第6話 『魔女 と 子犬』
「グレン団長!!国境防衛線の兵の配置、結界の強化はほぼ整ったと連絡がきました。ですが、こちらの準備ががかなり遅れています」
グレンとミズトが最終防衛線に転移魔方陣で到着した時には、だいぶ日も落ちてきた頃だった。
転移すると、すぐに気付いた部下が駆け寄ってきた。
「当初より強行軍なんだ仕方ない。時間がないからって慌てすぎるなよ。迅速、丁寧、確実に準備を進めろ」
「はい、了解です!それと、やはり魔法使いの数がかなり足りません。国境防衛線の結界維持と攻撃部隊でかなりの数をあちらに配備しているのと、王国を守る為に王城に残してきているので、こちらの防衛線に配備する人数を確保できませんでした。いっそのこと下級ランクの魔法使いも集めますか?」
「いや、下級の魔法使いなど、いくら集めても足しになるまい。何人か中級の魔法使いに声をかけたから、今日中には来てくれるはずだ、あと、上級の魔法使いも1人夕刻に到着予定だ。あとは、各都市にスカウトしに行った奴らの結果次第だな」
陣営の奥にある、ひときわ大きな天幕に向かって歩きながら、部下と打ち合わせをしているが、グレンの心は今日会ったヨルの事が気になって仕方がなかった。
話しながら、チラリと右手の甲に刻まれた『目印』に目を落とす。
触れられた手の、暖かな温もりが忘れられない。
王国が危機的状況なのに、こんな事を考えているべきではないとわかっているが、グレンの心にはヨルの存在がしっかりと刻まれてしまったようだ。
もっと近づきたい。触れたい。あの美しい瞳を覗き込みたい。
あの時そんな欲望が、確かにあった。
そんなグレンの後を、ミズトは何も言わずついて歩く。
ミズトは、グレンの感情の揺れを感じ取っているようだった。
(これも、一種の運命とでも言うのでしょうか・・・。確かに、あのとき団長とヨルさんにはお互いを引き付ける強い引力のような物を感じました。出会うべくして出会ったような・・・)
不思議な空気を纏った、美しいヨル。
なぜ、他の人はあの人を畏怖したり、奇異の目で見れるのか・・・。
美しい人は世の中に沢山いるし、それこそ王城やスイエンの貴族街に行けば美しく着飾った女性は沢山いる。
だが、ヨルの美しさはそういった、外見の美しさだけとは違う。
まるで夜の闇のような安らかな静寂の中で、優しく包み込んでくれるような空気を纏っている。
纏っている空気が美しい。存在が優しい。
(きっと、幼い頃から沢山の苦労をしてたはずです。それでも、人を信じる事を恐れずに、あれだけ純粋なのは、愛してくれる人がいるのでしょうね)
ミズトが思案に耽っている間に、いつの間にか指令所になっている大きな天幕に着いていた。
グレンは天幕の前にいた分団長達に、細かな指示を出しているところだった。
「魔法使いの穴は我々で埋めるしかない。兵達に結界の魔石を持たせておいてくれ。国境の軍は4騎士の1人、蒼の騎士シアン団長が指揮しているが、どれほど足止めができるかはわからん。兵の余力があるうちにここまで下がってこられればいいが・・・、とにかく!4日以内に準備を終わらせれるように頑張ってくれ!」
王国直下騎士団は『騎士団総長 銀の騎士』ソウルを頂点にして、下に4つの騎士団がある。
『蒼の騎士団長』シアン
『紅の騎士団長』グレン
『翠の騎士団長』ヒスイ
『琥珀の騎士団長』キンサ
が、それぞれ指揮している。
騎士団とは、家柄よりも強い運命を持って生まれたり、濃い色や、特別な色を持つ者が優遇される。
青より蒼、赤より紅、緑より翠、茶より琥珀、といったようにだ。
本来、運命の女神による言霊は、あいまいなものが多い。生まれた瞬間に、将来就く職業が決まっているような者は滅多にいない。人生とは自分で選び、歩んで行くものだからだ。
しかし、その滅多にいない特別な運命や、色を持って生まれた者は何故か、常人より強い力を持っている。
そういった者は、魔法学校や騎士養成学校などの、専門学校に無償で通えるのだ。
もちろん授業料さえ払えば、誰でも通える。
ミズトは、あいまいな運命とあいまいな色を持って生まれた自分が、好きではなかった。
どんなに頑張っていても、『ミックス』のくせにと陰口を叩かれる。
できても、できなくても、駄目だと・・・
生きて行くこと自体を否定されているように感じていた。
そう・・・、グレンに会うまでは。
(あのときグレン団長に会わなければ、生きている意味を見出せなかったな・・・。)
気がつくと、分団長達との打ち合わせが終わったグレンがこちらを向いていた。
「どうした?ミズト。なにか考え事か?難しい顔してるぞ」
「いいえ。少し昔を思い出していただけです。それよりも、いいかげん中に入って、スカウトしてきた魔法使い達が来る前に、おおよその配置を決めておきましょう。」
そういってミズトとグレンは指令所となっている天幕に入っていった。
***************
「さて、片付けはこんなものでいいかな?後は結界を強化しておけば準備万端だよね!」
予定より少し遅くなってしまったが、家の片付けと遠征の準備をあらかた終えたヨルは、最後の仕上げに家を守る結界を強化した。
「ふぅ~、完~了です!ステラ~?ステラ?準備できたからそろそろ行こうか?」
さっきまで横にいたのに、いつの間にかステラがいなくなっていた。
きょろきょろとしいると、下の方からステラの声が聞こえてきた。
「ここにいるわよ!下、下!」
声のする方に視線を向けてみると、足元に小さな銀色の子犬がお座りしていた。
子犬を見て固まるヨル。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ヨル?どうしたの?私も準備できたからいつでも・・・・」
「カワイイ~~~~~!!!!なにこれ?なにこれ?ふわふわだよ!!小さい~!!!」
突然のヨルのテンションMAX状態に、思わず後ずさろうとしたステラだったが、ヨルがヒョイと抱き上げてしまったため、それはかなわなかった。
頬ずりしたり、抱きしめたりして撫で回しているヨルの手をなんとか掻い潜り、床に飛び降りたステラは若干低めの声で訊ねた。
「ヨル・・・(怒)、私達、遊びに行くわけじゃあ、ないのよね?」
「うっ・・・!」
ステラの怒りのこもったドス声に、ヨルは素直にごめんなさいと謝るしかなかった。(凄く怖かった(泣)byヨル)
気を取り直していよいよ出発だと、ヨルは荷物をまとめたリュックを背負った。
「さ、さて!ステラ、そろそろ行こうか?」
いまだに、白い目でヨルを見つめていたステラは、やれやれとため息を吐きながらヨルの肩によじ登った。
(子犬が溜息って・・・。似合わないし。そもそもあの姿であの喋りって・・・まぁいいや。深く考えちゃ駄目だよね、うん。)
「いいことヨル?いきなり紅の騎士の前に転移したら駄目よ?入浴中だったり、取り込み中だったりしたら困るでしょ?だから、転移ポイントを少しずらして転移するのよ?」
ヨルはステラのアドバイスに、もっともだと思い、少しずらした場所に転移することにした。
目を瞑り自分の刻んだ魔方陣の気配を探るヨル。
すぐに魔方陣の気配をつかんだヨルは、転移到着ポイントを10メートル程ずらして転移した。
(もういちど、あの人に会えるんだ・・・)
あの人を思い出すと、高鳴る鼓動の意味を『まだ』知らない・・・