然となった。天幕で会議中だった騎士団幹部たちも高魔力を察知し外に飛び出してきた。
上を仰ぎ見るなり、部下達に指示を出す為に四方に走っていく。
グレンも天幕を飛び出し、上空を見る。
夜の闇に浮かぶ、あまりにも巨大な金の魔方陣。とてつもない魔力を感じる。
「結界を最大に強めろ!高魔力の余波で、こちらの結界が消し飛ぶぞ!!ミズト!国境のシアンと、王城のヒスイに連絡を取れ!」
グレンが全てを言い切る前にミズトは走りだしていた。
(なんだ、あれは!?国境からはなんの連絡もきていない。国境の結界を飛び越えて、ここに直接攻撃か!?クソッ!まだ、魔法使い達も全員到着していない、持ちこたえられるか!?)
その時、天幕から2メートル程離れた場所から、突如強い魔力が溢れだした。
「今度はなんだ!?」
闇の中、目を凝らして見ると、今日の朝スカウトしたヨルが、上空を睨み付けながら、魔力を練っている。
「ヨ、ヨルさん!?」
グレンは驚いた。すでに到着していた事ではなく、ヨルの練っている魔力の大きさに驚いたのだ。
ヨルは、金の魔方陣から飛び出してくるだろう攻撃魔法を結界で遮断するのではなく、攻撃されるまえ に、金の魔方陣を自らの魔力で包み、相手に還そうとしていた。少しでもリスクを減らす為に。
驚いたままヨルを見つめていたグレンは、突然下の方から声をかけられた。
「大丈夫よ。今は夜。ヨルに敵うものなどいないわ」
視線を足元に向けると、いつのまにか小さな銀色の子犬が、闇色の瞳でこちらを見上げていた。
「き、君は?」
「私はヨルの使い魔のステラ。あれだけ強い魔力を放出しているヨルには危なくて近づけないから、非難してきたの」
ヨルの周りの大地が、放出される魔力に耐え切れず、亀裂を走らせる。
纏っていたローブも、強い風に煽られるように吹き飛び、おしみなく闇色の髪を晒していた。
それを気にすることもなく、ただ上空を見つめ続けて魔法を展開していく。
ヨルを中心にした、凄まじい魔力の嵐。
思いは力に、意志は魔法に。
じわじわと金の魔方陣が闇に侵食されていく。書き換えられ、生み出した相手に送り還す為に。
しばらくすると、金の魔方陣が完全に闇に侵食された。
金の魔方陣からの凄まじい魔力の放出が治まり、辺りはヨルの魔力で包まれ、守られる。
静寂の中、凛とした声が闇に響く。
「反転せよ!そして還りなさい!!」
キーーーーーーー・・・・・・ン・・・・・・・
ヨルが言葉を発したと同時に、辺りに耳鳴りのような高い音が響き渡り、人々の鼓膜を振るわせた。
ヨルの纏っていた嵐が解け、辺りが静寂に包まれる。
上空にはもう何もなかった。
どれくらいか、誰も動けなかった。
あまりのことに、グレンも周りにいる騎士達も、ただただヨルを見つめる事しかできない。
ただわかっているのは、この闇を纏った少女が自分達を守ってくれたということだ。
グレンがヨルに歩み寄ろうとしたとき、ヨルの体がグラリと傾いだ。
そのままゆっくりと後に倒れていくヨルを、グレンは慌てて駆け寄り、抱きとめる。
どうやら、気を失っているようだ。
ステラはその様子を見ながら、グレンにだけ聞こえるように話しかけた。
(ヨルをあまり目立たせたくないの。どこかで休ませてあげてくれる?意識はないけど大丈夫。大きな力を使った反動で、魔力を回復する為に体が休眠状態になっただけだから。1時間もすれば起きるわ。ここの結界もヨルがしっかり強化して固定してあるから、しばらくは大丈夫よ)
グレンはステラの言葉に小さく頷くと、そっとヨルを抱きかかえ立ち上がった。
「各分団長に状況を報告させろ。国境の方も状況がわかり次第私に報告を!私は自分の天幕に戻って、彼女を休ませる。報告はそちらで聞く!以上だ」
それだけ言うとグレンは、闇色の少女を抱え、銀色の子犬を伴い歩いていってしまった。
グレンの姿が見えなくなると、年若い兵士や騎士が興奮を抑えられないというふうに騒ぎ出した。
「すげ~~~!!見たかよ!?あの巨大な魔方陣を還したんだろ?」
「俺、もう駄目かと思った!それにしても、あの闇色の少女は誰だ?いたっけ?」
「俺知ってる!!グレン団長がスカウトしてきた、上級魔法使いだ」
「マジで?あれが上級?マスタークラスじゃないのか?王国勤めじゃなくて、一般にいるのかよ?もったいねぇ~!」
兵や騎士達が騒がしく話していると、ミズトが戻ってきた。
「グレン団長は?」
「ハッ!団長は、意識を失った魔法使い殿を休ませる為に、ご自分の天幕に戻られました!報告はそちらで聞くと仰っておいででした!」
騎士の報告を聞いて、ミズトも天幕の方に足を向ける。
思い出したように振り返り、いまだ興奮冷めやらぬ兵達に忠告をする。
「あまり、はしゃいでいると後でグレン団長に怒られますよ?程々にして、各自仕事に戻りなさい」
「了解しました!ミズト副団長!」
部下達の声を後に聞きながら、ミズトはグレンの天幕に向かって歩いった。
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他とは少しデザインが違う、騎士団長としての自分の天幕に着くと、セットされていた寝具に、ヨルをそっと寝かせた。
かけ布を顎まで引き上げて、顔にかかった髪をのけてやる。
そんなグレンをジーッと見ていたステラは、おもむろに口を開いた。
「この娘は、守りたいものの為にすぐに無茶をする、今回のようにね。ヨルが力を貸すと決めた以上、邪魔するつもりはないけど・・・、泣かせたら許さないから」
ステラの方に視線を移したグレンは、思わず息を呑んだ。
そこには巨大な銀色の魔獣がたたずんでいた。
輝く銀の体に、夜の瞳。
その姿は、魔獣とは思えないほど神々しい。
「なるほど、契約者か・・・。その姿が本当の姿か?」
「そうよ。さすがにこのままで就いていくわけにはいかなかったから、子犬に変化していただけよ。ヨルを守る為に、私はずっと一緒にいるつもりよ。でも、人間社会の中で、あの娘を守る為には、人の力が必要よ。巻き込んだのはあなた。『惹かれたのもあなた』、責任もってヨルを守って頂戴?」
挑むような、闇の瞳。
銀の魔獣には、己の気持ちは筒抜けらしい。
だが、指摘されて心が軽くなった。
そうだ、会ったばかりなのに気のせいだと、自分の気持ちに素直になれなかった。
時間など関係ない。自分は・・・、俺はヨルが好きなのだ。
一目惚れなど、絶対にありえんことだと思ったが・・・。
昏々と眠るヨルを見つめる。
自覚してしまえば、愛しさしか湧かなかった。ただ愛しい。守りたい。
もう、言われなくともわかっている。出逢ってしまった。
体中で細胞が叫んでいたのだ、逢えた喜びに。
愛とか恋とか、そんな言葉では表せられないほどの想い。
「わかっている。全力で守る!」
決意に満ちた、燃えるような紅瞳。
その瞳を受けたステラは、ニヤッと笑うと、ボフンッ!と子犬の姿に変化した。
「もし、約束を違えれば、その命無いと思え!」
恐ろしい捨て台詞を吐いて、ステラはヨルの眠っている枕元で丸くなりそのまま眠ってしまった。
(・・・そんな可愛い姿で、そんなこと言われても・・・)