第2話 『銀 の 魔獣』
「ステラ?笑ってないでご飯できたから食べよう?」
いまだに、町長の顔を想像してにやけているステラに声をかけた。
「ふぅ~、あ~笑えた!それにしてもヨルもたくましくなったよね。一年前の出会った頃は変に純粋で、騙されたりただ働きさせられたり・・・私は心配ばかりしていたわ。」
あの頃は、本当の意味で1人で生きて行くのは初めてで、必死だった。
「この小屋でステラに出会えてよかった。私の瞳を綺麗だと言ってくれたのはステラで2人目(犬?)だよ。すごく嬉しかった」
**************
――――1年前
住む場所を探して町の外れの外れまで歩いてきたら、古い小屋が見えてきた。
恐る恐る中に入ってみると、ずいぶん昔の猟師小屋のようだった。
天井には蜘蛛の巣が沢山あるし、床は何箇所も抜けている。
窓は割れて無くなっていて、窓枠は腐ってボロボロになっていた。
少々手狭ではあったが部屋が2つと簡素なキッチン。
さらに、浴槽が付いたお風呂場があった。
何年も人の手が入ってない様子を見ると、ここは使われなくなってだいぶたつようだ。
古くて汚いけど、補修して掃除して強化の魔法と動物避けの結界を敷いておけば十分に住めそうだった。
しかしそこには、意外な住人がいたのだ。
「女!ここは我の住みかだ!立ち去れ!」
狭い小屋に、底冷えするような低い声が響きわたる。
突然の声に驚いた私は、あわてて振り向いた。
そこにいたのは一匹の魔獣。
とても大きな銀色の魔獣だった。
「なんて綺麗な銀色・・・」
私の口から思わず出た言葉に、魔獣は少々面食らったようだ。
「おまえ、我が恐ろしくないのか?ここによく来ていた人間共は我の姿を見るなり大慌てで立ち去ったぞ?」
(恐い?ううん。銀の毛がキラキラと輝きとても美しい)
狼のよな体つきだがサイズは狼よりでかい。
二本足で立ち上がれば普通の人より大きいだろう。
「銀色とても綺麗。瞳も銀色なのね!とても美しいと思うよ?なぜ恐ろしいの?」
魔獣の銀の瞳をじっと見つめ、首を傾げながら疑問を口にしてみた。銀の魔獣は牙を剥き出し、恐ろしげに威嚇はしていても殺気がないのだ。恐ろしいわけがない。
ヨルは知っている。他者から向けられる悪意が・・・敵意がどんなものか・・・。幼い頃から身をもって経験してきた。
悪意は心に刺さり、なかなか抜けずとても痛いのだ。
「我は魔獣だ。人を喰らうかもと思わないのか?」
「食べるなら声などかけて警告なんてしないでしょ?はじめまして、私は夜の魔女を運命にもち、闇色を纏いし者ヨル・セラス・セラヴィーンと言います。あなたのお名前は?」
銀の魔獣は零れんばかりに目を見開き、こちらを凝視したかとおもえば、ハッ!と気付いたように私の瞳を見つめてきた。
しばらく凝視された後、銀の魔獣は急に俯いて体をブルブルと震わせ始めた。
ヨルは、突如として異常な行動をとる銀の魔獣に少しひきながらも声をかけてみた。
「アノ?ダイジョウブデスカ?」
「クッッッッ!!!・・・あっははははははは!!死ぬ!笑死にしそう!!」
「・・・・・・・・・・・・・・(怒)」
どうやら銀の魔獣は、笑っていただけのようだ。(失礼しちゃうよ)
しばらくすると、笑が治まった銀の魔獣は私に近づき、目線を合わせるように顔を下げた。
「闇と夜を統べる魔女、ヨル・セラス・セラヴィーン。あなたと契約を交わしたいと思うのだけどいかが?」
一瞬、何を言っているのかよくわからなかった。
この魔獣は契約と言ったか?
契約とは、弱い相手を服従させる為に無理やり行う契約と、お互いに同意して、死ぬまで共に生きて行く契約の2種類がある。
服従の契約は主契約者からの一方的な契約破棄ができるが、同意の契約はどちらかが死ぬまで契約が持続される。
魂に刻まれる契約なのだ。
この魔獣が言っているのは間違いなく同意の契約のことだ。
「と、突然何?契約?まさか私と?」
「もちろんあなたと。私、あなたがとても気に入ったの。共に生きてみたいと思うくらいにね。」
「そんな、出会ったばかりだし、それに、私は・・・闇色で、不吉なのに?」
私が不吉という言葉を出すと銀の魔獣はひどく憤った。
「不吉っ!!?その美しい、夜を写した瞳を!髪を!不吉だと言うの!?」
「育ててくれたお母さん以外の人はみんな不吉だって言うし、近づいてこないよ?それに、契約は一度したら死ぬまで縛られる。簡単な気持ちでしてはいけないと教わったわ。」
銀の魔獣は獣のクセ(クセにってなによ!by ステラ)に大きなため息を吐いた。
「人間は、あなたの美しさに気付かないのね。大丈夫、私があなたと生きてみたいと思ったことは簡単な気持ちではないわ。出会ったばかりとか関係ない、ここで出会えて、確かに今あなたと私の間に絆が生まれた、それで充分よ。それに、一緒にいればきっと楽しいわよ?」
銀の魔獣はまたまた獣のクセに(だからクセにってなによ!byステラ)ヨルに向かってウィンクをして見せた。
これから1人で生きていかなければならないと思っていたヨルにとって、銀の魔獣の誘いはとても魅力的な誘惑だった。
「・・・私の、家族になってくれるの?」
「ええ、もちろん。さあ、契約をしましょう!『我が名はステラ!』」
嬉しかった。共にいてくれるという言葉が。
嬉しかった。瞳を、髪を美しいと言ってくれた言葉が。
ステラと名乗った魔獣に後押しされるように、ヨルも意を決し契約の呪文を言霊に乗せる。
「我は夜の魔女を運命にもち、闇色を纏いし者ヨル・セラス・セラヴィーン。契約に基づき、銀の魔獣ステラに我が色を、夜の魔女ヨルにステラの『色』を与えることを運命の女神に請う」
ヨルとステラの足元にそれぞれ闇色の魔方陣が出現し、ゆったりと回転している。
「ステラ、どこに刻む?私の色を。」
ステラは最初から決めたいたようで、迷うことなく私に告げた。
「瞳に。あなたの、夜を写した美しい瞳を私にも写して欲しいわ」
「・・・じゃあ私は、ステラの色を手の爪に写すね」
ステラの美しい色を瞳に宿したくとも、ヨルの闇色は何をしても違う色には染まらないだろう。
闇は全てを飲み込む色だから。
だからこそ『異端』、だからこそ『特別』。
「ありがとう、ステラ。我とステラに色を刻まん!」
闇の魔方陣は、ステラとヨルの頭上にも現れ、上と下でクルクルと回りつづける。
やがて下の魔方陣と上の魔方陣が近づき、ステラと私をそれぞれ包むように球体になったかと思えば一気に霧散した。
「はい、終り。ステラ目を開けて?」
契約が終了して開いたステラの瞳は、ヨルの『夜』が写されていた。
自分の目で自分以外の闇色の瞳を見たのは、生まれて初めてだ。
夜空のようにキラキラと輝いているみたいな美しい夜の瞳。
ヨルの爪には、ステラの星の輝きのような銀が写されていた。
「改めて、ステラ?私の家族になってくれてありがとう。これからよろしく」
「こちらこそ、ヨル。私の大切な片割れ。これからよろしくね」
出会ったばかりのヨルとステラは、まるで一目惚れのごとく超スピードで契約をして、生涯のパートナーになった。
その後、膳は急げとばかりにステラの棲みかであった古い小屋を私が必死に補修して、足りないところは魔法で補助&強化しまくってなんとか人が住める状態にできた。
かくして、棲みかから住みかになった小屋は、ヨルとステラの『家』になったのだ。
****************
「あの頃が懐かしいね~。1年っていろいろあったはずなのに、あっという間な感じがするね」
ご飯を食べながら1年を振り返ってみても、思い出せるのはステラとの楽しく、穏やかな日常ばかりだった。
「そうね~、町長が嫌がらせにきたり、こっそり様子を見にきたり、冒険者を雇って立ち退かせようとしたり、いろいろあった気がするのに、過ぎてみればあっという間に感じるわね」
「・・・ステラって意外と根に持つよね。」
確かにここ1年の間に町長は、あの手この手を使って立ち退きをさせようとしてくる。(全て、丁重にお帰り頂いております(笑))
「毎度毎度懲りないというか・・・町長のぽってりとしたお顔が赤くなったり、青くなったりして面白かったわ~♪」
「私のいない間に何をしていたかは聞かないでおくよ・・・」
今回の街道の斜面の、強化の仕事がうまくいけば、そういった嫌がらせも少なくなるだろう。
明日はギルドに行って今日の報酬と、強化の仕事が入っていないか確認をしてこよう。
「さて、ご飯も終わったし訓練しようかな。ステラはどうする?」
ご飯が終わって部屋の真ん中で寛いでいるステラに声をかけた。
「魔法学校を卒業したのにまだ魔法の訓練続けるの?ヨルは何にもしなくても意思の力で魔法が使えるのに・・・」
魔法学校の生徒は、まず世界の理を学び、仕組みを理解することと、一般の学校と同じ授業を4年間みっちりと学ぶ。
残り3年で、発動させたい魔法を構成し固定。と同時に必要な量の魔力を調節しながら放出して、固定してあった魔法を発動させるという訓練をひたすら繰り返す。
卒業試験で、構成・固定・放出・発動をすばやく同時にできれば合格して、無事卒業だ。
構成のイメージをしやすいように、呪文を使う若手魔法使いも多いが、ベテランの魔法使いはほとんど使わない。
だけど、どうやらヨルは『色』だけでなく、魔法使いとしてもかなりの規格外らしい。
ヨルの魔法は意志の力だけで発動してしまうのだ。
用は、<構成・固定・放出>をすっとばして、なんとなくのイメージだけで魔法を<発動>できてしまうのだ。
魔法学校ですぐに他の人と違うことに気付いたヨルは、それを誰にも告げず、学校ではみんなと同じように<構成・固定・放出・発動>を学んだ。
結果的にそれが、精神のトレーニングになり、意志の力で魔法が暴走するなどのこともなく、卒業するころには上級魔法使いの資格を手にしていた。
卒業後は、意志のみの<発動>を、いつでもコントロール出来るように訓練を欠かさずしている。
最初の頃は、火をイメージしてみれば巨大な火の玉が現れ、危うく家が燃えつきるところだった。
意志が弱いと魔法も中途半端に発動したりする。火を消したくて大慌てで水を出そうとしたら、ピッチョン・・・え?一滴?みたいなこともあった。
本当は「燃えろ!」と魔力を込めて考えるだけで<発動>しちゃうけど、どんな威力で出るか恐ろしくて無闇にはできない。
「精神状態で左右されちゃう私の魔法は強くて弱いんだよ。だから私は自分を知り、理解して、イメージ通りの魔法が発動できるように訓練するの。とっさの時にも、その方が安全でしょ?」
呼吸をするように魔法が使えてしまうヨルには、誰よりも必要な訓練なのだ。
「ヨルは真面目すぎるのよ。でも、確かに自分を知ることは大事なことよね。あんまり無理せずに早めに休むのよ?明日は朝からギルドにいくのでしょう?」
「うん。今日の報酬もらってこなくちゃ。後は、町長辺りからいい依頼が来てないか見てくるよ(笑)。ステラは?」
「私は、いつもの夜の散歩に行ってくるわ」
ステラはよく、家の後ろに広がる森で夜の散歩を楽しむ。
夜は森の魔力が活性化するから、魔獣のステラにはとても心地がいいらしい。
何を隠そうヨルも『夜の魔女』だけあって(?)、夜の方が魔法を使いやすいのだ。
なので、魔法の訓練は夕食の後にするのが日課になっていた。
一度、ヨルも散歩について行ったことがあったのだが、明け方に家に帰ってくるなり、もう二度と行かないと心に誓ったのだとか(笑)
「いってらっしゃい、ステラ。気をつけなくても大丈夫だろうけど、一応気をつけてね」
ステラを送り出した後、いつもどうり魔法の訓練をし、明日の為にとヨルは早めに寝ることにした。